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集美学村コミュの集美での一番の思い出

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みなさんにとって、集美での一番の思い出を、ドシドシ書き込んでって下さい!

コメント(5)

それでは、私から。ちょっと長くなってすみません。

一番の思い出は、同学同士7人で夜中集美の街を散歩していた時に、地元のヤクザ集団に暴行を受け、命辛々逃げ切った時のこと。

私自身は顔面と胸元を素手と蹴りでやられた程度だったけど、あるやつは頭を石で殴られ、あるやつは急所を蹴られ内出血までしてた。

門限を破ってトラブルに巻き込まれたことが学校に知れるとマズいのはもちろんだが、更にマズいのは、他の同学に知られてしまうことだった。
特にタイ人の同学に知られると、絶対復讐しに行くという話になるのはわかっていた。
なので襲われた他の6人には絶対口外しないよう口止めをしていたのだが、そのうちの1人が悔しくて我慢できずに、次の日、ついつい同学達にしゃべってしまったのだ。

そこからが、大変だった。。。。

案の定、復讐に行く!と行ってみんながいきり立ってしまったのだ。
一度怒りを覚えると収まりがつかなくなるのが、タイ人の性格。
そして隔壁同士、お互い仲の良かったタイ人の同学の1人がとうとう理性を失ってしまい、着ていたTシャツをビリビリ破り始め、あくまでも制止しようとした私自身に向かって襲いかかろうとしたのだ。しかし、寸前のところで彼は他の同学に抑えられ、私は難を逃れた。

ここからが感動。

興奮から冷め、やっと理性を取り戻した彼は、「老板対不起」と言って素直に謝ってくれたのだ。友情もこれで終わりかと、半ば諦めてた私はその心が嬉しくて、「没事」と言いながら手を差し伸べたら、彼も手を差し伸べてくれて、固い握手を交わした後、お互い自然に抱擁したのだった。

そして私は彼に一言、「さあ、17号楼に戻って、一緒にカンシーフーでも食べよう」と声をかけ、一緒に部屋に戻ったのだった。

男同士の友情を確かめ合う、熱い抱擁。

何だか大昔の青春ドラマみたいだが、現実に自分の身の上に起こったのだ。こんな経験は後にも先にも、ない。

復讐に行く話も、この騒動のおかげで誰も口にしなくなり、悔しさもいつの間にやら忘れ去って行った。

以上です。

まだまだ、たくさん思い出はあります。みなさんも同じと思います。
1つだけとは限らないでしょうし、みなさん、たくさん書いて下さい!
思い出といえば色々あるんですが、喧嘩がらみの話が出たのでここで1つ。

至って平和につつましく過ごしてて、けんかのけの字もないおとなしい俺に悲劇。

石鼓路から龍舟池の突き当たりの街灯の下で、男4人+女1人と
夜に地べたに座って飲んでた。
そこに1台の車(男2人)がやってきてUターンした後、こちらを見ていた。ある一人が「イェーイ!」と奇声をあげながらピースしてたら
そのまま行ってしまった・・・・と思いきや、
約10分くらいしてから、鉄パイプと木刀をもって何人もやってきて、無言のままさっきピースしてたやつに襲い掛かった。
あまりの突然さにあっけにとられながらも、そこからが大乱闘の始まり。

気がついたら、横たわるチャイニーズの首根っこに自分の足。
「なにしに来たんじゃー!!(チャイ語)」とこれまた奇声をあげてたら、首根っこに暖かい感触。頭から血出てた。流血したのは俺一人。
仲間が我に返って「おい・・・血でてるぞ!!」と心配をしているのを聞いて、
「(ここでもっとやっちゃったらマズイ)」と思って、やつを立たせてから、
「もし今後道で会っても、今夜の件は関係ないからな」と「復讐」されない布石として、なかば強制に強い握手。
それから完全帰国まで、また平和な生活に戻った。
あやつら、未来のチャイニーズマフィアだったのかな。

それからの治療が、中国なだけに怖かったのは言うまでもなし。あのときの傷はまだ残ってて、この先禿げた時は隠しようもないのである。

あの喧嘩の数日後が自分の誕生日で、みんながお祝いしてくれたけど、マインドコントロールされてるように、白いミカンネットをかぶった情けない写真は、今でもアルバムにある。
親には、「風で瓦が飛んできて当たった」ことにしているが、
俺は正直者?なのでうそだと見破られているだろう。

長くなりました。
なんだ、私の代だけじゃないんだ!

