ある日、釈尊が弟子たちに相談しました。
「私も初老に入ったせいか、身の周りを世話してくれる人が欲しい。
誰かなってくれないか」
弟子たちは、
「それでしたら、私にさせてください」
と口々に名乗り出ました。
「でもねえ、お前たちは私と同じく年を取っている。お前たちが従者を必要とする年齢なのにそれではいけない」
「それじゃ、誰か若い者をつけましょう」
弟子たちが話し合った結果、白羽の矢が立ったのは、阿難(あなん)という青年でした。
ところが阿難はこの栄誉を固辞したのでした。
どうしてと訝(いぶか)る弟子たちに、阿難は答えました。
「私はまだ修行が足りません。なのに、世尊のお側にいて取次などすれば、世尊と皆様方との間に溝を作ってしまうことにならないともかぎりません。どうかお許しください」
しかし、釈尊の世話をするなど、常人には頼みがたいことである。是が非でもと口説くと、
「それでは三つのことをお許しいただけますが。それだったらやらせていただきます」
と答えました。
弟子たちは何事かと身を乗り出して聞きました。
「第一に、新旧にかかわらず、釈尊の衣服をいただかないこと。
第二に、釈尊が在家の方々に招かれたとき、同席して、もてなしを受けないこと。
第三に、時でもないときに、釈尊にお目にかかり、お給仕をしないこと。以上です」
これを聞いた弟子たちは、何だ、そんなことかと了承した。しかし、これを伝え聞いた釈尊は阿難を見直した。
「なるほど、人間がどういうことに弱いのか、よく見ている。大したやつだ」
阿難が前もってこれはしないと言い、了解を求めた三点は、自分に厳しくあろうとした場合、修業の妨げになるものである。
釈尊の側にいたら、いろいろと恵まれることが多い。阿難はそれを恐れた。釈尊と同席してもてなしを受けたら、いつしかそれに狎(な)れてしまい、自分はそれ相応の者だと錯覚してしまう。阿難はそれを恐れた。
また側にいたら、いろいろと人のうわさを釈尊の耳に入れないともかぎらない。教団のことについても、立場でもないのにいらざる口出しをしないともかぎらない。これも恐れた。
だから阿難は先んじて、三つのことは辞退したいと言ったのである。もし、阿難が名声だけを求めている男だったら、選ばれたことに有頂天になってしまい、その役が持っている落とし穴のことは考えなかったに違いない。
誰も見ていないところで慎んでいたからこそ、そういう日の当たる役職は何が危険かを考えたのである。
釈尊はそれ察知して、阿難というやつはすごいと言ったのではなかろうか。以来、阿難は25年間務めた。狎れることなく、甘えることなく、怠ることのない25年間だった。
以上、神渡良平「佐藤一歳・言志四録を読む」(致知出版)より。
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