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廣田図書館コミュの別れの逢瀬7

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 夕日が傾き、夜の帳がおりた。俺の人生の帳がおりたようで少し感慨にふけっていたが、ふと思い立って外に出てみた。
 夜になると湯河原もそこそこ冷え込む。とは言っても、辺りはあたたかい湯気の香りと春風に包まれてふわふわ浮き上がりそうな空気だ。すれ違う観光客のほとんどは浴衣姿に下駄を鳴らし風流に過ぎ去っていった。
 俺はそんな湯河原の夜を尻目に、ひとりコンビニへ急いだ。 カミソリを買い忘れていたのだ。今夜自分の手首に切り込むはずのカミソリを。確か坂を下って行った先に一軒あったはずだ。バスに揺られながら見た気がする。
 しばらくすると、ぼんやりとした幻想的な湯河原のネオンとは対照的ないかにも人工的で眩しいほどの光が目に飛び込んできた。ここは温泉街にあるたったひとつのコンビニのようで、先程からすれ違う観光客は皆このコンビニから吐き出されてきたらしかった。観光客とはわざわざ非日常的な風流を味わいたくて湯河原に来るもんだろうに、結局「コンビニ」という日常を捨てきれないものなのか、俺が店に入る時にも店頭で何人かの観光客と見られる若者がたむろして煙草を吸っていた。湯河原自体は変わっていないが、このコンビニの空気だけは東京となんら変わりない。なんだか病んでいるようにさえ見えるこの光景を、今の湯河原は受け入れている。そういう意味では、湯河原も俺がいた頃と全く同じなわけではない。絶えず変化を遂げているんだ。湯河原にも平等に俺が過ごしてきただけの年月が流れていたことをわずかばかり喜びながら洗面用具コーナーへ向かった。
 そこで商品整理をしていた男の顔を見た瞬間、俺は思わず声を荒げてしまった。
「佐川?あれ、佐川か!」
 制服姿のその男もまた、俺の声に便乗するようにおおきな声を出してきた。
「あっ、…山崎!お前、山崎祐輔か?」
 これで、湯河原に来て再会を果たした友人は二人目になった。

 俺が「佐川」と呼んだその男は、今はもう別の姓になっていた。おととし結婚して「宮本仁志」になったという。
「いや〜、お前が婿養子とはね」
「まあな。今はしょぼくここの雇われ店長やってるよ」
「じゃずっと湯河原に?」
「ああ。ずっと親のスネかじって、結局は結婚相手まで親の面倒になってこのザマよ」
 そう苦笑して頭を掻いた佐川の左手薬指から、鈍いシルバーの指輪が垣間見えた。
「いいじゃない。奥さん美人だし」
 店内に目を向けると、奥の方から佐川と同じ制服を着た30歳ぐらいの女性がこっちに愛想のいい笑顔を向けてきた。
「ああ、まあ、年上で尻にしかれまくってるけどね」
 そうやって謙遜し続ける佐川からは、幸せのオーラしか感じられない。
 彼もまた、川瀬と同じように湯河原に残って平凡ながら確実な幸せを手にしたんだな。
 佐川とは小学校以来の仲で、川瀬との仲をとりもってくれたのも彼だ。川瀬と付き合うようになってからもよく三人で出かけたりもした。
「いや、ほんと良かったじゃん。おめでとう。なんか悪かったね、連絡してなくて」
「ほんとだよ!結婚式出てもらおうと思って手紙出したら住所変わってて家に招待状戻ってきちゃうし。お前さ、ほんと友達甲斐のない奴だね」
「悪かったってば。ま、俺にも色々あってさ」
 川瀬と別れてから、佐川と連絡を取れなくなったのだった。
佐川に連絡先を教える限り、川瀬とは完全に断ち切れなくなってしまうと直感していたからだ。
「ま、お前が東京行って10年だからな。色々あるさお互い」
 それから俺たちはコンビニの前のベンチで他愛もない話を始めた。とは言っても、空白の10年間どんなことがあったかを話すのは専ら佐川のほうだった。俺からはもちろん自分の話はしないし、向こうも何気なく俺の話題は避けているようだった。俺としては有難かったが、きっとそれは川瀬のことも関係しているんだと悟った。川瀬から、俺がどんなにひどい男だったかを聞かされていたんだろうなと思うと胸がチクリと痛んだ。

 「そういえばさ、昼間川瀬に会ったよ」
 ひとしきりたって、話題が昔の思い出話に変わろうかという頃、俺は何の気なしにそう言った。向こうから川瀬の名前が出るのが少し怖かったのだ。あの時はお前の方が悪かった。だから今から川瀬のところに謝りに行こう!−なんて話になったら面倒だった。
「…え?川…瀬?」
 佐川は意外にもそうとだけ言うと急に黙りこくってしまった。
 あれ?おかしいな。俺なんか変なこと言ったかな。あ、もしかしたら川瀬は今湯河原には住んでないのかな。今日たまたま帰ってきたところで、それで佐川は驚いているのかな?あれ?でも川瀬はずっとここに住んでるって言ってたもんな。
「…お前さ、本当に川瀬優香に会った、の?」
「ああ、そこのバス停で」
「なんか話してた?」
「え?いや、ちょっと話して別れたけど」
「何話したんだよ!?」
「え、あ、いや、あの、俺たち別れたのは俺のせいだったっ
て。ごめんって謝ったんだ」
 佐川は俺と川瀬が会ったら気まずいと思ってこんなに考え込んでるのか?もしかしたら川瀬は、俺と別れて相当落ち込んだのだろうか?
「あ、いや、だからさ、まあ昔の話だけど、とりあえずは本当悪かったって話したんだよ」
 俺は嫌な汗をかいていた。何故か川瀬にではなく佐川に必死に弁解していた。とにかく俺と川瀬の間にはもうわだかまりなんてないんだと、必死に取り繕った。
「なんか、川瀬もいい人いるみたいだな。あ、もしかして結婚とかしてんのか?いやあ、なんか俺だけ独り身になっちゃったね」
「…なあ山崎」
「今日もその人の帰り待ってるとか言っちゃって。いやあ、お熱いな」
「なあ山崎−」
「なんだよ急に!どうしたって言うんだよ」
 気付くと額から滝のような汗が流れていた。それなのに俺の体はひんやりと冷え切り、ただ背中から一筋冷や汗が流れ落ちるばかりだった。
 佐川が俯きながら、しかしはっきりとした口調で口を開いた。
「−川瀬は8年も前に死んでんだよ。赤色滝に身投げして自殺したんだ」

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