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反「国家の品格」コミュの武士道とは

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藤原氏は武士道を奨励しているようですが、藤原氏が考える武士道とは具体的にはどういったことなのでしょうか。

また一般的な武士道に対する概念などについても考察することにより、藤原氏が提唱する武士道が日本の未来を明るくするのかについて語りましょう。

コメント(14)

migさん

このトピを立ち上げたのは、一般的な定義ではなく、藤原氏が考える「藤原式武士道」とは何ぞやということを明らかにしたいという意図がありました。

新渡戸稲造氏による解釈ではなく、日本中をほーっと湧かせた「藤原氏が考える武士道」について語りませんか?

国家の品格を最後まで読んでいないのですが、初めの方だけを読んだ印象では藤原氏の思想は思い込みや勘違いに支配されているようです。そうした誤った知識を基盤とした「武士道」に多くの読者が共感しているとしたら、それはそれでまた別の問題ではないかという気もしますが。。。
migさん

揚げ足をとるようなことをして申し訳ないのですが、少し気になりましたのでコメントします。

>英語では法務省のことをMinistry of Justice(直訳すれば「正義省」)と言います。

ここでのJusticeを「正義」という言葉に置き換えるのは適切ではないと思います。

「正義」ではなく「公正」ではないでしょうか。

下記は英英辞書のサイトですが、英語の説明部分が簡潔なのでリンクを貼っておきます。


http://encarta.msn.com/dictionary_/justice.html
かなり迂遠な話なのですが、上での議論の展開と関連する内容が、現在読んでいる本の中に出てきたので、引用します。


元和元年の幕府の基本法「武家諸法度」より

法是礼節之本也。以法破理、以理不破法、背法之類、其科不軽〓。
(最後の、虚詞は入力できず)

法ハ是レ礼節ノ本ナリ。法ヲ以テ理ヲ破リ、理ヲ以テ法を破ラズ。法ニ背クの類、其ノ科(とが)軽カラズ。

最新刊の、前田勉『兵学と朱子学・蘭学・国学』平凡社選書
からの孫引きです。この本の著者は、武家書法度のこのくだりについて

「この暴力的な国家のなかでは人々は徹底的に自律性を奪われていた。たとえば、それは「喧嘩」の禁止にあらわれている。(中略)このように近世の国家では、「理」にもとづいて、自分なりに善悪是非を判断すること自体が禁止されたのである。」と解説しています。
野次馬の視線さん

武家諸法度というものがあったことを、高校以来忘れていました。

上のコメントを投稿する前に、武士道の「道」についての解釈の仕方について書きました。茶道や華道の「道」と藤原氏が言う所の「武士道」の「道」とは全く異なることについて書いてみたのですが、自分の考えがまとまらなかったので投稿しないで削除しました。

武家諸法度と藤原式武士道との違いは何かということを考えながら読みすすめると面白そうですね。
はじめまして。江戸時代好きとしては、藤原氏の武士道にどうにも違和感があり、ここに来ました。

藤原氏は、『大事なのは武士道の定義を明確にすることではなく、「武士道精神」を取り戻すことです』(p122)と書いています。

だから、戦国時代の武士と江戸期の官僚化した武士では精神性が全く違うとか、
新渡戸稲造は日本文化の知識が乏しく、騎士道から類推して「武士道」を書いたフシがあるとか、
明治以降、武士への回顧、憧れから、武士の美化が進み、近代道徳として通用するよう武士道の再編集が行われたとか、
現在、一般的に流布している武士道は、明治以降に再編された武士道であって、ここ百数十年程度の歴史しかないものだとか、
こういう反論は受け付けないでしょう(前書きもそうだけど、予防線を張るのがうまいですね、藤原氏は)
仕方ないので、藤原氏のいう「武士道精神」とは、明治以降の近代武士道として話を進めます(だったら、平家物語とかを事例に持ち出すなよ、という感じですが)。

近代武士道と藤原的武士道の違いは、
『大きい者が小さい者と戦いやっつけることは卑怯である。強い者が弱い者をやっつけることは卑怯である。武士道精神はそう教えています』(p27)
という点にあると思います。

新渡戸は「武士道」で、フェアプレイというべき武士道精神が日本にはあり、それが社会規範となっていると記しています。
しかし、フェアプレイとは、公正なルール下において、正々堂々と戦うということであって、同一かそれ以上の物理的条件を持つ相手でなければ戦ってはいけない、ということではないと思います。
藤原氏の理屈で行くと、大企業が中小企業と競争をするのは弱い者いじめで卑怯、大企業は自ら優位を放棄して中小企業に合わせないといけない。
運動会の徒競走のように、足の早い子も遅い子も、手をつないで一緒にゴールしましょう、という状態になるのでは?
藤原的武士道は、新渡戸が書いたフェアプレイの意味を、かなり曲解しているように思えるのですが。
新渡戸さんの武士道ではなく、テレビで垣間見る時代劇の中の武士道についての違和感を書きます。

赤穂浪士の47士の討ち入りのリメイクを見て思うのですが、多勢で一人に向かって挑む姿は卑怯です。

あだ討ちを建てにしてなぶり殺しにしているのですよね。。。

時代劇など見て大勢が納得する理由があれば特定の個人を大勢が攻撃してもいいというような一方的な真理が正当化されているのが、職場や学校での陰湿ないじめの根源なのではないかなと感じることがあります。
みなさん初めまして。先程コミュにはいったバンガーと申します。

武士道についてとのことですが、今私が読んでるこの本とか、もしかしたら参考になるのではないでしょうか。
http://mixi.jp/view_item.pl?id=25888

この本の内容を超簡単に説明すると

「美しいフェアプレイ精神が武士道の代名詞になってるけど、実際の武士は全然そんなことはなくて、裏切りだまし討ち奇襲リンチなんでもござれだったんだよ。
今よく知られている武士道は、戦争がなくなった江戸時代から明治時代にかけて作られた理想像(早い話が夢・願望)に過ぎなくて、現実の武士の姿とはかけ離れたものなんだよ」

こんなかんじです。

藤原氏(および武士道の幻を信じている多くの人)が読んだら泣き出しかねない本ですw

自分的にはかなり名著ですね。
もし気が向いたら読んでみるのも面白いかと思います。

本の紹介みたいな文章になってしまって申し訳ない(;^ω^)
織田信長が比叡山を焼き討ちにしたり、誰だっけ、一向一揆の首領を話し合いと称しておびき出して殺したり、秀吉が養子の秀次の一家を四条の河原で幼い子供まで皆殺しにしたり、家康が外様大名をなぶり殺しにしたり、これ皆武士道のなせる技かと思います。

つまり、力ある物は皆正義。

源平の頃から武将などは皆、やくざの頭目であったことは分かり切ったことです。

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