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三船敏郎コミュのよもやま話

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コミュ内全体

三船さんについてほんの少しだけ言及している記事をみつけました。
http://promotion.yahoo.co.jp/charger/200607/contents01/theme01.php

わざわざ新しいトピ作る程ではありませんが、何か他にもトリビア的
なネタを投稿するのに使えればと思います。

コメント(66)

告知で失礼します。

実写映画の戦艦大和が登場する作品を網羅した「戦艦大和映画大全」というムック本が発売中です。
「太平洋の翼」「連合艦隊司令長官 山本五十六」など三船敏郎の出演作を数多く特集しています。
また、歴代の山本五十六俳優の解説など、三船さんゆかりの記事が多い本です。

是非お手に取ってご覧ください。
よろしくお願いします。

http://www.yosensha.co.jp/book/b75886.html

http://www.amazon.co.jp/%E6%88%A6%E8%89%A6%E5%A4%A7%E5%92%8C%E6%98%A0%E7%94%BB%E5%A4%A7%E5%85%A8/dp/4862486525/ref=sr_1_1?ie=UTF8&qid=1290291655&sr=8-1
映画「アベンジャーズ」を観ました。
「七人の侍」を参考にしたというこの映画の各キャラクターは、
「七人の侍」でいうと誰にあたるのか?
コチラをご覧下さい。→ http://ameblo.jp/kiyo-now/entry-11346461264.html
先日図書館に行ったらリブックフェアというのを隣のギャラリーで開催していて図書館利用者や市民が寄贈した本を一人40冊まで貰えるというイベントがありました指でOK

そんなにいい本はないだろうとタカをくくっていたのですが予想に反して状態のいい本や貴重な本の数々本本本

結局僕も26冊もGET本(笑)

引っ越しやなんかで読まずに寄贈されたり、ほぼ新品ばかりでしたがその中に『黒部の太陽 ミフネと裕次郎』熊井啓/新潮社を見つけました本


その本のなかで裕次郎さんが三船さんに不可能と謂われた「黒部の太陽」の相談に行ったら”よし、われわれの力で、不可能を可能にしてみよう”だってさ指でOK指でOK

かっこよすぎる(笑)手(グー)

男はこうありたいですスピーカー



作品も映画館で今年観ることができましたし、じっくりこの本を読みすすめていきます本
三船敏郎&志村喬コンビによる黒澤明監督の名作「酔いどれ天使」「静かなる決闘」「生きものの記録」に出演の名脇役千石規子さんがお亡くなりになられて・・・合掌お願いご冥福をお祈りします晴れ


「静かなる決闘」で看護婦を演じる千石さんの告白と三船さん演じる医師の心情吐露のシーンで黒澤監督も涙を流し、ふと見るとカメラがガタガタ揺れている・・・カメラマンも泣いていたのである涙
という一節が有名ですね。
全国TOHO系シネコンで開催されている《第三回午前十時の映画祭》にてクリント・イーストウッドの出世作「荒野の用心棒」をTOHOシネマズ梅田アネックスにて昨日観てきました銃

黒澤監督の「用心棒」の無断借用とのことで公開当時は盗作騒ぎになりイタリア製作側が賠償金を払う形で解決しましたドル袋あせあせ(飛び散る汗)

現在はメインタイトル前に”Presented by KUROSAWA PRODUCTION”とクレジットされているんですねメモ


昨年京都文化博物館で「用心棒」を久しぶりに観ることができて大興奮でしたが今回「荒野の用心棒」を観てあらためて「用心棒」の面白さを再確認すると同時に三船敏郎さんの凄さを再認識しました手(グー)
>>[034]
昨年東大阪で2週間限定公開されて観てきましたよ映画

長尺版でした手(パー)あせあせ(飛び散る汗)


