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2015年09月28日10:42

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鍵山秀三郎氏の「至誠の経営」



神渡良平「苦しみとの向き合い方」より。
昨日の日記「言志四録・鍵山秀三郎の生きざま」に続きます。

鍵山さんの人生を振り返ると、まさに中庸にいう「誠は一切の根源であり、誠がなければ、そこには何もあり得ない」ことを実証するための人生だったといえる。

イエローハットが一部上場企業となったのは決して策を弄(ろう)したり、今日じゃの論理で納入業者を泣かせてうまみを吸ったためではない。お客さまも、納入業者も、自分たちもお互いに得をするよう切磋琢磨した結果、事業も大きくなった。

鍵山さんの至誠ということが端的に現れたのが、平成2年(1990)の秋、株の店頭公開を目指していたときのことだ。(当時は前身のローヤル)株式市場でローヤル株は注目され、当初公開予定だった9月17日に一株12,200円の値が所轄官庁から指図された。再び拒否すれば上場を認めないとまで通告された。

しかし、これは実力不相応の値段だと思った鍵山さんは、店頭公開日を3カ月延期した。というのは、株は実力不足だと必ず値下がりする。すると買った人が損するので、それでは申し訳ない。株を持った方に喜んでもらいたいから、冷却期間を置こうと思った。

そして、3カ月延期して12月21日に店頭公開したとき、一株7,678円になっていた。つまり一株当たり4,522円下落した。当時、鍵山さんの持ち株は約150万株だったので、創業者利益は単純換算して約68億円の減額であった。

でも、鍵山さんはそれでよかったと思った。
「損する株主は少なくなったのですから。それに労せずして得た利益では、人も会社も悪くなることはあっても、よくなることはありません」。
驚くべき行為だ。お見事! と言うべきか。

鍵山さんに「言志四録」の中からもう一条推薦してもらうと、誠心誠意行動することを説いている言志耋(てつ)録66条を推薦した。前述のように、鍵山さんは誠心誠意を、身を切って実践しているから、この一条はいっそう重く響いた。

人の心が霊明であるのは、ちょうど太陽に似ている。ただ克(人に勝ちたがること)、伐(自慢したがること)、怨(怒り恨むこと)、欲(貪り欲しがること)の四悪徳が起ると、ちょうど雲や霧が起って太陽が見えなくなるように、この心霊がどこにあるのかわからなくなってしまう。だから誠意をもって向上に努め、この雲霧を払いのけて、太陽すなわち心の霊光を仰ぎ見ることが大切だ。

およそ学ぶことの要は、誠意の上にものごとの基礎を築くべきことを知るところにある。『中庸』にも「一切は誠に始まり、誠に終わる。誠は一切の根源であり、誠がなければ、そこには何もありえない」とある。 「誠ならざれば、物なし」は、まことに千古の箴言である。


人心の霊なるは太陽の如く然り。但だ克伐怨欲、雲霧のごとく四塞すれば、此の霊烏くにか在る。故に誠意の工夫は、雲霧を掃いて白日を仰ぐより先なるは莫し。凡そ学を為すの要は、此れよりして基を起す。故に曰く、「誠は物の終始なり」と。 (言志耋録66条)

・・・・中略・・・・

「もしあの時、目先の売り上げだけに目を奪われて、流通体制の大転換を図っていなかったら、当社はいま存在していません」
と鍵山さんは言い切る。身を切る覚悟で社内体制を刷新した。それが今日のイエローハットの繁栄を生み出したといえる。恐るべき先見の明で、経営者には欠かせない資質である。この資質はそうそう獲得できるものではないが、鍵山さんはそうは思わない。

「誰の言葉かわかりませんが、『一所懸命だと知恵が出る。中途半端だと愚痴が出る。いい加減だと言い訳が出る』(※)と言っていますが、私利私欲からではなく私心を去って、一所懸命にやると見えてくるものがあります。

・・・・・※武田信玄の言葉で、交野市倉治の織物神社で読みました)。


私は才能がなかった分、どんな些細なことでも、全力投球で取りくんできました。力の出し惜しみや手抜きを、自分に対して誠に戒めてきました。気がつくと、そんな生き方に、思いもかけない方々から過分なる評価をいただくようになりました。
人から頼りにされ、当てにされるような人間として、認めてもらいたいと願うのであれば、自分の持てる力を出し切ることです。そうすれば、人に必要とされる人間になれます。今ではこのことを確信するようになりました」。

先が読めないのは、まだ没頭していない証拠なのかもしれない。肝に命ずる言葉である。



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