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子供の臓器移植について考えるコミュのはじめまして

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コメント(21)

自分は「日本の子供からの肝臓移植は認めないが、アメリカの子供の肝臓ならば、いや、いのちならば取ってよし」と結果的にそうしている日本の法律に憤りを感じました。


「臓器提供の意思表示が認められるのは15歳以上である」
「(アメリカ、スウェーデン、ドイツなどでは)家族の承諾による臓器の提供が認められている」

早い法律改正を望むものであります。
初めまして。自分もこの事について不信感を抱いておりました・・・
日本は絶対おかしい!命を分け与える事は大事な事です!
よろしくお願いします。
初めまして!

移植医療について、
色々意見交換できるコミュニティは無いかなっと探していました。

移植医療は、人の死を必要とする医療です。
誰かが亡くならなければ移植ができないと言うことです。

人の死を待つ ということで、移植を推進する考えを述べると
激しく批判する方もいらっしゃると思いますが、
私は、ハッキリ申し上げて推進派です。

私が、もう人としての生活が営めない状態になったら、
私の最後の(臓器の)力を
未来ある人達に分け与えたいと思います。

自分は、多くの人達に支えられて生きていると思っています。
最後に、自分の(臓器提供の)意思によって、
誰かを幸せにすることができるのなら、
誰かの支えになれるのなら、
この上ない喜びだと思います。

皆さんは、どのようにお考えですか。
はじめまして。

個人的には臓器移植に賛成派な人間です。

しかし、医療関係の仕事に従事している訳でないため、未知な部分・想像で補完している部分が多いような気がします。

その辺を、皆さんの意見を伺いながら、学んでいけたらと思っております。

ココで聞くのはスレ違いかも知れませんが…。臓器を提供した方の身体というのは、手術後、どのような形で遺族に戻されるのでしょうか? 特に小児の場合は、傷も多くなるのではないかと思われますが…。

その辺の「最後のケア」がきちんとなされていれば、遺族の感情を逆撫でせず、「移植医療」への否定的な意見が多少ながら緩和されるのでは?と思っております(あくまで素人考えですが…)
フムフムさんの疑問に
わかる範囲でお答えしたいと思います。

病院で亡くなられた方には、最後に 死後の処置 が
看護師によって行われます。
ご家族が希望される場合には、一緒に行う場合もあります。

まず、はじめに
それまで身体に挿入されていたもの
(例えば、点滴やおしっこの管やその他の管類)を全て抜き取り、
それから 身体をきれいに拭きます。

傷がある場合には、縫ったり、ガーゼや医療用の絆創膏で
覆います。

そして、鼻や口、耳、肛門 などに綿を詰めていきます。

その後、お寝巻きや 
ご家族が希望される衣服を着用していただきます。

それから、女性の場合は薄化粧を行う場合があります。


私は職業柄、
これまで、何人かの 最後のお見送り をさせていただきました。

人の死に関わることは、本当に悲しくつらいことです。
しかし、その人の人生の終末に一瞬でも関わりを持てた 
ということを喜びとして受け止め、
尊く厳かな気持ちで見送っております。

臓器提供された方も同様に、
皆様、処置を受けられてお帰りになります。
特に、傷などは目に触れることの無いように覆い、
配慮していきます。
命とういう 尊い無償の贈り物をした方に対して、
皆、尊敬の念を持ってでお見送りしているそうです。
はじめまして。
偶然にこちらのコミにお邪魔しました。

私は3年前に母をくも膜下出血で亡くしています。
朝いきなり倒れて、そのまま意識が回復することもなく6時間後に帰らぬ人になりました。

何をもって人の死とするのか。。。とても難しい問題ですね。
ほんの数時間前まで一緒に食事をしたり笑いあっていた人が、まだ眠るようにそこにいて、まだ温かくて。。。
そこで脳死です、臓器の提供を。。。と言われても、それを愛する人の死として受け入れることが出来るかどうか、私は自信がありません。
本当に奇跡は起きないのか。。。たとえ可能性が0.1%以下だとしても、それを最後まで信じたいと思うんじゃないでしょうか?