初めて観る「黒部の太陽」をスクリーンで体感できてよかったです晴れ


その日は同時に公開されていた「栄光への5000キロ」と共にどちらもインターミッションの入る長い映画でしたが堪能しました手(パー)
最近「白痴」「悪い奴ほどよく眠る」を2本立て続けにDVDで見ました。
三船さんは凄い役者ですねえ。恐れ入ります。
『サムライ 評伝三船敏郎/松田美智子 文藝春秋』と『もう一度 天気待ち/野上照代 草思社』を図書館から借りてきました本本

野上照代さんの『天気待ち/野上照代 文藝春秋』『蜥蜴の尻っぽ/野上照代 文藝春秋』はすでに読みましたのでまず『サムライ〜』から読み始めています本

秋のシネ・ヌーヴォ《黒澤明全作品上映》に備えて一度読んだものも読み返すつもりです映画もみじ本

『「映画を愛した二人」◎黒澤明◎三船敏郎/阿部嘉典 報知新聞社』『血の玉座 黒澤明と三船敏郎の映画世界/上島春彦 作品社』などなど・・・


私も『サムライ 評伝三船敏郎/松田美智子 文藝春秋』を借りてきたところです。これからもうちょっと三船関連本を探します。
三船さんは決して大根役者じゃありません。同時代的には彼の映画を見ていないので、自分は過小評価していたとつくづく思います。黒澤作品の三船さんと『無法松の一生』しか見ていませんので、他の作品も今後徐々に見て行きたいです。とにかく、若い時のハンサムな事。中年以降の三船さんしか知らない私は驚きました。

黒澤さんは凄いなあと思っていますけれど、三船さんがいなくなってからは、物語性に欠けて面白みが半減したように思います。三船さんという俳優が黒澤さんに凄いインスピレーションを与え、名作品を続々創り出す大きな要因になったことを、大声で言いたいです。

初めまして

ある三船ファンの方のblogからですが・・・
三船さんのファンに知っていただきたいと思いました。
60年以上前の映画雑誌からの抜粋部分のみ、
問題ないと判断してここに掲載させていただきます。

過去の投稿と重複等、問題あるようでしたら削除させていただきますm(_ _)m

 


「昭和24年5月号 映画ファン
栄冠のスター「私の歩いた道」 三船敏郎編 part 



お父さん―
お母さん―

僕はこうして時々、今は遠い異国の土に眠る父母の名を呼ぶ。
苦しい時、悲しい時、嬉しい時、
ある時は、青い空に向かって、又、ある時は遠い水平線に向かって
力一杯、父母の名を呼ぶ。
「銀嶺の果て」では北アルプスの頂上から叫んだ。
「酔いどれ天使」で青い海に向かって叫んだ。
そして今、映画世界社から頂いた
「新人男優演技賞」の賞状とリリーフを自分の部屋に飾って
僕はまた父母の名を呼ぶ。

喜んで下さい
お父さん―
お母さん―

空は昨日も今日も青い空だ。
ゆったりと流れる白い雲を見つめながら、僕は平凡な三十年の自分の歴史を
ふりかえってみる。全く「平凡」の二文字につきる自分の半生を。

・青島時代

赤い屋根、青い屋根、そして石畳。
青島は明るい油総(←読めなかった)の町である。
大正九年四月一日、僕はこの街で呱々の声をあげた。
父は貿易商、その長男である。
翌年、弟が生まれ、三年後、今は亡くなった妹が生まれた。
後年、父が好んで語った思い出話によると、青島はエビとビールと牛肉の美味い所だったそうである。
エビでは僕も思い出すことがある。
丘の上にあった僕の家からは、青島の街がひと目で見渡せた。
朝早く中国人の漁夫がエビを舟一杯に採って、漁港の市場へ帰ってくる。
それを僕は女中に手をひかれて買いに行ったものである。
伊勢海老よりももっと大きなのを藁に刺してぶらさげ、丘の上まで帰るのが日課だった。
石畳の上を歩く下駄のカランコロンという音は、今でも耳に残っている。

七歳の時、青島を引き揚げて大連へ移った。
日貨排斥で父の商売が出来なくなったということをあとで聞いた。
いよいよ大連へ出発する日、船の甲板から眺めた青島の街は印象的だった。
こんなに美しいと感じさせた街は今迄にない。
あの青い瓦の僕の家は、今いったい誰が住んでいるのだろうか。

