われは愚人の心なるかな (老子第20章)
わたしは、まったく、馬鹿だなあ。
老子は、いわゆる無学文盲の人ではない。先賢の学理を学び、深く知識を究明した大賢人である。その老子にして、
「わたしは、まったく、馬鹿だなあ」と言わしめるのは、いかなる理由によるのであろうか。同じく20章に、
俗人察察(さつさつ)たり、我一人悶悶(びんびん・・・・汚れたさま)たり。
俗人たちは、善悪の考えを賢くふりまわし、神経をとがらせて抜け目のない生活をしようとする。わたしは、抜け目のない緊張した生活はしたくない。つづけて・・・・。
忽として海のごとく、漂(ひょう)として止まるなきがごとし。
私は、ゆったりと、春の海のように生きたい。あてどなくのんびりと吹く風のように、さらさらと生きたい。明敏に善悪の概念を鋭くふりまわして生きることを、老子は、好まなかった。
以上、鏡野勝悟「老子・荘子の言葉100選」より。
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