私の知人に「拘束型心筋症」でアメリカで移植手術を受けた方がいます。当時、中学生でした。
その子の話を聞いた時、やはり私も何故国内で移植が出来ないのかと思いました。
日本でも移植が出来るようになれば、もっと多くの幼い命が救えるのに。。。と。
自分の子供がもし移植を必要とする病気になったら、もちろん国内での手術を望むでしょう。
でも逆に、もし我が子が不幸にしてその幼い命を終わらせなければならないとしたら。。。
そのどん底の悲しみの中で、我が子の身体に、それ以上メスを入れることを承知できるかどうか。。。やはり自身はありません。
他のかけがえのない命が救えるとしても、です。

勝手なものですね。

臓器提供の話を主人としたことがあります。
主人は「自分のはいいけど、家族のは嫌だ」と言っていました。
それが一番正直なところかもしれません。。。

子供はいくつになっても子供ですから、臓器提供の話をした時のへっぽこさんのご両親のお気持ち、分かる気がします。

もちろん、ドナーカードを持つことに反対ではないのです。
すばらしい事だと思います。
でも、まだまだ迷いがあります。
難しい問題ですね。。。

長々と書いてしまいすみません。
最後まで読んでいただき、有難うございました。
はじめまして。

妹が、先天性胆道閉鎖だったそうです。状態が悪く、治療は諦めるという状態だったそうです。
私自身、ほぼ覚えてません。ただ、積極的治療もせず、自分の妹が亡くなったかと思うと、何となく納得いきませんでした。

そんな親の職業は小児外科の看護師です。私も、今や看護師となり親の気持ちもわかるような気がしました。
もし、当時(昭和ですね)子供の移植が認められていたら、何か違ったのではって考えちゃったりしますね(>_<)

現在、看護師。まだ学生は続けてますが…。
臓器移植の論文を試験やらで何度も何度も書きますが、日本とアメリカでは温度差がすごくあって…。
詳しく解らない私が何も言えませんが、日本でも、もう少し何か出来るんじゃないかって考えちゃいます。

何らかの形でも良いから、日本でも子供の臓器移植の道が開けたらなって思います。
久しぶりにお邪魔しました。

生体間の腎臓売買があって ショックというか
やはり起きてしまったか と思いました。
売買したことによって逮捕者が出ましたが、
この事件の根本的な問題は、臓器提供数が少ないから ということでしょう。

子供の移植にも法という大きな壁がありますが、
大人の移植もなんか法律とは別の壁がありそう。

一つには、
日本には 脳死が人の死 として受け入れられる土壌が無いのではないか  ということ。
そして、今の法律の下では、
日本における人の死が、二種類あるということ。
法的な死(法的脳死判定によるもの)と
心臓停止による死。
多分コレも馴染んでいないのではないでしょうか。

あきさんの 身内の死をそんなに簡単に受け入れられるかといった気持ち とてもよくわかります。
そうですよね。さっきまで、笑って話していた大切な家族が、
「もう脳死です。元に戻りません。」と言われて、
すぐに信じられないのは、当然だと思います。

それは、医療者も同様なんです。
目の前にいる患者様を何とか治そうと懸命に治療をしても、
救えないときがあります。
しかし、もう元に戻る可能性はきわめて低いとわかった段階において、それじゃあすぐに治療を打ち切るかというと、
そんなに簡単に人の心は切り替われるものではありません。
そこで医療者も悩んでしまうのです。
自分の心の切り替わりができないことと、
何よりも患者様のご家族のご心情を察して、
日本の臓器提供が少ないことを知っていても、
患者様が臓器移植のドナーの道が残っているということを
ご家族に切り出すことをためらってしまうのです。


ところで、
「ドナーカード」とおっしゃる方がいらっしゃいますが、
あのカードは、持ったらいずれドナーにならなければいけないというものではありません。
「私は臓器を提供しません」という項目もありますから、
そこに○を付けて、携帯している人もいますよ。
あのカードは、臓器提供意思表示カードですから、
個々の意思を表出できるものと考えておけばいいと思います。
臓器提供に関する自分の「遺言」みたいなものかな。

なんか長くなってしまいました。
それではまた。
はじめまして。

生きている、生活する、人として。
きっと、それらの意味を自分なりにも持っている人は、大人でも少ないのではないかと思います。
いのちをつなぐ意思を持つことは自分のいのちを考えることだと思うのです。
だから、その意思は重きものであり、難しいものだと思います。

子どもたちならば、その意思は純粋でまっすぐでもあり、たえず自分の好きなものの間で揺れ動いていると思います。
好きなものは両親であり、家族であり…
やはり子どもの意思には親の意思が含まれるのだと思います。

