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2009年04月27日12:39

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【武】武術とスポーツ・格闘技

麿々さんの話に続いてもう少し。
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1150016601&owner_id=9047330
長文になっちゃったので、興味の無い方は飛ばしてください。

スポーツや格闘技の多くでは先手必勝という言葉を良く聞きますが、洗練された武術においては更に先の領域があります。
って書いても胡散臭いですよね。

柔道だったらオリンピック無差別級の金メダリストが世界一。指導しているコーチや八段九段の高齢の師範も試合をしたらかないません。
でもそれはスポーツ競技化してしまったから。

しかし姿三四郎のモデル西郷四郎でも最後の名人三船久蔵十段でも、60歳の身体で現役の金銀銅メダリスト3人を相手にしても楽勝で制するだろうと断言できます。

力の強さ、速さを技で凌駕するよう、武術は工夫を重ねて洗練されてきました。
スポーツは肉体的な限界を競いますから、年齢と共に体力が落ちれば、若い者に負けるのは必然。

でも武術の究極の目的は戦いに生き残ること。
相手が攻めて来ないなら攻めなくても身の安全は守れます。
得物の有効殺傷範囲の差はありますが、相手はそこまで迫らないと攻撃できません。
50kg以上ある身体を射程内に素早く攻め込むだけでも相当な労力です。

攻撃に要する力を10とすると効率的にかわしたり受けたりするのに要する力は2とか1以下。
100mを10秒切る人はほとんどいませんが、年寄りでも1分あれば歩けます。
どちらが有利かは自明の理でしょう。

しかも相手から有効射程に、おまけに攻撃を外され崩れた態勢で、迫ってきてくれるのです。
そこを攻撃するのに要する力も1とか2以下で十分。

先攻の力10に対して、応じ技の力は3以下。

更に極意と言われる技は、ボクシングのクロスカウンターのような攻防一体の技がほとんど。

先攻10に対して応じ技に要する力は1以下。歳をとり体力は衰えても名人達人が圧倒的な強さを誇った所以です。

もちろんそれを可能とするには相当な稽古修練が必要です。

最近のスポーツ工学では、1万回同じ動作の練習を繰り返すと身体が憶え込み、頭で考えなくても、見た瞬間に「反射的に」身体がその動作を行うようになると言います。

鍛錬とは千鍛万錬からきた武術用語。万回の稽古ではじめて技が身につくと教えてます。

いくつもの技を身につけ、数々の状況におけるそれらの応用も身につけ、無数の攻撃方法への対応を身につけたのが名人達人で、無敵を誇る存在になります。

ただ微妙なのが無敵と最強。
無敵の達人が複数存在するのは何の矛盾もありません。その領域に達したら「負けない」のですから。

達人同士は争いません。精神的にも悟達の境地に達してますし、先手の不利も承知していますから。

まぁこの辺りは、身を守るのが武術の本質とするから成り立つ理屈です。
勝つことが目的のスポーツでは動けなくても待っていても負け、格闘技でも両者が待ってたら成り立ちませんから。

ちなみにここではあえて武道ではなく武術としました。
ここまでは「技術的」な領域です。
これは私の個人的な意見ですが、武術に精神的な要素、今風に言えばメンタルマネジメントを加えて、より高レベルに進化させたのが武道だと考えています。
術=物理的な技術から、道=人の身体を支配する精神的な領域へ、ですね。
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