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藤圭子コミュの藤圭子資料館

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『藤圭子資料館』が閉館されていたようです。
貴重なデータベースがこのまま消えるのは、余りに勿体ないので発掘しました。
Internet Archive
https://web.archive.org/web/20210126173722/http://www008.upp.so-net.ne.jp/library/keiko_index.htm

NHW Library 編集部関係各位、許諾無くリンクすることお許し下さい m(_ _)m
都合悪ければ、言っていただければ削除いたします。

コメント(18)

藤圭子研究の決定版。
先人の偉業に感謝。
謹んで利用させていだいています。
raviji 様
情報提供ありがとうございます。
ご存知の方も少なくないと思いますが、貴重なデータベースとして下記のサイトもありますね。
こちらもなかなか見ごたえ読みごたえあります。

藤圭子オンライン
http://binitam71.la.coocan.jp/

yamanekoさんが【藤圭子ハードウエアー 遺物コーナー】で紹介した
LP「演歌全集ー藤圭子」(昭和48)1973年12月5日発売 の100曲について
ravijiさん紹介の「藤圭子資料館」から抽出し以下に貼り付けました。
85曲目で声が出なくなり翌5月のポリープ手術につながった歌手生命をかけた仕事になりましたが、赤文字はこのLPで初めて紹介された多くの貴重なカバー曲が含まれています。
私もこちらにはお世話になりました。ありがとうございます。ぜひとも残しておきたいですね。
(昭和45)1970.4.13
週間シングル売上
https://twitter.com/msdatabase/status/1514196137061715970?t=N_tzhtE39JwPU07gPftFfg&s=19
1位「女のブルース」
    藤圭子 69,000枚

7位「レット・イット・ビー」
    ビートルズ 28,000枚
段々 無くなる 淋しい 保存ありがとうございます
1979年「お茶の間スペシャル」での「新宿の女」の演奏風景。

歌手の衝撃の自殺から4日。先週金曜、元夫・その他(音楽関係者)が斎場を訪れたが、歌手は姿を見せず、未だ対面は果たされていない。遺書はなく、自ら死を選んだ理由は明らかになっていない。

1971年の歌手の自著「演歌の星★藤圭子物語」(ルック社刊)には、「自分の歩んできた人生を、ふりかえってみると、ザラザラと砂を噛むような気持ちになります」との記述がある。

1976年、母・その他一般人と花見を楽しむ当時24歳の歌手の映像。目が不自由な母をいたわりながら歩く姿が捉えられている。(映像提供:スポニチクリエイツ)

歌手が育った北海道・旭川市を取材。小学校時代の恩師、小田さんは、夏に着る白っぽいレースの服をずっと着ていて、ボタンがとれていたり、上履きのラバーの部分が剥がれてカパカパになっていたりと、当時の藤さんの様子を語る。自著によると、幼少期の藤さんは、兄、姉との貧しい5人暮らしで、母の三味線で父が歌い店から店へと渡り歩く地方巡業の日々を送っていた。

歌手が小学4年生の時、両親のドサ回りの営業で、人前で歌を披露する機会が訪れた。精一杯歌うと、拍手が沸き起こった。その後、一家は旅館に住み込み、働いていた。従業員用の離れで暮らしていた当時のことを知る砂田さんは、藤さんの中学生の声ではなかった、歌は抜群に上手で美人だったと振り返る。周囲の人は、藤さんは貧しさを言葉にも態度にも表さなかったと話す。

1968年、藤圭子さんに転機が訪れた。ステジで歌っているところをスカウトされ、一家で上京。デビューできないまま、伴奏する目の見えない母の手を引いて流しをする日々が続いたが、のちに、怨歌と呼ばれる歌は大衆の心を掴んだ。子ども3人を抱えて苦労続きだった母にようやく楽をさせることができた。

1972年「日本歌謡大賞」での「圭子の夢は夜ひらく」の演奏風景。

1976年、母・その他一般人と花見を楽しむ当時24歳の歌手の映像。澄子さんは、テレビでの藤さんは暗いと言われるが、家に帰るとガラリと変わって別人のように明るいと話した。(映像提供:スポニチクリエイツ)
https://ameblo.jp/wakkuwakki/entry-11922679596.html
出ないかな 島 純子のソノシ−ト 
「男の仁義」まだどこかで現存するんですね。是非是非聴いてみたいですね。作詞は圭子さんですね。歌詞が書かれた物を以前何かで見たんですが……。コピーしておけば良かった。悔やまれます。
藤三郎さん情報をお持ちでないでしょうかね?
今、圭子さんのスタジオ音源でまだ入手してなくて収集したい曲は「男の仁義」「新宿情話」「雪国」「峡谷火まつり音頭」です。情報が有れば宜しくお願いします。
1970年4月6日 Oricon 週間データ
シングル1位 女のブルース
アルバム1位 新宿の女/藤圭子のすべて
(昭和45年)1970/5/18のOriconシングル

1 62,000 女のブルース 藤圭子
2 51,000 あなたならどうする いしだあゆみ
3 42,000 圭子の夢は夜ひらく 藤圭子

https://twitter.com/msdatabase/status/1791808548911067225?t=kgrhjcvBQrE0OzI9uscnjA&s=19
明星の読者リクエストによる歌手ベスト20です。
1〜2枚目は1970年12月号。「命預けます」が1位です。
3枚目は1971年5月号。「さいはての女」が4位になっています。
「命預けます」あたりから人気に陰りが出てきたという印象を持っていましたが、根強い人気ですね。
今回のカラオケ曲リクエスト作業から、冒頭にあるデータベースへの追加・補足が見つかりました。

(1)品番の追加
新宿の女/”演歌の星”藤圭子のすべて
LP(JRS-7067)
CD(BVCK-38056)RCA
追加→CD(MHCL-30048)SONY

女のブルース
LP(JRS-7087)
CD(BVCK-38057)RCA
追加→CD(MHCL-30049)SONY

(2)ハードウエアの追加
LP二人の茶の間テレビ主題歌集(JRS-7140)
演歌の星、さよならの唄

カセットテープ 螢火(蛍火)-右・左-
(32KH-1107)
同名のLPに入っていない3曲
ふたり酒、大阪しぐれ、メモリー・グラス

LPおんなの演歌大行進(オムニバス)
(28RL-0009)
初出の2曲 釜山港へ帰れ、女の港
https://cse.google.com/cse?cx=010773929779806465703%3Akbpsa-s5eei&ie=UTF-8&q=%E8%97%A4%E5%9C%AD%E5%AD%90&siteurl=www.nikkan-gendai.com%2Farticles%2Fview%2Fgeino%2F145282%2F2&ref=www.nikkan-gendai.com%2Farticles%2Fview%2Fgeino%2F145282&ss=0j0j1
週間現代

1971年1月11日 オリコンシングルTOP50
13位 女は恋に生きていく
圭子さん命預けますから人気が急降下と言われていますが、これを見ると洋楽のブームの中、健闘していたのですね。
X(旧twitter) MS−DATABASEさん(@msdatabase)
https://x.com/msdatabase/status/1878047157770740067?t=oze0PE4FCzdBo-Digkk1qQ&s=19

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