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かみんちゅネットワークコミュの皆様へ御礼申し上げます。

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この度は祈りへの呼びかけに応じて、多くの方々にご参加頂きまして誠に有難うございました。さらに、多くの方より貴重なご意見を頂きました。こちらも真摯に受け止め、また感謝いたしております。
引き続き、27日、28日の祈りへのご参加頂けますようお願い申し上げます。

ここで、地震や自然災害に対する私の理解について記しておきたいと思います。

ひとつは、自然災害は、決して神の裁きで起こるものではないということ。
ひとつは、自然災害は、人間の悪想念が引き起こすものではない、ということ。

神の裁きではないということは、自然災害とは、母なる大地が生きている証であり、大地の鼓動であり、自然の循環であるということです。地球は生きています。地震・噴火・台風などは、それが起こることによって、新しい命を生み出すために必要な現象なです。ゆえに、それは人間の悪想念が起こすものでなく、自然の仕組みなのです。台風は、枯れた老木を倒し、若い樹が育つ場を作り、害虫を吹き飛ばし、また、大雨によっては枯れた水源を潤し、それによって豊かな土壌を作り、多くの命を生み出します。
確かに、神が泣いておられるのを私は感じます。それは、自然が命を組みなおすための仕組みとはいえ、地震や台風などによって、多くの命が失われることに対する嘆きなのです。
私は、沖縄の聖地の自然の中で祈る人を見るとき、その人を取り巻く周りの自然が慈しみを持って優しくその人を包むエネルギーをいつも感じています。そのような神・自然が、裁きをくだすという考えは私にはありません。
しかし、地球が生きている以上、地震や津波などの自然災害は、必ず起こります。それを無くすことはできません。それはまた、今起こらなくても、いつどこで起きてもおかしくはありません。私は祈りの呼びかけによって、事が起きたときに、被害が少なくすむよう、心構えや準備ができるよう、また最善の対応ができるよう多くの方に意識を高めて頂きたいと思っているのです。また、例えば地震が起きたとき、怖いのは原子力発電所の臨界事故など、人災が起こると被害がさらに甚大なものになってしまうこと、そういう時代に、そういう国に生きていることについて、きちんと考えて頂きたいと思っているのです。

私は、今回の呼びかけで啓示を公表することに対して、相当悩みました。さまざまな意見が出るであろうということは分かっていました。それで、これまで長い間、直接啓示の内容を公表することは意識して避けてきました。あえて公表したのには、私なりに考えがあってのことです。
私はかつて、地震鎮静の祈り、または災害を治める神事などは、黙々とひとりで行っていました。神業、神事の世界は、常識の通じない世界であり、複雑で理解の難しいところが多くあります。世間に公表せず、ひとりで行っていたのは、よけいな誤解を招くことを怖れてのことでもありました。

しかし、1997年夏、神からこのようなメッセージを頂いたのです。
「私の話すことを世間の人々に広く伝えなさい。ただしあなたは予言者ではありません。この世に、あなたが伝えたとおりの災いが事起こることがあれば、世間の人々はあなたを予言者として讃えるでしょう。しかし、私はあなたを認めません。一方難を防ぐことができ、災いが起こらなければ、世間の人々はあなたを嘘つき、狂人、世を騒がせるだけの者として、罵倒するでしょう。しかし、私はあなたを認めます。
もし災いが起きたときには、あなたは、自分の信念、実行が足りなかったことを、そしてその罪の深さを知りなさい。私は、あなたに、大難を小難に、無難になしえることを伝え、指示します」
私はこのメッセージを聞きながらも、公表することをためらっていました。理由は、いたずらに世間を騒がせたくない、非難を受けることの煩わしさがあったからです。しかし、拒む私に神は再三にわたってメッセージを続けました。

「なぜ、啓示で見たまま聞いたままをきちんと世間に伝えないのか?」

神は、一部の者たちの霊的な力よりも、より多くの人々の真心の力を求めているのです。それをきちんと公表して、多くの人々がそれぞれ個人の生きる意味、そして本当の大切なもの、愛するものを、そして必要なもの、必要でないもの、よいもの、わるいもの、を深く自分に問いかけて人間としての気づきを得ること。心眼を開くことで、神・自然・祖先・人の心の調和をなしえて、初めてまことの良き未来・みろくの世を作ることができます。

