荒川
「な、後藤さん、警察官として自衛官として、俺たちが守ろうとしているものってのはいった何なんだろうな。
前の戦争から半世紀、俺もあんたも生まれてこのかた戦争なんてものは経験せずに生きてきた。……平和、俺たちが守るべき平和。だが、この国の、この街の平和とはいったい何だ?
かつての総力戦とその敗北、米軍の占領政策、ついこの間まで続いていた核抑止による冷戦とその代理戦争。そして今も世界の大半で繰り返されている内戦、民族衝突、武力紛争……そういった無数の戦争によって合成され支えられてきた血まみれの経済的繁栄。それが俺たちの平和の中身だ。戦争への恐怖にもとづくなりふりかまわぬ平和。その対価をよその国の戦争で支払い、そのことから目をそらし続ける不正義の平和……」
後藤
「そんなキナ臭い平和でも、それを守るのが俺たちの仕事さ。不正義の平和だろうと、正義の戦争よりはよほどマシだ」
荒川
「あんたが正義の戦争を嫌うのは良く判るよ。かつてそれを口にした連中にロクな奴はいなかったし、その口車に乗って酷い目にあった人間のリストで歴史の図書館は一杯だからな。……あんたは知っている筈だ。正義の戦争と不正義の平和の差は、そう明瞭なものじゃない。平和という言葉が嘘つきたちの正義になってから、俺たちは俺たちの平和を信じられずにいるんだ。
戦争が平和を生むように、平和もまた戦争を生む……。
単に戦争でないというだけの消極的な平和は、いずれ実体の戦争によって埋め合わされる……そう思ったことはないか?
その成果だけはしっかり受け取っていながらモニターの向こうに戦争を押し込め、ここが戦線の後方であることを忘れる、いや忘れた振りをし続ける……そんな欺瞞を続けていれば、いずれは大きな罰が下される、と」
後藤
「罰? 誰が下すんだ、神様か」
荒川
「この街では誰もが神様みたいなもんさ。いながらにして、その目で見その手で触れることのできぬあらゆる現実を知る……なにひとつしない神様だ。
神がやらなきゃ人がやる……いずれ分かるさ」
後藤
「荒川さん。あんたの話、面白かったよ。欺瞞に満ちた平和と正義としての戦争。だがあんたの言う通り、この街の平和が偽物だとするなら、奴が創り出した戦争もまた所詮は偽物に過ぎない。……この街はね、リアルな戦争には狭すぎるんだよ」
荒川
「リアルだって? 戦争はいつだって非現実的なものさ。戦争が現実的であったことなんか、ただの一度もありゃしないよ」
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