日本には多少なりとも儒教の精神が培われていて、その意思に働きかけるのは多大な努力が必要になると思います。
一番は、いのちについて家族や身近な社会で話しをし、自分の意思を持つことではないかと思うのです。
いのちへの意思表示が大切だと思っています。
私も力になりたいです。
はじめまして。
母が長い事腎臓病系の病院で働いていたため、子供の頃から移植について自分なりに真剣に考えていました。
また、中学の時、父が他界した際には、家族全員プラス祖父母の合意のもと、使える臓器は使えるうちに全部提供しました。
どなたかの体の中で父はまだ生きてくれています。

子供の移植を、家が買えるほどの大金をかき集めて、時に募金に頼り、外国に依存する今の日本の法律はおかしいです。
どんな形でもいいから、声を発していけたらと思います。
はじめまして。

子どもを持ってからこの問題に深く興味を持ちました。

海外渡航での臓器移植手術を待っているお子さんのご家族の方の募金など
正直迷いももちつつ協力させていただいておりましたが、私は本当は臓器移植
そのものをどう捕らえていいのかわからないのです。
私の母は長患いの末にガンで亡くなりました。何度も何度も手術を受け
体中を傷だらけにして亡くなりました。
母が逝去した折、私はまだ小学生でしたが、母の死後、母の解剖を希望した
病院側とそれを許した父を憎み続けてここまできてしまいました。
心情的に体を切り開かれたくないのです、死後であっても。
でも、もし我が子が移植が必要な状態になって希望したらどうしたらいいのか。
ドナーになるのはいや、でも、レシピアントにはなる、などとはエゴの極地では
ないか。立場によって使い分けなど良心が咎めます。
私個人の問題であればどちらになることも拒否することが
自分の意志でできますが、
子どもの生死を選択しろとせまられたら。
私には答えがないのです。

ここでいろいろな方のご意見、拝聴させて頂きたいと思いました。
初めまして

1歳4ヶ月の息子が先天性門脈欠損症とゆう病気でこれから肝移植を予定しています。

まだ手術まで時間があるので、皆さんの書き込みを読んで勉強させて頂きます顔(願)
はじめまして。

娘(10歳)が去年、生体肝移植を受けました。

0歳のときから移植の話は医師から出ていました。
実際、私も当時は保険適用外、海外移植か、募金か・・
数千万もの多額の移植医療費をどうするか・・。
子供の命は助けてあげたい、だけど、
日本の小児移植の壁が重く立ちはだかり
最悪のケースも考えていました。

現在は小児肝移植も保険適応となり、
無事に生体肝移植をおこなう事が出来ましたが
手術中も心のどこかで、もしも・・・の時は
あの子は臓器提供を許してくれるだろうか?と
考えちゃう事もしばしば・・。

まだこの先も、進行性の腎疾患のため、腎機能低下の具合では
医師からは腎臓移植も・・と、話が出ています。

小児移植医療には、まださまざまな課題もあるでしょうし
移植コーディネーターの育成、移植病院設備や移植外科医、看護師の育成など
患者家族の目から知る範囲ですが、日本の小児臓器移植は
これから一歩一歩前進していくのかな・・・と思ってます。

その最前線にいる移植外科の先生がたに、ほんとに頭が下がる思いです。
入院中、忙しすぎて倒れないかと・・心配でした。

これからも移植について勉強していきたいと思ってます。

よろしくお願いします。



はじめまして。

10歳の息子が今年2月に吐血により緊急入院。
食道静脈瘤が見つかり緊急内視鏡手術を受け、その時に先天性門脈圧亢進症という病気が見つかりました。
現在は小児医療センターでの小児外科で、定期的な外来受診と内視鏡検査を受けています。

脾臓も腫れている状態で今月の外来では、hbの数値低下(貧血)や白血球、血漿板などの数値低下が指摘されていて年明けに詳しい血液検査を予定していますが、脾臓の縮小手術などの話も受けています。

肝臓や脾臓などの臓器の小児疾患や移植について知りたくて、こちらに来ました。よろしくお願いします顔(願)
はじめまして

私は、2003年に母から小腸を移植しました

今は、8年の経過が経ち仕事をしています

考えが未熟ですが、この小腸移植という医療を少しでも多くの方に知っていただければと思い参加しました

当時、私は14歳でした

子どもと呼べる年齢ではありませんでしたが、その後私の後に七歳の子が全く同様の移植をしました

全て国内です

もっと国内での件数が増えればとは常日頃から思っています

よろしくお願いします。

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