みろくの世は、一部の能力を持った人間がなしえるものではない。三次元に住むすべての人々が自然の一部として生きる自覚を持ち、それぞれの仕事、生活、価値観すべてが噛み合うこと。そして心の調和と真心の力、そしてひとりひとりが3次元に根を張って、心で4次元(神・祖先の霊の世界)を意識し、3次元と4次元が噛み合って初めて無限の力が働く。そのことをこそ神は望んでいるのです。

以上の意味を踏まえてようやく、今回、公表に至ったわけです。

次に記すのは平成18年1月15日 午8時の祈りのときに降りてきた啓示です。天災、人災のみならず、政治、宗教、教育、文化あらゆる方面を含んでのメッセージとして受け取って頂いても良いと思います。

「悪の根源には悪をもって花を咲かせ
善をもって実となし その実を収穫せよ
収穫した実を龍の国の隅々まで行き渡らせよ
その実が後に種となり、根を張り、やがて芽を吹き
新たな善の樹へと育つだろう」

どうか皆様それぞれに、この意味を考えて頂きたいと思い出す。そしてぜひご意見をお聞かせ下さい。
頂いたご意見を真摯に受け止め、今後の祈りの場で活かしていきたいと思っております。
続けまして、27日、28日の祈りへのご参加頂けますようよろしくお願い申し上げます。

大国みろく大社 比嘉良丸
平成18年1月16日

コメント(32)

まーる様、心から、ありがとうございます。

ワタシ繋がりで、祈りに参加していただいた方達に、お伝えさせていただきたいと思います。

ワタシ個人的に、地殻から感じる事があります。
今まで、祈りをしてきて、どうも、茨城あたりに、何か、燃える呼吸を整えて吐き出す場所があるようにかんじるのですが…。
そういうところが、きっと他にもありそうです。

あくまでも、個人的な感覚です。

ですから、そういう「場」にたいして癒しの祈りをやっていきたいと思います。
(っていうか、祈ってほしいみたいなんです。)

今回の祈り、たくさんの方とシェアできて、ありがたいです。
ありがとうございました。
ありがとうございます。

良丸さんの書いてくださったこと。
よく考えさせていただきます。
まーるさま

まーるさまの、ためらい・・・。
それを上回る、勇気に深く敬意を表したいと思います。
ありがとうございます。

確かに、公表されれば多くの方の不安を募らせることにも
なるでしょう。しかし、その一方で気づきを得る方も多い
のではないでしょうか。

今回、私はできるだけ知り合いの人達に祈りのことを
伝えてまいりました。
皆、家族や周りの人達を想い行動を起こしてくれる姿を
目の当たりにして、まーるさまの公表は深く、意味があった
と感じております。

私も神からの神事を受けております。
「決して、逃げ惑うことなく全てを受け入れ動揺すること
なかれ。全ては自然の原理なりて。」

大神さまより、頂いた言葉は
「談空」という言葉です。
談=生死の区別をしない
空=すべてのものの原理

色々な出来事がおこるであろうが、生死を気にせず受け止め
<何があっても動じず、恐れなく立ち向かう>という気持ち
をもって、しっかり生きていきなさいという意味だそうです。

今、自分にできることをは何か?
をもう一度深く見つめなおし
神の御心に沿った生き方をしていきたいと思います。
良丸さん・・
たくさんの愛と勇気を与えてくださって、本当にありがとうございます
引き続き、祈りの環でみんながひとつになり、祈ってまいりたいと思います

無限なる愛と祝福をこめて
 今回改めて自分の中の死の恐怖と向き合う事ができました。
ありがとうございました。
まーるさま。

声にだして 啓示を 伝えて下さり ありがとうございました。
この トピックを 見ることができて
祈りに 参加できたことを 感謝しています。

裁きでは なくて 地球の 躍動なのですよね

その 自然の かもしだす 大きな躍動が 
大きな 災害に 結び付かないように・・

おだやかに おだやかに 



自然の中に いると 自然が慈しみを持ってくださり そこにある

ありのままに あることを 感じます。


その 恩恵をいただいている わたしたち
自然を 大切にして 地球を 守って行く


不必要な ひとの 命の犠牲も 自然の 崩壊も
おこらないように 
こころから そう 思います。

命を 大切に したい
人の 命も 自然の 命も 

そんな 思いから 祈る 気持ちが おこってきます。

そして 今 海の 浄化も かなり 必要だとも 感じています。
海と山とは 繋がっているからです。
海や水のエネルギーが 火の 炎の エネルギーを なだめる
やさしく やさしく・・・ 


