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マルセル・デュシャンコミュの働くよりも呼吸していたい

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はじめまして、デュシャンに喰らった者です、このダイアローグ本の上記見出しのこの箇所うなりました、同好の皆様如何でしょうか?デュシャン奥深いです

コメント(21)

うわー。

なつかしーですね。
まだ家の本棚にあると思います。

20代前半はこの本を何度も読み返しました。
art巨匠たち苦節何十年の努力家多ですがデュシャンは時としてチェス享楽の無為人、えらそうな言無、平明で凡人の如きスタイル、20世紀artの革命児故によけい凄さ感じます、「働くよりも呼吸していたい」ハードワーカー日本人には目から鱗ですよね
ps:誰かがフランス人と中国人は似てると言、ほう面白い見方だなと
働くよりも・・・ブルッと来ますね。いただいた言葉を磨きたくたります。
僕の本棚にもあります。
晦渋権威評論家よりデュシャンは判りやすい言葉であんな凄い言シンプルに云ってくれるんですね、便器さかさまにしただけだけど作者だけに説得力あります、役者じゃなく演出家ですよね
はじめまして。私は空間系デザイナーですが、コンセプチュアルアートに前前からヒントをもらっていました。

ダイアローグ本の内容にはなるほどです。観る人ありきで作品です。
これは芸術家だけでなくデザインの世界でも度々起こる事です。
我々は例えば建築の現場などで素晴らしいコンセプトを持った無名の職人仕事、あるいは全くの素人の造形に後ろから頭を殴られたときのような衝撃を受けます。ゆえに、
我々の業界はとても恐ろしい世界で、例えば、建築家と呼ばれる人たちはその作品の優劣や社会貢献度に関わらず、フェバリットであるだけで、良作と判断されがちな事です。
そうして業界の腐敗がすすみ極端には町がガラクタだらけになってしまう、地球規模の環境破壊にもなってしまうわけで。
衝撃と言うのは芸術の世界でプライベートに感銘うけるものと、
風景の一部になるものとありえるでしょうけども、風景に関わる事で利己的な表現をやってしまう無責任感じます。
どうように、行政がやる事は正しいのではないか?とおもわれている。(最近は変わってきましたが。)そしてコンクリートの護岸工事が道路工事が自動的におこなわれるのです。これはある意味モダンアート、クリストもぶっ飛ぶ残酷な腐敗アートを国民あげてやってると。それは醜悪なのに安堵を感じるのです。
デュシャンの泉をだいぶ前に京都で見たとき、
便器を泉と表現しているのは、図星とおもいました。
事実、環境的に観ると、便器と泉は同じベクトルにあるからです。
しかし、便器は汚いと思われ泉は綺麗と思われている。
これは恐ろしい観点です。表層しかみてませんから。
便器は例えば都市護岸の水底より衛生的でしょう。
海は綺麗なものであるという先入観があるからで、実は便器を通して流れ出したものは本来自然の源である海をそして、蒸発して雨となって貯まる泉を便器と同じ程度に汚している。じゃあ、新品の便器と泉がどっちが綺麗かというと、下手をすると、便器のほうがきれいなんでないか?という想像をするのです。
泉という作品は、一見こけおどしにみえますけども、
これは社会の根底をえぐっているのでないか?とおもいました。
そういう意味では便器と言う対象はは観る人の鏡になるかもしれない。不可思議なものが台の上に上がると、なんで?と意味をさぐることになるでしょう。私のように、勝手に背景を論理づけたり。
作品を見る人が自由に背景を論理づけたくなる、その辺がartを逆手にとったデュシャンのねらったのでしょうね、ただ忘れてはいけないのはデュシャンがやった事はあくまでも言葉では表現できない故の視覚表現であり造形(便器は造らなかったけどその選定にはこだわったふしがあります)と云う事です、3才児の絵にどんな説明も当らないようにここが他ジャンルの文学や音楽や演劇等と決定的に異なります、制作する者にとってはちょっとした線の角度や配色の方が気になります、他の巨匠同様その勉強はきっちりしていたと思われます、
ps:あるartist系呑席で大ガラスの図を中国の道教の人体内図と重ね合せデュシャン研究する人あり、確かにその二つは酷似、議論していたら哲学の域になり、デュシャンとアインシュタインは似てる辺でお開きになりました
仏は、働く事を徳とするハードワーカー日本とはちょっと違うみたいですね、仏体験者の方その辺り如何でしょうか?教えてください。
通常、呼吸は意識してしませんよ、呼吸器に異常があったり何らかの呼吸法の行をする以外は。また働くことも意識しすぎると滞りますね鬱になったり、、
両方を対象化しているとこが面白いです。

庶民でさえバカンスのために11ヶ月働く国民性ですから、幼少時に向こうで刷り込まれると確かに日本ではつらいです。
拾得さんご回答ありがとうございます。
仏、チップをあげないと動いてくれないとかすぐストするとか聞いたことあります。死んでも働くために生まれてきた日本人と人生を楽しむのが目的の仏人、トレビアンです
労働と仕事の違いについて考えさせられます。
質問者の最後の弁(1966年時点)「お元気でいらっしゃいますか?」
デュシャン「大変元気です。健康はまったく悪くありません。2、3回、手術を受けたことがありますが、前立腺などの、この歳ではあたりまえの素術です。79歳の全ての人を襲う身体の不調を経験しただけなのですよ、私はとても幸せです。」

デュシャンはこの2年後1968に亡くなる。
呼吸するように、はたらけて、それでだれかのためになり、適度なお金をいただけたら、いいと、ねがう、それだけなのに。それだけなのに。ねドル袋
デュシャンのほこりの飼育がすきです

ひびのはいったおお硝子とおんなしくらいハート
食べるための仕事より自分の仕事を優先したかったのかな
求められる、ニーズに合う行う行為 『働く』=『ショックを与える』

自発、本能、自慰的行為 『呼吸』=『アフリカのどまんなかの天才』

その相反するもの感じ葛藤したんだろなぁ。

だから『働くよりも呼吸していたい』と希望、意思、願望的形なんだろなぁ。

デュシャンは『アフリカの天才』や『ディオゲネス』みたいには
なりえないことを知ってて、人間社会にいる儚さを作品にしてるんだと
感じる言葉ですね。
労働を美徳とする美しい国日本、皆で汗流し助け合う和の知恵を持っていた日本、経済優先で過労死までして働いた結果が自然破壊。
人類が最初にやった仕事は食べるための狩猟で貯蓄できないため自然に糧を分け与えあう。この頃の墓からはきれいな形の骨が出土する。進化し、耕作が始まると財産の所有になり、それをめぐる争いが起きる。この頃の墓からは矢の刺さった頭蓋骨が多く発見される。
人類誕生の地はアフリカと云われているが、デュシャンの云う『アフリカのどまんなかの天才』とは前者なのかと。

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