・大連時代

小学校、中学と僕はごく平凡な子供だった。
べつに落第もしなかった代わりに優秀賞を貰ったこともない。
得意な科目は、体操と算術(算数)で、運動会にはどの競技にも引っ張り出され、大抵優勝した。

運動会では悲しい思い出がある。
一番末の妹を産んで体を壊した母は、ずっと床についていた。
その日、中学の運動会で又も引っ張り出された僕は、両手に抱えきれないほど商品を貰って
母を喜ばせようと家へ急いだ。
帰ってみたら母は、既にこの世の人ではなかった。
商品を投げ出すと僕はワンワン泣いた。
泣いても泣いてもあとから涙がわいた。
大連中学二年の時である。

一七の時、恋をした。
僕の初恋であり、そして恐らく最後の恋でもあろう。
Mさんといって友人の妹さんだった。
何ということなしに好きになって、二人でよく青雲臺の母の墓地へ行ったり
星が浦の海辺で一日中、黙って海を眺めたりした。
この交際は、二十一で僕が兵隊に行くまで続いた。
入隊する時、大連駅へ送りに来てくれて、始めてのそして最後の握手をした。
随分、女の人の手は温かいものだなとその時感じたぐらいだったから
ほんと、色気のない恋愛だった。
Mさんはその時一九で、僕が帰ってくるまで待ってますよとよく手紙に書いてくれた。
僕もMさんと結婚するつもりだった。
内地部隊へ異動になってまもなく、手紙がパッタリ来なくなり、やがて友人から
Mさんの死を知らせてきた。
急性肺炎だったそうである。
僕はその葉書を抱いて、二度と恋愛すまいとMさんの霊に誓った。
この誓いは今でも続いている。
それほど真剣な恋だった。

昭和十年三月、大連中学を卒業すると家業を継ぐべく、父の貿易の手伝いをした。
貿易といっても主として写真機材だったので、店のカメラを持ち出しては何でもかんでも
撮して歩いた。
人物写真が得意で、よく弟や妹や女中をモデルに使って苦情を言われた。
女中が結婚するので辞める時、記念に今まで撮したその女中の写真集を贈ったが
アルバムに五冊あった。
坊っちゃんのモデルに立たされるのは随分迷惑しましたが、こうなると良い記念になりますわ、と
妙なところで喜んでくれた。
だから腕はあまり上手ではなかったようである。
「昭和24年5月号 映画ファン
栄冠のスター「私の歩いた道」 三船敏郎編 part◆



・兵隊時代

「甲種合格」と言われて黙っていたのでビンタをくらった。
それ以来、兵隊がいやになり、幹部候補生の試験を受けるでもなく
ただ、のらりくらりと兵隊生活を送ってきた。
だから昭和一五年から終戦まで六年間いて、上等兵の肩章しか貰えなかった。
満州に一年。
あとは内地の航空隊を転々と歩いた。航空写真をやっていたのである。
今でもそうであるが、僕は細工物が好きで木片を集めて箱を作ったり
人形を作ったりした。
点呼の時間も忘れて、コツコツやっていてよく叱られた。
この箱は今、僕の化粧箱になっている。
兵隊で覚えたのは”卑屈になること”と”細工物”だけ。
二十四の時、父が死んだ。弟も兵隊へ入っていたし、妹一人になってしまったので
大連の店は畳んでしまった。

九州の隅の庄で終戦。
大連へは帰れないし、弟の知人である、今、お世話になってるIさんを頼って横浜へ来た。
文字通り、裸一貫から出直しである。

・映画界へ

ニューフェイスの試験を受けるまで、まさか役者になるとは夢にも思わなかった。
それほど映画界は僕にとって、遠い存在だったのである。
だから、こうして演技賞など頂くと、まだ自分でもよく信じられない位である。

だがしかし、これからはますます勉強してゆくつもりでいる
未熟な芸に鞭打ちながら。

見ていてください。
お父さん―
お母さん―


>>[039]