そんな ことを 祈りの 最中に
受け取りました。 


昨日は 海に ありがとうを いいに いきました。
それぞれの 個人の方々の 感覚は あるとおもいますが 

心からの 祈りとは 気付きから
自然に 生まれてくるものだと 思います。


まーるさんの 啓示には そんな 気付きを いただきました。

ありがとうございます。


祈りの時にうけとった ことを 日記に 書いています

http://mixi.jp/view_diary.pl?id=74435672&owner_id=434759


みなさんの 祈りに 

こうして 祈りに 参加できたことに 感謝しています。

ありがとうございます。
良丸さま
今回の勇気あるご決断に感謝します
たしかに賛否両論あるとおもいますが
一人よりは二人、二人よりはみんなです
呼びかけていただいた、私のマイミクのロミさん、ふーちいさん、まさみさん、うさとちゃんに感謝いたしますm(_ _)m
祈りの力は偉大です!
これからも共に祈らせていただきます
良丸さまの今回の啓示もわたしなりに受け止め、考えてみます
ほんとうにありがとうございました
私が理解していることですが。
祈りで地震が回避できたのか、私にはわかりません。
人の想念で自然界が動くのか、それもわかりません。

わかっているのは自然の中に行き、そこで祈るのは自分を見つめることになること。本当に大切なものは何なのか、都会の中で忘れがちですが空や大地、空気、水何一つとってもありがたいものであることを思い出すこと、それが自分の中にもあることを思いだすことでした。

自然界に向かうとなぜ祈るのか、何を求めているのか、その問いかけが自然に心の中で生じます。その中で天災にあった時自分にできることは何かを考え、サバイバル方法も考え始めました。原発のことも私にとっては課題です。まず、知ることからはじめています。
私にとってはそれは宝です。

良丸さんに賛同して祈りの会を何回か催したのは、祈ることで
今生きていること、大切なものは何か、自然災害についてなど一緒に見つめる場を提供したかったからです。
ですから集まった後、必ずシェアの場を設けました。言いっぱなしの聞きっぱなしです。

今回祈りの会を催さず、日常の中で試みたのは祈りを特別なものにとらえたくなかったからです。日常で暮らしていても繋がっている体験をしたかったのかもしれません。

私はまたひらめきとして
「地震は止めることができない。自然界は動いている。子と共にあれ」とたびたびあり、集まってする祈りも良いのですが、自分がどこに向かっているのか知りたくなったのもあります。

また引き続き良丸さんの書いてくださったこと、自分の中で起こっていることも含め、よく考えさせていただきます。
地震は怖いです。

でも、恐怖心を克服して平和な未来を創造する力が
私たちにはあると思っています。

祈ることでその恐怖心すら小さくなってゆく。

祈りが愛を大きくしてくれたからでしょう。

みんなとひとつに
自然とひとつに
神さまとひとつに

これからも続けていきます。^^

この場でたくさん考えて、学びました。

良丸さん、皆さんありがとう♪
まーるさん、その他、啓示を受けた皆様、

素朴な疑問です。

私は心の叫びのようなものを聞いたことはありますが、長い文章を聞いたことはありません。

皆様が啓示として書き込んでいる文章は長く、どうやってその文章を受け取り、覚えていることができるのか不思議でなりません。

特にまーるさんが受けたとおっしゃる
「悪の根源には悪をもって花を咲かせ
善をもって実となし その実を収穫せよ
収穫した実を龍の国の隅々まで行き渡らせよ
その実が後に種となり、根を張り、やがて芽を吹き
新たな善の樹へと育つだろう」
という文章は、読んでもすぐには理解できないため、
聞いただけですべて覚えているのは難しいです。

