戦犯…
という言葉が有ります。
戦犯にはA級やBC級と言った分類が有り、 例えば優勝を逃すなどの悪い事態となった際、その主たる原因をつくった人を指してA級戦犯とよく言われています。
しかしこのA級やBC級というのは「罪」の大小ではなく、何に対する「罪」かの分類ですから、こうした比喩は間違いと言えます。
そもそも、この言葉をそんな下らない意味で使って良いものかと思いますが…
ごくごく大雑把に言えばA級が戦争を起こした罪、BC級は戦争において戦時国際法に反する戦争犯罪を犯した者で、それを命令した罪がB級で実行した罪がC級といったところでしょうか。
この中で一番問題となるのは、やはりA級です。
この問題は色々な考え方が有り、一概に論じ難いのですが、私個人はこう考えています。
予めことわっておきますが、こうした話は見知らぬ方からも反論が来る事が有ります。
しかし明確な結論が有る事ではなく、反論とはただ持論を主張し合うだけになりがちで、そうした不毛な議論するつもりは有りません。
この点、ご理解戴きたいと思います。
当然、考えを異とする方に対して、私も否定は致しません。
1941年12月に日米戦争が始まった時の首相である事や、陸相や参謀総長を兼ねていた事などから東條英機首相が日本のヒトラーと呼ばれたり、東條始めA級戦犯とされた人々の共同謀議で戦争が始まったとされております。
しかし、この時代は今とは時代が違います。
時代が異なれば常識も異なり、今の常識を当てはめるのが必ずしも適当とは限りません。
何しろ、日本に関連有る場所だけでも蘭印や仏印(当時名)などがそうであったように、末期とは言え世界的にはまだまだ帝国主義時代。
日本もそうですが、米英仏蘭ソ…皆帝国主義国家だったと言えるでしょう。
強力な対抗勢力が有れば、打倒しようとするのは自然な事でした。
この辺りワシントン体制の事やら何やら、掘り下げ出すとキリがないので割愛しますが、仮にA級戦犯として起訴された28人がいなかったとしても、何処かで日米戦争は不可避だったのではないでしょうか。
もちろん、それを防ぐ事が出来たかどうかという事とは別の次元で、国の指導者としては責任をとらねばならないでしょう。
しかし彼らだけに戦争責任が有り、「A級戦犯」に刑が執行されてそれで終わりとは思えません。
東京裁判の法的な諸々には触れませんが、今の日本人の意識としてそれで良いのでしょうか?
戦わずして降伏に近い、いわゆる満蒙の権益を放棄し、それまでより後退した不便な生活を強いられるのを、この時代に皆が諾諾と受け入れる事ができさえすれば、いわゆるハルノートを受諾して戦争を回避できたかもしれません。
しかし、例えばポーツマス条約で賠償を得られなかった事に対して、暴動が起きるくらいですから、誰が指導者だったとしても、負けた訳でもないのにハルノートを受け入れる決断ができたかどうか…
こんな集団心理は日本人だけの特別なモノではなく、残念ながら人間も集団になると、征服欲のようなものから逃れる事.はまだまだ出来ないという事かもしれません。
ただし、ワシントン体制からハルノートに至る諸々を、謀略だと非難するつもりは有りません。
少なくとも帝国主義の時代において、そんなことは珍しい事ではなかったでしょうから。
その辺りも思う事は色々有りますが、国民をこれ以上泥沼に引き込まない為、ポツダム宣言を受け入れ、講話条約を結んだ以上、そこで確定した事は、今さら覆すべきではないと思います。
いささか飛躍した比喩ですが、戦国の城主が城兵を助ける為、自ら腹を切った…
刑の執行は終戦よりずっと後だし、また「A級戦犯」当人の意図は異なるかもしれませんが、結果から言えば、むしろこちらに近いと思うのです。
ならば、日本人としては戦争責任を一身に背負って処刑されていった「A級戦犯」がいた事を覚えていくべきではないでしょうか。
何故あそこで戦争になってしまったのか?
公的には「A級戦犯の共同謀議によって」だとしても、二度と起こさない為には、特定の個人のせいにするのではなく、そうなった要因を色々な側面から考えていくのが重要だと思います。
そうでないと、「最後に戦争を決断する指導者」さえいなければ、大丈夫という事になりかねません。
戦後20年もして生まれた私が偉そうに色々書いてきましたが、昔からこんなことまで考えていた訳ではありません。
「戦犯」や「靖国参拝」に関して漠然とした違和感を感じた程度で、それがはっきりこう考えるようになったのは、昨年この本を読んでからです。
主人公は、夜間戦闘機「月光」でB29を4機撃墜した武者中尉。
B29の迎撃戦のさなか、現代にタイムスリップしてしまいます。
中尉は平和で豊かになった日本を見て、自分達が命をかけて戦った事にも意味が有ったと当初は思いました。
しかし、靖国神社に対する政治家やマスコミの冷淡さ、自殺サイトの話などを知るうち、だんだんと疑問を感じ始めます。
英霊となった人たちは、生きたくても生かしてもらえなかったのに、自ら死を選ぶばかりでなく、他人への自殺幇助みたいな事まで有るなんて…
「責任を英霊へ転換するな」
中尉は世間に訴えようとします。
しかし…
内容に関してはこの程度にしておきますが、この本を読んで、私とは別の考えを持つ方も大勢いる事でしょう。
実に口はぼったい事ですが、それでも「このような考えも有る」という一石として、一度読んでみる価値の有る一冊だと思います。
特にこの時期に…
もうすぐ終戦記念日です。
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