三船さん大根どころかすごく勘のいい人だったそうで黒澤明映画以外ではコミカルな役も軽く絶妙に演じられていてとても上手な役者でしたげっそりあの黒澤明さんの台本を全て覚えていて撮影現場に台本を持ち込まないことでも有名でした手(パー)むふっ

時折三船さんに対してそういう評価を聞きますがそのだいたいにおいて三船プロを救うべく同じような役を同じように演じ続けたテレビシリーズなどに起因するようで本来の三船作品を観ていないものが多いようですがまん顔あせあせ(飛び散る汗)レッテルを貼りたがる日本人の悪い癖のような気もします考えてる顔

それで現在も開催中の《黒澤明映画祭》にてスクリーンでの三船さんに会いたくてシネ・ヌーヴォに通っております映画

《『七人の侍』誕生60周年記念 黒澤明映画祭》

「静かなる決闘」1949/大映

監督:黒澤明/脚本:黒澤明、谷口千吉

出演:三船敏郎、志村喬、三条美紀、千石規子

手術中に梅毒に感染してしまった医師の苦悩を描くカチンコ


「野良犬」1949/映画芸術協会・新東宝

監督:黒澤明/脚本:黒澤明、菊島隆三

ピストルを盗まれた新米刑事は・・・銃あせあせ(飛び散る汗)


「醜聞スキャンダル」1950/松竹

脚本:黒澤明、菊島隆三

出演:三船敏郎、山口淑子、桂木洋子、志村喬

雑誌に人気歌手とのスキャンダル記事をでっち上げられた新進画家は・・・アート

「白痴」1951/松竹

脚本:久板栄二郎、黒澤明原作:ドストエフスキー

出演:森雅之、三船敏郎、原節子、久我美子、志村喬

素朴で純真な心が破滅へと向かう・・・

すべて
シネ・ヌーヴォ映画

どの三船さんも全然違いますし演じわけていますカチンコ演技とその存在感だけでも素晴らしいです虹
>>[44]

私はDVDで見たのですが、これらは三船敏郎抜きでは魅力が半減しますよね。
「赤ひげ」のあとに、三船を使わなかった黒澤さんはうぬぼれすぎでしたね。
小津さんが最後まで笠智衆さんを使い、よくとも悪くとも小津調を崩さなかったのと大違い。

黒澤さんに評を求められた、脚本家の小国さんが赤ひげの三船をあれは違うといい、
その後黒澤さんが三船さんを使わなくなったといいますが、
全く余計な事を言ってくれたものです。
三船がいない「乱」にしても、「影武者」にしても私にはつまらなかった。

まあ、大監督を批判してなんですけれど、
黒澤さんの大骨頂は三船敏郎があってこそではないでしょうか。
三船のいない彼の映画は独りよがりの動く絵画のように思いました。
「夢」なんか素晴らしいとは思いますが、だから何って頭の中でクエスチョンマークが出ました。
三船が入ると映画に血が通い、人間臭さがでて、物語が深くなる気がします。
例えば、様式美の凄い「蜘蛛の巣城」。あれだって、主役が三船だからこそ、
どこかにリアリティを感じさせるんじゃないかと思っています。

思うところが多いので、長文すみません。


>>[045]

小國さんの一言によるというのが定説になりつつあるけどその辺り野上照代さんに直接聞きましたら随分誇張されているそうで、黒澤明監督は「赤ひげ」の三船さんもいたく気に入っておられたようです手(パー)

小國さんの一言だけでどうにかなるものではなくそれよりも黒澤プロと東宝の関係、三船さんと三船プロの問題など金銭的、時間的なこともあり無理が出てきましたし「赤ひげ」以降黒澤明監督は「暴走機関車」の挫折「トラ・トラ・トラ!」降板騒ぎがあり自殺未遂などもありましたからね・・・