本当に素朴な疑問であり、決して喧嘩を売っているのでも全否定しているのでもありません。

気を悪くせずに教えていただければ幸いです。
よろしくお願いいたします。
皆様ありがとうございます。
Bunkaさん、疑問にお答えいたします。
私の場合、ときとして啓示は、初めて降りたときから心の中で何度も問いかけ直し、また、神にも何度も問い直してやっとまとまることが少なくありません。
今回の場合も、すぐには理解できない難しい内容であり、私自身も、一度ですべてを覚えたわけではありませんでした。
また、ときとしてはっきりとした言葉や強い感覚を持って降りてくることもあります。
啓示の受け取り方は、何パターンかあります。
すぐに理解できる、あるいは言葉に出来る場合もあれば、数日、数週間、数カ月かかるときもあります。
啓示としてはっきり認識したときには、自分の腑に落ちたときであり、皆様にもその内容を信念と意志をもって伝えることができ、また啓示をもとに揺るがぬ信念と意志を持って神事を行うことができるのです。
お答えになっていれば幸いです。
個人のたわ言だと受け取ってもらえればと思います

去年の9月11日ちょうど水に対する祈りの日に思ったことがあります

朽ちること、腐っていくこと
それは時の行い
すべては土に還ろうとする
人間もそうかもしれない
どこか腐っていて、それが土台になって新しいものを形成するのかもしれない

所々朽ちかけていて
辛くて、苦しくて、やっとのところで自分を保っていて
時の流れが、それを土に還したとき
その悪しき土台に根付いた種があるとしたら
悪なる心が形成されるかもしれない
そういう人が人を殺めたりするのかもしれない


このとき私は人を殺すということについて考えていました
その奥にあるものを
そのとき取ったメモをそのまま転写したので、わかりづらいかとは思います。
すいません。
ですが、このトピを見たときその逆もあるのだと思いました。

純粋に自然に対して
共存の大きさに対して
感謝し祈りたいと思います。
まーるさま。
啓示を教えて頂き、ありがとうございます。

「悪の根源には悪をもって花を咲かせ
善をもって実となし その実を収穫せよ
収穫した実を龍の国の隅々まで行き渡らせよ
その実が後に種となり、根を張り、やがて芽を吹き
新たな善の樹へと育つだろう」

んーーって、うなってしまいました。
清濁合い飲むとか、闇の世界にも光の世界にも強いとか・・そういう言葉が、あたまを過ぎりました。
すべての世界を懐に入れて・・
”悪の根源には悪をもって花を咲かせ”
そして、
”善をもって実となす”
のですね。
もし、それを成すには、わたしは、まだまだ、度量も胆力も技量も足りないなぁ・・
でも、これにこんなに反応するのは、わたしの中に、闇を見るつよさを持てっていう声がしているのかも知れませんね。 
「悪の根源には悪をもって花を咲かせ」

ここのところの意味を考えていて
昨年読んだ「天井のシンフォニー」という本のことが浮かび
その内容をヒントにしました。

もともとは善も悪もないのでしょうが

悪のように見えるものにも意味があり、流れの中での大切な要素である。
それがあることでより調和のとれた世の中になっていく。

言い換えれば
起こることは必然ですから大切にしなさいよ
その悪のように見えるものから学びなさいよ

と言われているように思いました。
色々ありましたが、全ては学びの機会ですね。

啓示を読まれたほとんどの方は感謝されたと思いますよ。
祈りの広がりも大きかったと思いますし。

「悪の根源には悪をもって花を咲かせ
善をもって実となし その実を収穫せよ
収穫した実を龍の国の隅々まで行き渡らせよ
その実が後に種となり、根を張り、やがて芽を吹き
新たな善の樹へと育つだろう」

かってな解釈〜

心理学で習っていることでは、
21世紀は隠そうとすることがどんどん明るみに出てしまう時代。

悪しきことが悪の花として皆の目に触れたとき、
受け取った私達一人一人がそこから何を学ぶか。
自分の心の鏡としてそれを受け取り、
自分の心を癒し、愛や感謝に変換したとき、それが善の実となる。
その実を日本中に広げて行き、
更には世界に広げてゆく。
新しい世界を作って行くこと。

んな感じに解釈してみましたです。
まーるさん
メッセージ伝えてくださって、本当にありがとうございました。

何事もなかったかのような 15日の朝から、私の中で大きな変化がおきています。

感謝の気持ちが、深くなったのです。
朝日を見ても、ただ平和に昇る光に感謝。
穏やかで、何もおきていないのどかな景色を見るだけで感謝。
コミュのなかで、議論ができていることにも平和だなぁと感謝。
とにかく 全てに感謝できるのです。

