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江戸を歩くコミュの江戸文化歴史検定

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昨年話題になりました江戸文化歴史検定ですが、昨年は仕事だったので受験出来ませんでした。今年チャンスがあったら受験しようと思っています。
ちょっと例題をあげてみました。みなさん挑戦してみて下さい。

問題1
 
いずれも映画や芝居、テレビドラマ、時代小説などで有名な人物ですが、実在していなかった架空の人物は次のうち誰でしょう?
ア 長谷川平蔵
イ 遠山金四郎
ウ 銭形平次
エ 鼠小僧次郎吉

問題2

江戸庶民にとって芝居(歌舞伎)見物は、大きな楽しみの一つでした。興奮して、夜眠れない人も多かったようです。さて芝居の興業ですが、何時頃から始まったでしょう?
ア 朝6時頃
イ 朝10時頃
ウ 午後2時頃
エ 午後6時頃

問題3

世界的に見ても、豊かな出版文化が花開いたのが江戸時代でした。なかには1冊あたりの出版部数の累計が1万を超えるベストセラーも誕生しましたが、それは次の本のうち、どれでしょう?
ア 井原西鶴の『好色一代男』
イ 本居宣長の『古事記伝』
ウ 十返舎一九の『東海道中膝栗毛』
エ 滝沢馬琴の『南総里見八犬伝』



問題1答え(ウ)銭形平次

銭形平次は野村胡堂の連作小説『銭形平次捕物控』の主人公で、昭和六年(1931)〜昭和三十二年(57)まで、小説雑誌に掲載された架空の人物です。三百八十三編あり、映画では長谷川一夫、テレビでは大川橋蔵が演じて人気シリーズになりました。平次は神田明神下(かんだみょうじんした)の長屋に住む岡っ引きで、恋女房のお静、子分でガラッ八の八五郎がおり、和気あいあいとした人間関係を主軸に事件が展開。結末は平次が特技の投げ銭で犯人を逮捕する、というのが見せ場です。
長谷川平蔵は江戸後期に実在した幕臣。池波正太郎の『鬼平犯科帳』で広く知られている火付盗賊改めの職にあった人物で、老中松平定信の命で人足(無宿人)寄場建設の具体策を建議しました。
遠山金四郎(景元)は江戸後期の町奉行で、若い頃に放蕩した経験から下情に通じ、天下三奉行の一人と賞されました。腕に桜花の刺青があることでも知られています。
鼠小僧次郎吉は江戸後期に実在した盗賊。盗んだ金額は三千両以上といわれ、主に武家邸を狙ったことから、町方では義賊とよばれました。両国の回向院に墓があります。


問題2答え(ア)朝6時頃

歌舞伎という表記は当て字で、歌(音楽)、舞(舞踊)、伎(伎芸)をそれぞれ意味しています。江戸時代には「歌舞妓」と書かれるのが普通でしたが、のちに「伎」の文字が当てられました。歌舞伎は庶民の演劇で、日本の民俗芸能を集大成した町民文化の一つです。興業は一年単位で行われ、スタートは十一月で「顔見世」といわれました。顔見世の初日は暗いうちから舞台を清め座元が三番叟(さんばんそう)を舞い、一年間の繁盛を祈願しました。団十郎が出演するときは、必ず『暫(しばらく)』が上演されました。
江戸庶民の楽しみだった芝居見物は、防火対策上夜の興業は許されませんでした。日没には終了するように定められていたため、明け六つ(朝6時頃・不定時法なので季節によって変化する)に開演となりました。そこで「嫁支度七つ(朝4時頃)時から相はじめ」という川柳があるくらいです。いまも昔も芝居好きの女性は多いのですが、前日に髪を結ったり衣装を整えたり、支度が大変なのは時代が変わっても同じといえるでしょう。芝居小屋は「江戸三座」といい、中村座、市村座、森田座野三つがありました。


問題3答え(ウ)十返舎一九の『東海道中膝栗毛』

出版文化は元禄に入ると、大坂の版元で浮世草紙や浄瑠璃本などが出版され、隆盛期を迎えます。そして寺子屋などが普及したことで識字率が高まり、江戸期の後半には都市部を中心として出版文化が花開きました。文化文政期になると、十返舎一九の『東海道道膝栗毛』が大ベストセラーとなりました。

享和2年〜文政5年(1802〜22年)の21年間に43冊、各編1万部として合計43万部が発行されたベストセラー、ロングセラーです。この本は、ヤジさんとキタさんが繰り広げる珍道中の滑稽本。当初は東海道から安芸の宮島までの2編でしたが、大評判となり続編が書きつがれました。続編の刊行が20年も続いたため、版や摺の異なるものが多く見られ、販売された総数ははっきりしません。『東海道中膝栗毛』が長期間ベストセラーになったことにより、江戸庶民の間で旅行ブームがまき起こりました。また、部数の少ない本もたくさん出版されていますが、これらの本が読まれなかったわけではありません。文化5年(1808)、江戸の町には656軒もの貸本屋がありました。天保年間(1830年代)になると800軒に達していました。1軒が200人の顧客を持っていたといわれていますので、江戸の町には、貸本屋を利用していた十数万人の「読書人」がいたことになります。

コメント(5)

本屋さんで見ました〜。ちょっとくらっとしたのは、
教科書を彷彿とさせたからでしょうか?(笑)
子供心に、岡っ引きは、人々にあんまり好かれてなかった
と知ったときは、ショックだったのを覚えてます。
テレビの中では、ヒーローなのに〜。
教えてくれたのは、はて誰だったかな?祖母ちゃん子だったので、祖母だったかな?
 ありがたいです。 いつかは、受けようと思ってます。
また問題出して下さい!! 面白かったです。
この例題は→http://edoken.shopro.co.jp/index.html からコピ−しました。
第1回は2級と3級のみでしたが、第2回から1級が加わります。
さて、このコミュのメンバ−から1級資格取得者が現れるのでしょうか。
こんさん、かえるねこさん、黒蝶さん、今年受験出来るようでしたら、挑戦しましょう!
私も本屋で見かけました。
買おうかどうか迷いつつ、とりあえず立ち読みがてら問題を解いてみたけど、
二級はむずかしそうです。。。

結局買わなかったけど、いずれ買ってしまいそうな自分が怖い。


ちなみに、私も今年こそは受験したいと思ってます^^

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