「どですかでん」では三船さんも出番なさそうだし「デルス・ウザーラ」では三船主演の企画が過去にあり久板さんらとともに脚本作りまで行って流れた経緯があり三船さん自身は意欲的だったようですがこの時は完全にロシア映画ですからねあせあせ(飛び散る汗)

「影武者」は勝さんでという、実は勝さんWと若山さんで三人の武田信玄のイメージもあったようです手(パー)一旦OKだった若山さんが健康面の理由から降板し勝さん事件もあった・・・そこで黒澤監督の頭には三船敏郎があったそうです電球ただし勝がダメなら三船というようなオファーは三船くんに失礼だと言ったそうな冷や汗

僕の個人的な見解では「デルス」でアカデミー外国賞を受賞し世界のクロサワを印象付けましたがあくまでロシア映画としての受賞トロフィー日本映画界カムバックとなる「影武者」で最初から三船敏郎主演だと”ミフネがいないとクロサワはダメ”だと言われるんじゃないか、三船不在でも「デルス」でアカデミー賞だからいや俺はやれるんだなどと葛藤があったんじゃないかと睨んでいますあせあせ(飛び散る汗)

「乱」などは三船さんでもよかった気がしますが「影武者」での代役の件で仲代さんに恩義を感じていた流れで仲代さんに行くんですがその後仲代さんも出てませんからその辺りは明白です危険・警告
僕は黒澤明関連の文献100冊以上読んでいて感じるのですがもしも勝さんが「影武者」を降りなければ「乱」は三船さんだったと思いますexclamation

本当は「乱」が先にあった企画で脚本もできていましたメモ当然三船敏郎主演と年頭にあったはずです考えてる顔でもお金がかかり過ぎるとのことで企画が変更され「影武者」になったんですボケーっとした顔あせあせ(飛び散る汗)

黒澤さんにしてはあっさりと「乱」を引っ込めたのはやはり「影武者」をカムバック作として話題を集めて「乱」に持っていくという腹積もりがあり「影武者」まで三船くんだとアレだから「乱」で行こうとむふっただ5年かかっちゃいまして東宝もすんなり資金出さないしまる一年撮入が延びたり大変だったみたいですがまん顔

その間にいろんなこともありましたから黒澤監督も三船さんはいつも年頭にあり三船さんも黒澤明監督作に出たかったのに二人は大きくなりすぎていて思惑通りにはいかなかったのが実情のようですげっそり

事実すでに「赤ひげ」の時でさえ三船さんのスケジュールは大変だったみたいですからあせあせ(飛び散る汗)あの時ですでに世界のミフネで、何より彼らを引き裂いたのは三船プロ運営という枷が三船さんを拘束期間の長い黒澤明映画から遠ざけてしまった・・・
三船プロは結局倒産しますがそれまでの長きにわたり三船さん自身の出演により賄っていた経緯もありそれがテレビシリーズだったり・・・面倒見のいい三船さんだからこそ俳優としてよりも社長として生きてしまった悲劇とも云える気がします涙
>>[46]

 「雨あがる」の三船史郎ではねえ…(^_^;)
>>[047]

お父様のようにはいきませんねうれしい顔うれしい顔うれしい顔あせあせ(飛び散る汗)
僕も評伝三船敏郎や野上さんの本を読みましたが
小國さんの一言が少し気になっていました。

脚本の時点の新出去定(赤ひげ)のイメージと完成した映画の新出去定が
小國さんの視点ではずれがあったといくことなのでしょうね。

橋本忍さんが言われているように三船さんの芝居が違っていたのなら
黒澤さんは必ず指摘していたはずだと思っています。

原作の山本周五郎をして「原作よりいい」と言わしめた映画みたいですし
個人的には日本にこんなにも魅力的な俳優さんがいると感動したモノが
「赤ひげ」と「用心棒」の三船さんの演技と存在感でした。
実際この二つの映画でベネチア映画祭最優秀男優賞とっていますしね。

にこにこ


この動画は一分たらずで音なしですが貴重な動画(ほほえましい)だと思います。
>>[049]