大切な家族が 目の前で苦しみ、明日の命もわからない状態。みんなの祈りが届き、そして奇跡がおきて救われた・・・そんな気持ちに似ています。

今回は 自分の事として、本気で、心から祈りました。
だからなのかもしれません。

祈りで変わるのか変わらないのかは 見えないので、わかりません。
しかし、私のできることは たとえバカだと思われても、一人でも多くの人に伝える事。そして、心から祈る事しかできなかったのです。

だからこそ なにも変化のない毎日でさえ、どれほど見えないものに支えられているかを感じ、感謝できるのだと思います。

引き続き祈り続けますね。
みんなの祈りも感じながら・・・全てに感謝して。
>Bunkaさん
私の場合、啓示のパターンが幾つかあります。
メモは取りません。早すぎて追いつけないので。

ビジョンだけでくるもの(これも何パターンかあり、急に眠くなってビジョンがくるもの、はっきりとしている状態でスライドのように来るもの、無声映画のようにくるものがあります)
はっきりとした感覚や言葉でくるもの(ひらめきのようにくるもの)
心の中の対話のようにくるもの
それらのミックスでくるもの

いずれもそれが来た時に発生源はどこなのか、自分に問いかけ
、発生源に問いかけ、人に伝える時に違和感がないか(違和感があるときは伝えてはいけない時である場合が多いです)確認してから人に伝えます。
ですが自分が何かにこだわっていたり、バランスを欠いていたりするとその感度が鈍ります。
ですから、祈りや瞑想、体操(山歩きが体操のときもあります。)が欠かせず、食事にも気を使います。

瞬時にわかる時もあれば数日、数ヶ月、時には何年もかかる時があります。
こうしてmixiやブログに書くことで、はっきりとわかる時もあり、そのときに始めて言葉になります。

答えになっていますか?
何かの参考になれば幸いです。
「悪の根源には、、」

色んな解釈ができると思いますが、自分流にわかりやすくシンプルに
例えるなら

たとえば 心

恐れ、怒り、悲しみなどネガティブな感情、こそ、蓋をしないで見つめ

解放する事(花を咲かせる)ができたなら

それはその人の人生にとってかけがえのない宝(実)になる。

その人がそこに存在するだけで周りの人たちに勇気と希望を与え

たくさんの人に伝わっていくでしょう。


たとえば体


病気になったからといって、押さえる薬を飲むよりは

熱を出して菌を殺しその体が浄化されていく事に感謝できる

そしてなぜ病気になったのかをよく考えてみて予防できるようになる

やがて健康な体になり、龍の国(肉体)にきれいな血液がゆきわたる

(かなり短絡的ですが)



たとえば神事

闇の存在と呼ばれ、忌み嫌われている神を恐れず、光に変えてゆく

その光は真の闇からこそ生まれる真の光

いつまでも消える事なくこの世の暗闇を照らすだろう

そのときこそ龍のくに、日本が目覚める


・・・さてどうやって光に変えてゆく事ができるのか、、、?

これが大変な神行なのかもしれないですね。


わたしは神事の事はよくわかりません。

日本中の聖地に赴いて祈りを捧げる事もそのひとつだと思います。

まずできる事から、、、。
私は日常の生活の中で、心を見つめて自分の中の闇と向き合う事から始めようと思ってます。 

自分の中の神を目覚めさせる事、それも神行のひとつだと受けとめてます。

嫌な出来事があるたび、そこから何かを学んで喜びに変えていきます!

その為にも祈りは必要だと思ってます。
チュプカ様、風架(かじか)様、まーる様

私は非科学的な世界にも興味があり、否定もしない一方、突き詰められるところまで科学的に突き詰めたい性分です。
例えば啓示のようなものが純粋に自然からやってくるものなのか、それとも個人の潜在意識(自分では認識していない脳の領域)から来るものなのか。。。といったことです。
(個人の潜在意識は自然や他の人々の潜在意識と結びついているという考え方もありますので、その場合はどちらとも言えないですが。。。)

