とうに死んでしまった物は、今生きている者の役に立ち、とっくに過ぎ去った事件は、将来の手本になる。
すでに死するの物は、まさに生くるの用を為し、既に過ぐるの事は、まさに来らんとするの鑒(かん)を為す。 (言志録90条)
<解説>
「まず隗より始めよ」で知られる燕(えん)の郭隗(かくかい)。王から天下の賢士を求める方法を尋ねられたとき、
「昔の君、千里の馬を求めようとして某に命じた。某は死馬の骨を500金で買ってきた。君の怒りに対し『死馬の骨でさえ500金も払うのなら、生馬ならさらに高く買うに違いないといって売り込みにくるに違いない」と答えた。果たして一年に千里の馬3頭を得たという。もし君が天下の士を求めるなら、まずこの私を重く用いなさい』。これが楽毅(がっき)を得て宿敵斉を伐っている。死馬をいまに生かせたことになる。
・・・・井原隆一「新編言志四録」より。
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