長岡外史のプロペラ髭にまつわるコミュニティー
【長岡はこのひげで空でも飛べそうであった】司馬遼太郎『坂の上の雲』より
長岡は「世界一」と自称する長大な八字ひげをはやしている妙な人物で、その点ではいかにもいかがわしいハッタリ屋を想像させた。
「ケレン師である」
と、蔭口をいう者もあり、そういうところも多少はあったが、根は自分の利口と豪快さを誇示したいだけの子供っぽい性格の人物で、かつてふれたように、戦略戦術家にもっとも必要な天性の想像力はもっていた。ただその想像力はときに夢想化することもあったが、かれが将来、スキーを軍隊に導入したり、飛行機の出現当時もっともはやくそれに目をつけ、陸軍部内を啓蒙させたことなどは、かれの想像力のたくましさを証拠だてるものであった。
長岡外史のひげは、19.7インチもあり、かれがのちに熱中した飛行機のプロペラのようなかたちをしており、もしひげが回転するものなら、長岡はこのひげで空でも飛べそうであった。天性のオッチョコチィなのであろう。
当時、アメリカに22インチというひげのもちぬしがいた。この男が世界一であった。世界第二が日本の長岡外史である。
「これもわしの愛国心のあらわれである」
と、長岡は大まじめで解説するのがつねであったから、照れるという感覚があたまからない人物であった。
「いったい長岡はできる人物なのか、それとも単なる三流人物がハッタリであそこまで行ったのか」
ということは陸軍部内でも後年まで疑問とされた。かれの死後も、この疑問はとけていない。しかし世界第二のひげを毎日手入れして公衆の面前にその顔を堂々と押しとおしていたということで、この人物の一部分をとくかぎがあるかもしれない。
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