ありそうで無かったので作ってみました。(笑)
このコミュニティは西武の本格的なカルダン駆動車701系のコミュニティです。増備車の801系、701系から派生して登場した501系(三代目)もこちらで扱います。
また、新性能車両の礎となった601系の話題もOKです!
↓参加なされた方はこちらに自己紹介をお願いします。
http://
☆701/801/501系(三代目)の主な概要(Wikipediaより抜粋・編集)
1962年に西武初のカルダン駆動方式を採用した601系が登場。その後、1963年に601系の量産通勤車として登場したのが701系です。701系は1963年から1967年までの約5年間に西武所沢車輌工場で4両編成48本計192両が量産されました。
801系は、701系の増備車として、後に101系として完成した西武秩父線開業に伴い必要となる新型通勤電車の試作要素を盛り込んで設計されました。1967年から1968年にかけて同じく西武所沢車輌工場で4両編成5本計20両が製造されました。701系との相違は、張上げ屋根である点、制御空気ばね台車の住友金属FS067を装着して竣工した点が見られます。
701系は、601系と共通のA動作弁に電磁給排弁を付加して応答性能の向上と在来車との互換性の両立を図ったAMAE(AE)自動空気ブレーキを、801系はこれに中継弁(Relay valve)を挿入してブレーキ力の増圧を図ったAMARE(ARE:国鉄の呼称ではAER)ブレーキを装備して竣工しました。旧型車との併結の問題もあって発電ブレーキは省略されました。
後に冷房化改造が実施された際に併せて、HSC電磁直通ブレーキ化工事が実施され、運転取り扱いの101系との共通化が図られましたが、カム軸の大改造が必要で改造コストが大きい主制御器には手を入れなかったため、発電ブレーキの付加は実施されませんでした。これに伴い、吊り掛け駆動車との混結はできなくなり、区別のため電気連結器カバーが黄色に塗装されました。
また、発電制動を省略したことから、抑速制動回路との関係で101系とはそのままでは混結はできず。このため、混結運用される101系は抑速ブレーキ機能を無効化して対処し、区別のため電気連結器カバーが黄色に塗装されました。(無効化された101系の抑速ブレーキは1998年頃に復旧しています。)
1975年の新宿線系統の基本編成6両化以後、冷房改造とブレーキのHSC化が進められました。冷房装置は101系と同様の集中式クーラーである三菱電機CU-72で、天井に風洞を設置し、ラインデリアを併設しました。また、ブレーキのHSC化と共に運転台の形状も改められ、運転室内装もベージュからグリーンに変更されました。
791F・793F・795Fの3本を701系同士で編成組み替えを行い6両編成化することとなり、モハ791-796の6両が785F・787F・789Fに編入。その際に余剰となったクハ1791-1796を電装・冷房改造・HSC化改造をしたのが501系(三代目)です。クモハ501-506の2両編成3本(奇数-偶数の連番)から成ります。
足回りは完全に新製され、主電動機はHS-836-Nrb(150kW)・住友金属工業製の空気ばね台車FS-372・制動装置はHSC-D・空気圧縮機はAK3・制御器もMMC-HTB-20Eという新101系と同様のもの(抑速制動はカット)となり、パンタグラフも701系とは異なり、奇数番号の車両に2基搭載という形となった。運転席もメーターパネルを始め、701系の運転室に新101系の機器が配置された異端的な存在でした。
新宿線系統で701系の増結用に使用されましたが、大出力の全電動車編成ということで過剰性能ゆえに加減速の歩調が合わず、加えて車体の老朽化が進行してきたことから、1989年1月に下回りを4000系や10000系に譲ることとなり、廃車となりました。
冷房化・HSC化以後は新宿線系統に集中配置し、赤とベージュの塗装も1980年代に入ると全てレモンイエロー一色となり、411系から701系と同等の性能に改造された401系と共に活躍しましたが、新2000系や6000系などの4ドア車の増備により、1997年2月に惜しまれつつも引退しました。
大半は廃車になったものの、一部車両が地方私鉄に譲渡され活躍中です。
※地方私鉄に譲渡された701系、801系の話題は↓のコミュニティでお願いします。
http://
※401系の話題は↓のコミュニティでお願いします。
http://
<検索ワード>
西武鉄道 西武 西武線 西武池袋線 西武秩父線 西武狭山線 西武豊島線 西武新宿線 西武拝島線 西武多摩湖線 西武国分寺線 西武多摩川線 西武701系 西武801系 西武501系 701系 801系 501系
困ったときには