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那須さんですコミュの那須姓の始まり

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ぱせりんです。

今日は「那須姓の始まり」についてまとめてみました。


まず、那須姓を知るには須藤姓の存在を知る必要があります。

と言うのも、須藤から那須に変化したからです。

では、「須藤」姓はどのようにして出来たのかと言うと
那須地方の藤原氏ということで「須藤」と名乗るようになったのです。

同様に佐藤、伊藤、江藤、近藤・・・などの「○藤」という姓は
○○地方の藤原氏という意味でそれぞれ名づけられました。

本題に入る前に、先ず藤原氏からおさらいをしましょう。

わが一族は藤原氏の中の藤原北家(ふじわらほっけ)の長家流れです。

初代の須藤家当主は須藤貞信(すどうさだのぶ)ですが、
元は藤原資家(ふじわらのすけいえ)という名でした。

資家の父は藤原道家(ふじわらのみちいえ)

その父は、六男:藤原長家(ふじわらのながいえ)(1005-1064)

その父が、藤原道長(ふじわらのみちなが)です。日本史で習った人ですね。


須藤家第六代の宗資(むねすけ)までは、全国の那須さん達、我々の共通のルーツとなります。

須藤家は六代まで続きました。

初代の須藤家当主は藤原資家(すけいえ)→改名→須藤貞信(さだのぶ)
二代:須藤資通(すけみち)
三代:須藤資満(すけみつ)
四代:須藤資清(すけきよ)
五代:須藤資房(すけふさ)
六代:須藤宗資(むねすけ)と続きました。

那須氏の祖として、藤原資家が須藤を名乗ることとなったきっかけは
大まかに次のとおりです。

資家は奥州白川郡八溝山の賊を討ち取った功績により、下野国那須郡を賜りました。
ここで領主として土着し、名を須藤権守貞信(すどうごんのかみさだのぶ)と称するようになり、今の那須郡那珂川町に神田城を築城したのだそうです。

詳細を知りたい人はウィキペディアで「那須氏」や「那須記」から入ると、
楽しい内容が盛り沢山ですよ。

それでは、今日はここまでにしておきましょう。





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