そうなんですよ電球電球電球

三船さんの演技が違うなら黒澤明監督は現場で直したはずなんですが確かに小國さんと黒澤さんが当初思っていたのは「椿三十郎」で伊藤雄之助さんが演じた城代家老のようにのほほんとして何を考えてるかわからない人物で鞘に収まった刀のような人物アート千秋実さんが候補に上がっていましたスピーカー

でも脚本を進めるうちにもっと重厚感のある人物像に変わっていったメモ

小國さんの頭にはまだ当初のプロットを捨てきれずにいたのでしょうが黒澤さんは「酔いどれ天使」の時も当初の思惑と違いながらも三船さんの魅力に引っ張られたと仰っていたように「赤ひげ」の時もドンドン乗っていったんでしょうねウッシッシ

「赤ひげ」でのアクションシーンも三船くんならこういう場面も必要だと言って撮影したそうですし映画あせあせ(飛び散る汗)

今回のシネ・ヌーヴォの《黒澤明映画祭》によりほとんどの作品を見直すこともでき、来阪した野上照代さんに直接いろんなお話を訊くことができシネ・ヌーヴォに感謝ですぴかぴか(新しい)ぴかぴか(新しい)ぴかぴか(新しい)ぴかぴか(新しい)
その「赤ひげ」の名カメラマン斎藤孝雄さんが12/6にお亡くなりなられました涙

あの「羅生門」などで知られる世界的なカメラマン宮川一夫さんと斎藤孝雄さんのコラボ、宮川一夫さんのメインキャメラと斎藤孝雄さんの大胆なサブキャメラが印象的な「用心棒」も忘れられません冷や汗電球

ご冥福をお祈りします晴れ
京都四条烏丸で”世界のミフネ”を見つけましたサーチ(調べる)
祝三船敏郎さんハリウッド殿堂入りだそうですねexclamationexclamationexclamation

おめでとうございますクラッカー
>>[54] 本当うれしく思います。改めて世界のミフネをみなさんに感じてほしいと思います。
またゴツイ本が出てましたよげっそり

本屋さんで見つけました本サーチ(調べる)
4/1は三船敏郎さんの生誕日でしたバースデー
ツイートしたら海外のかたからイイネ!がいくつも来てビックリ( ; ゜Д゜)さすがに世界のミフネである地球

三船さんのドキュメンタリー映画がまもなく公開される映画館

「MIFUNE THE LAST SAMURAI」
監督・編集:スティーヴン・オカザキ ナレーター:AKIRA 企画:中沢敏明、白石統一郎 プロデューサー:スティーヴン・オカザキ他 コンサルティング・プロデューサー:三船力也 撮影:日名透、石川泰之 音楽:ジェフリー・ウッド 脚本:スティーヴン・オカザキ、スチュアート・ガルプレイス4世 原案:松田美智子『サムライ 評伝三船敏郎』
出演:香川京子、司葉子、土屋嘉男、加藤武、八千草薫、夏木陽介、二木てるみ、野上照代、宇仁貫三、中島春雄、中島貞夫、佐藤忠男、三船史郎、黒澤久雄、スティーブン・スピルバーグ、マーティン・スコセッシ、役所広司

シネ・リーブル梅田他
6/2(土)ROADSHOW
なんかあんまり似てないような(笑)(゜o゜)\(-_-)
《◆画集60年還暦祭◆ バロン吉元☆元年》
弥生美術館
電話03-3812-0012

1.3(木)三角(右)3.31(日)
開催中のバロン吉元展にて三船敏郎さん主演「椿三十郎」を描いた作品も展示されていますアート
なんと展示作品の写真撮影OKですカメラOK顔(OK)
CS 221 日本映画専門チャンネル

「どぶろくの辰」1962年/東宝/カラー/115分
監督:稲垣浩
出演:三船敏郎、三橋達也、淡島千景、池内淳子、土屋嘉男、有島一郎

1949年の田坂具隆監督「どぶろくの辰」(主演:辰巳柳太郎)のリメイク映画館辰巳版はまだ観たことがないけど三船敏郎さんのキャラクターにドンピシャな企画指でOK


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