夜中酒飲んで門限破るのって。

っつうか、集美って物騒!

ダーピンさんも私も、あまりこの話を仲間以外にしない方がいいかもね。

みんなビビってしまうから。
特に中国に行ったことがない人や、偏見を持ってる人には。
集美内ではありませんが、私も集美仲間と湖○へ飲みに行った
時の思ひ出を一つ。

その夜、日本人(私)、カンボジア人、インドネシア人、イラン
人の野郎4人で飲みに行き、中国人小姐を隣に座らせ、中国では御馴染みの1箱1箱で飲み続けること数時間、酔いも回り、さぁ買単と思ったその時、完全に酔いの回ったアッラーの化身(イラン人)が「ボッタクリやないけー!!」とブチ切れ。
彼曰く、今日の小姐の態度は悪かった、せやから安くしろ云々、店のラオバンを呼び付けさんざんに怒鳴り合う。
結局、I氏(イラン人)は自身が納得する金額だけを支払い「よっしゃ帰ろう!」と。

「あぁやっと終わった」と我々も一緒に店の門を出たその時!

いるではありませんか、ナタ(新疆人が路上で売ってるタイプ)を持った15人ほどのチンピラが。(ラオバンか小姐が裏の人間と繋がっていたのでしょう)
「あっ!」と思った瞬間、我々各自に3,4人が襲い掛かって来る。奈何せん酔いも一発で醒めるような大きなナタだったもんで、自身に襲い掛かって来るチンピラの手を掴む事に精一杯。
ついでに「不好意思」も付け加える。
そして連呼する不好意思が通じたのか、私から離れ今度はI氏の下へ行くチンピラ。I氏を見ると、謝ってる所か対5,6人のチンピラ(武器所持)と怒鳴り合ってるではありませんか。
「ユー!飲み過ぎ!(状況を見て!)」っと思った瞬間、チンピラ数人に前後左右からバサッ!バサッ!!
そしてサッー!!と逃げて行くチンピラ(約5秒くらいの出来事でした)。
すかさず駆け寄る私、出てます出てます血液が。
とりあえず刺された処はないか(傷の深さ)確認すると、厚着だったお陰も有りパックリ程度。致命傷には至らんかと判断。

と!ふとI氏のケツを見ると見事にもう一つ割れ目が…。
あまりに大量に出血していたもので、I氏を担いですぐさま病院へ。道中、酔いもあった為かI氏半泣きで曰く「没事、没事…」。「…いやいやどこがやねん」と私。

病院到着後、すぐさま傷口を縫合。その頃にはI氏の酔いも醒め激痛の為か意識朦朧…。
その後1ヶ月程入院し、ケツに大きな傷を残しつつI氏無事退院。退院直後の一言目は「もう二度と酒は飲まない」でした。

そんなI氏も今は会社を興して数年が経ちます(アモイ島内)
そして普通に毎晩飲酒してます。

I氏を含め私自身集美時代には、上記ナタ系事件諸々何度か巻き込まれてます。それでも命落とす事なく、これまで来てるのは「悪運の強さ」としか言い様が有りません。

いやぁ、今思い出すと「若気の至り」ですね。

以上。

シャオバンさん、

読んでいるだけでゾッとしますね。
私のエピソードの中で、石で頭を殴られたのはロス出身のアメリカ人だったのですが、彼曰く、

「ロスより危険!」

なんだそうです。有無を言わさず襲いかかってくるから。

みなさん、この手の話は本当に、仲間うちだけにしましょうね。

誰か、楽しい思い出を語って下さい!!

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