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群馬弁辞典コミュのおさきぎつね

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方言では無いのですが、「おさきぎつね」の伝説ってご存知ですか?
玉村町でも南玉地区にいたといわれています。

「おさき」というきつねが住むと、夜にこっそり他の家の小麦粉を尻尾につけてきてもって帰るので、自分の家の粉がなくならないという言い伝えです。

冷静に考えれば泥棒ですが、恩返しするというか、その家を守るというか・・・
盗んでくるものも小麦粉というのが、二毛作、おっきりこみ好きの群馬県南部というか、ローカルです。

古い家では、必ず屋敷林に囲まれた家の西の奥にお稲荷様がまつってあり、白いキツネが対で飾られていました。お祭りや、年末、年始の夕方薄暗い時に、そこにお供えを置いてくるのが長男というか跡取の仕事とされ、小さい時から行かされました。
薄暗い中で、キツネだけがぼうっと浮き出るのが不気味で、急いでお供えをすると玄関まで走ってくるのが常でした。
稲荷信仰と結びついた素朴な伝説です。

コメント(15)

「おさきぎつね」の伝説は知らなかったですが、屋敷祭りはやってますよ。
ウチにお稲荷さんありますもん(*´∪`*)
ウチでは生のさんまと、お赤飯と、塩と、お酒と、お米をお供えするそうです。
…小麦粉はないですね。
伊勢崎のはじっこです。
私も「おさきぎつね」は知りませんでした。
ドロボウはだめですけど、狐が尻尾に小麦粉つけてるのを想像すると、なんだか可愛らしいですね。

ウチにもお稲荷さんがあります。
何かの日にお供えして、戻ってくる時は後ろを振り向いちゃだめって、祖母に言われた記憶があるのですが、なんの日なんでしょう?
振り向いちゃだめな理由は、お狐様がお稲荷さんを食べてる所を見ちゃうと良くないからだそうです。
「おさきぎつね」は初めて聞きましたが、
屋敷祭はありましたね。(富岡です)。

父が酒と米と焼魚(魚も決まっていた様な・・・)をお供えしてました。
確か同時に神棚にもお供えし、そのお魚は家長しか食べられなかったです。
お魚好きな私には、羨ましい行事でした(笑)。
へぇ。玉村に住んでましたが初めて聞きました。
うちは昔からの家じゃないからかな。
うちにもお稲荷さんあります。
屋敷祭、ありましたねえ。
やっぱりお供えをした後、後ろを振り返っちゃダメ!と言われ振り向いてみたい誘惑と戦っていました(笑)

きつねの話は初めて聞きました。
安中です。
榛名です。
確かに庭の西の奥にお稲荷さんがいました。受験や入学も含め家の行事があると、お願いをしたり、お礼を言ったりしてました。おさきぎつねだったんですね。
私の地区では12月1日に屋敷稲荷やりますょ☆
同じく後ろを振り向いちゃダメで小さい頃はお稲荷様が恐くて後ろなんか振り向こうとも思いませんでした(笑)
狐の話はいいですね〜〜。
米じゃなくて小麦粉ってのがなんかいい!!

私の家でも屋敷祭りします。お稲荷さんがあるので。
備えるのは12月1日ですね。
お赤飯とお酒と魚(いわしって決まってた)、あと豆腐をひし形に切ってお供えしました。半紙を弊紙に切ってお稲荷さんの前に割り箸に挟んで立てたりしたな…。
夜になると家の西側の端の、畑の中の暗いお稲荷さんに
お供えを持っていくのはすごい怖かったです…
絶対子供が一緒に行くことになってました。
お供えしたら、大人はそこでお酒を飲んで、魚を一切れ食べてから、戻るときに振り向かない、ってのも同じでした。
あゆかさんと同じです。
『おんべろ』って言ってたかなぁ?半紙で作ったアレ。。。
寒い夜に、あったか〜い赤飯を『お手のこぼ』で食べる(^O^)
おいしいんですよね(笑)

ウチでは聞いたこと無かったけど
埼玉の群馬よりの地域には
おさきぎつね
があるそうです
屋敷守としてまつられてるらしいですね

お稲荷さんは、私の家にもあります。
舅・姑ができなくなって
私がお参りしなくちゃいけないのですが
どーむさぼりがち(^^;)
まずいっすねぇ
うわーー懐かしい!!あるある!やってた「お屋敷祭り」。
「オンベロ」つくって魚と赤飯とあぶらげ供えてました。
てゆーか、今も実家(前橋市)やってますね。
正月のときも、雑煮作ったら、1日の朝に神棚、仏前、
床の間(何故?)そしてお稲荷さんにお供えします。
かつて新潟の友人に聞いたら「知らん」といわれました。
その伝説はちょっと知らないんですが、実家の庭の西側に白いお稲荷さんが対になって飾られてました。
特にお供えものはしてなかったのですが、十五夜とか十三夜のときには、神棚とお稲荷さんに手をパンパン、としていました。
ちなみに前橋の中心部です☆
玉村町のすぐ近くに住んでいます。生きていれば百歳近い祖母が、娘である私の母に「おさき」の話をしていたそうです。その話とは、既出ですが「おさき」が人の家の粉袋に入って体毛にたっぷり粉を含ませ、自分の主人の元に帰ってからそれをふるい落とすというもの。要は粉泥棒ですね。そして、その「おさき」を呼ぶ時に何か棒のようなものを叩いて音を出すので、母が物を叩くと「おさきを呼んでいると思われるから、よしなさい」と祖母に怒られたそうです。昭和にはまだこんな伝説が生きていたんですね。

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