ログインしてさらにmixiを楽しもう

コメントを投稿して情報交換!
更新通知を受け取って、最新情報をゲット!

VACCOS(読書会)コミュのJ・M・クッツェー著「恥辱」の感想を書こう!!!

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
本日、恒例の読書会が行われ、五人のメンバーが「恥辱」について、言い合いました。
というわけで、いつものようにここからはネタバレありでかまいません。
どんどん好きなことをカキコしてください。
ちなみに読書会で話題になったのは、デヴッドのダメ男ぶり。こいつは外見でしか、女を評価できないのか。ふわふわしているだけじゃないか。芸術家気取りが鼻につく。むしろ、いい加減さがコミカルで救いになっている。憎みきれないロクデナシで、女がゆるしてしまうのねわかる。等等。私はデヴィッドは好きじゃない。白人インテリの気障っぽさを感じてしまって。
一方、もう一つ話題になったのはルーシーの評価。とくに女性読者から無理があると疑義がでた。もっとも、この女性を通して南アフリカの現実にふれることができるという点では、一致した。
これは全員が認めたが、南アフリカの作品が読めてよかったと。
最後に一つ、これは私の意見だが、「彼」という主語を使ったのは失敗。日本語は彼などという三人称で流すには不向きな言語なのだ。ここは原作はどうあれ「私」か「デヴィッド」にすべきだった。

コメント(2)

良い意味で、読む前の期待を裏切る作品でした。
さわやかな読後感を得られたのは・・オレだけ?
「これはセクハラで大学を追放された男の哀れな転落物語なのだろう」
本書『恥辱』を読み始める前、そう思っていました。
けれども、予想外の展開に!

大学を辞めさせられたデヴィッドは、町はずれで小さな自作農園を営む娘のルーシーのもとへ身を寄せました。
ルーシーは若い頃に仲間たちとこの土地に移り住み、コミュニティの一員として暮らしていましたが、今はもう他の人たちは本国に去ってしまい、彼女だけがここに留まっています。隣人のペトラスの手を借りて農園を切り盛りし、花や野菜を売って生計を立てて。

知識階級に属するデヴィッドから見ると、女らしさを失って土と埃にまみれて農家の真似事をしているルーシーは世捨て人のように感じられるのでしょう。美しいか、醜いか。彼の女性に対する評価はそのどちらかしかありません。

そんなある日、事件が起きてしまいます。
アパルトヘイト廃止後の服従の関係性の逆転。恥辱にまみれた現実。

「どうして、こんな目に遭ってもルーシーはここに留まろうとするのだろう?」
わたしの頭の中には大きな疑問が浮かびました。

デヴィッドも娘の身を案じてここから立ち去るよう説得しようとするのだけれど、彼女は頑なにそれを拒み、「ここしかない。ここで生きるしかない」と、答えます。
強い意志? 諦念? 分からない。もしかしたら、ルーシー自身も自分がどうしてそういう選択をするのか分かってないのかもしれない。理知的すぎて、考えても仕方ないことは考えまいとしているみたい。

「父親のちゃらんぽらんさがルーシーに少しでもあれば、もう少し楽に生きられそうなのに。痛々しい・・・」
そう感じました。

一方、デヴィッドについて。
これまでドン・ファン気取りで生きたいように生きてきたデヴィッドが過酷な現実の中に放り込まれ、娘を守ることもできず、己の無力を知る。因果応報。それでもこの人はへこたれずに生きてゆきます。

「デヴィッドは好きじゃないけど、憎み切れないところがある」
そう思いました。
キザったらしい科白も読み返してみると、笑えます。ルーシーとデヴィッドの親子の会話なんて、どっちが親なのか分からなくなるほどです。

ダメ男のデヴィッドが存在することで暗鬱になりそうな物語の救いになっているのかもしれません。

この作品を通して、アパルトヘイト廃止後の南アフリカが抱える新たな問題の一端を知ることができて、読み応えがありました。

ログインすると、みんなのコメントがもっと見れるよ

mixiユーザー
ログインしてコメントしよう!

VACCOS(読書会) 更新情報

VACCOS(読書会)のメンバーはこんなコミュニティにも参加しています

星印の数は、共通して参加しているメンバーが多いほど増えます。

人気コミュニティランキング