こういった疑問にはっきりと答えが出ることはないと思いますが、ひとつの疑問が解消されました。

皆様には、気を悪くされずにお答え頂きましてありがとうございました。

まーる様、お体に気をつけてお過ごしください。
Silent Roots様、

見逃していました。すみません。

ありがとうございました。
まーるさま
ありがとうございます。
読んでいて、胸が熱くなりました。

「真実を生きる」ということは、なかなか周囲の理解を得にくいものです。起きてる出来事は複雑で、そのしくみを、一般には理解されがたく、むしろとんでもない誤解を受けることもありますね。
 心をこめて、自分の「道」を歩む中に、真の調和と繋がり、喜びが生まれる世の中になってゆけるように、誤解を怖れず、ありのままを語る「輪」を、わたしは作っていきたいです。

「祈り」のことを、わたしもミクシィーのリンクしている友人の日記で知り、わたしの日記にも転載させていただきました。

そして、祈りの中で感じたこと。
地震や天災の危機を感じて、祈ってる わたしや友人たちの胸の中に意識化されているのは、「怖れ」ではない。
 自分たちの日常に与えられている平和の中にある、たくさんのチャンス、自分たちを「日常」の中で進化させてゆけることへの希望と感謝。

とっても豊かでパワフルな「祈りの輪」を、与えてくださってありがとうございます。

引き続き祈らせていただきます。
良丸さまのご決意に感謝致しまする、ぺこり。
神業は神とともに祈る=意乗る行。神のように
粛々と静かな様で光そのものとしてのお働きです。
分け御霊としての人間が出来るだけ多くの人とともに
心を一つに合わさる姿が光の創造の証しかとも存知ます。
良丸さまのお考えはそのまま神の意志の顕われと感じます。

悪の根源・・・のメッセージに付いては、以下の言葉が答え
の一部と感じましたので御紹介させて頂きます。

新訳聖書ヨハネ伝の中の一説です。

律法学者とパリサイ人が姦淫の罪で捕らえられた女を連れて来て
イエスに問うた。「モーゼの律法では、このような女は石で
撃ち殺せと命じているが、お前ならどうするか」イエスは身を
かがめて地面にものを書いていた。彼らが問い続けるので、イエスは「あなた方の中で罪の無い者が最初にこの女に石を投げつけるがよい」と答えられた。すると、年寄りから順に一人一人ずつ出て行き、イエスだけが一人残された。イエスは女に「わたしもあなたを罰しない。今後は罪を犯さないように」と言われた。

昨日の国会証人喚問を見ていて、議場から退出して行くであろう
国会議員の姿を想像してしまいました。2000年経た今でも、同じような真理が響いて参ります。今後も世の中の膿は明かされて行くことでしょうが、学ばなければならないのは一人一人の中の心の反省
かと、感じた次第です。外に顕われる反面教師を内に反映させる。
その心の機会が無数に出て来ることとなるのを感じております。
比嘉良丸と申します。私の啓示に、多くの意見や考えを頂きまして、誠にありがとうございました。1月29日{旧暦1月1日戌年}から新たな神事を始めるにあたって、わたしの。捉え方と皆様の意見や考え方をてらし合わせた上で、神事を行って行ききたいと思います。29日までまだ日にちがあります。意見、考えを、お聞かせ頂けたら有難いです。
はじめまして。

ある掲示板からお知らせを見まして、立ちよらさせていただきました。地震についていろいろ考える機会を頂きました。ありがとうございます。以下は考えてる末に出てきたものです。よかったらお受け取りくださいませ。



確かに多くの人に早く気がついて欲しいというのはある。

あなた方はどこの上に立っていて、何によって、そこにいるのか。

あなたた方の周囲何メートルだけで生活しているのではないということをもっと考えてほしい。

確かに、大雪が降ったり、相次ぐ異常気象をどう思っているのだろうか

昨今キャスターの口からでさえ、なにかがおかしいと語られているではないか?

あなたがたの気づきはどこにあるのかえ?


地震が起こるということ、あるいは、そのビジョンは、何を伝えようとしているのか、また何を願ってのことなのだろうか? 親神の願いとは、すなわち、ほんとうは「しん」のわたしたち本心からの願いのことでもある。

あなたがたは、どこにいてあなた方はなにをしているのか、また何を選ぶのか?何のための道のなのか、いったいどこへ行くつもりなのか?と問いかけている。


悪の花?悪の花とは今の世の中のことでないか?

今の世の中から何を学んだのだ?そしてどこへ行こうとしているのか?あなた方の実と種は元の親土に還ることを願い望んでいる。 あなた方自身の本当のひかりのタネを待ち望んでいる。 

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