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那須さんですコミュのルーツがこんな近くにあったとは・・・

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皆さんこんにちは
管理人のぱせりんです。

栃木県に移住して13ヶ月が経ちました。

農作業に熱中しすぎて、あまり出かける事がなかったのですが、先日、車で家から15分位の那須郡那珂川町を走っていたところ、「那須与一生誕の地」という看板がありました。

那須与一は「大田原市出身」だと思い込んでいたので「何でこんなところに那須与一関連があるんだろ?」と思いつつ通過してしまいました。

しかし気になり、先週行ってみました。

神田城跡という遺跡がありました。石垣などは無く、周りの土地よりも5メートルほど高く盛り上がったサッカーコート4面続きという感じの土地でした。

今は田んぼとして使用されている様子ですが、遺跡として指定されているとのこと。
まさにこの地が「那須姓」発祥の地だったのです。

那須記によると、那須氏の先祖の藤原氏から継続してこの那須地方に4つの城を持っていたらしいですね。

ウィキペディアで調べてみると、今まで知らなかった「那須氏」のことがどんどん分かってきました。

○全国の那須姓は那須与一の時代に分かれ始めたらしいこと。
○那須姓の前身は須藤姓、その前は藤原氏で藤原道長に遡ること。
○那須与一は11男であり、末っ子だった。従って与一の弟とされる椎葉村の那須
 大八郎宗久は一体誰????すなわち、九州出身の自分は何?という疑問。
○那須家の後には上那須家と下那須家に分割され、その後統一那須家になったこと。

那須家のルーツの間近に住んでいるのも何かの縁と考え、
今後も那須氏の詳細をまとめ、時系列と項目別に少しずつ紹介したいと考えています。

調べを進めると面白い事に、我が家から車で30秒ほどのところに「古戦場跡」があります。(これまでは普通に通り過ぎていましたが)この「古戦場」は「那須氏」が「宇都宮氏」と合戦をして勝利した場所だということが分かってきました。
「えっ、すぐ、隣?」・・・・・驚きでした。

写真は神田城址

コメント(7)

ばせりん さん 管理人ご苦労様です 感謝感謝ですほっとした顔
上のルーツの話し とても勉強になりました 忙しいのに ありがとうございます 五百年とか千年前のコト話せるなんて 本当に御先祖様に 感謝ですね あとミクシーにも 時間があれば 自分も 栃木県 行ってみたいです 千年前の親戚かも知れない ばせりん さんにも会ってみたいですねわーい(嬉しい顔)わーい(嬉しい顔)
しょうさん

ぱせりんです。
コメントありがとうございます。

私も栃木県民になってそろそろ14ヶ月ですが、やはり那須姓にとってルーツの地である那須地方はいろんな意味で、身近に感じる土地だと思います。

那須姓の始まりについてのトピックをアップしましたが、今、日本中の全員の那須さんの共通のご先祖様についても記入していますので、そちらも読んでいただけると嬉しいです。

また、那須ファミリーの那須ツアーなど楽しそうですよね。

これからも那須に関する事を沢山アップしたいと考えていますので、宜しくお願いしますね。
たいへん勉強になりましたルーツの話し 生誕の地の話し 一つ提案がありますダジャレなんですが

7月2日!! な・つ〜・ で那須の日にしちゃいませんか?
7月2日は那須の日に決定!

ついでに明日も4月1日の与一で那須の日決定!!

他にも那須の日候補、あったら勝手に決定しましょ。
決定ありがとうございますと言うコトで 7月2日 那須の日に 仕事 休んで那須に行きます


あっ 今日 ちょうど4月1日で 与一 の日ですね

タイムリーヒットですわーい(嬉しい顔)
コンビニで働いてるんですが
客のおばちゃんに那須与一のご子孫かしら?
と聞かれました。

オヤジは椎葉生まれなんで
昔オヤジに、あの村の人間は皆与一や大八朗宗久と同じ血を引いてるの?
と質問したことがあります
ですが期待と裏腹に、名前をもらっただけだろーと言っていました。
気になって調べたことがあるんですが
大八郎宗久は椎葉に女の子を残したとありました。
そしてその女の子自身か女の子の婿、どっちかは分からないんですが
那須を名乗らせたそうです。
自分的にはルーツはここなのかなあって思ってたりもします。

本当のところどうなんでしょうね?珍しい名前だけに気になります。
ナスビさん

ぱせりんです。

書き込み有り難うございます。

九州の那須姓について、頑張って調べている最中ですが、椎葉村の「那須姓」の発祥はなかなか難しいところです。

と言うのも、那須大八郎自体が一体誰なのか分からないのです。

九州で語られている説では、「那須大八郎が椎葉で鶴富姫と恋に落ち、女の子が生まれ、その子が那須姓を名乗った。」となっています。

ところが、須藤姓から那須姓へと繫がるところの家計図では、与一は十一男で末っ子なんです。

末っ子の下に弟がいる?????
不思議です。

しかも、与一の兄弟十一人の内、源氏側に従軍したのは十男の「為隆」と十一男「与一(宗隆)」の二人だけで、他の九人の兄弟は平氏側だったのです。

ある説によると、大八郎だけに兄、八郎「義隆」が「大八郎」と名乗ったのではないか?とも言われています。

いずれにせよ、与一の次男「宗昌」の次男「忠宗」が、のちに、椎葉山総領職として、椎葉に赴任して、九州の那須姓の祖となったと言われており、大八郎からの那須姓ではなく、忠宗から広がったと考えれば、「与一」からの流れの「九州の那須姓」との考え方のほうが、なんとなく近いのかな?と、考えてしまいます。

ただ、はっきりした根拠がないというのが今のところです。・・・

そこで、椎葉村の那須さん達にご協力をいただければ、

椎葉村の那須さんの中には「家計図」が残っているらしいので、見ることが出来れば、是非、詳しい話を教えていただきたいと思うところです。

与一の時代から20〜30年後位が判れば、かなり核心に近づくことができるような気がしています。

と、言うような訳で、那須のルーツに迫ろうとしていますが、なかなか進んでいないのが現状です。


参考までに、与一の兄弟達とその子孫が那須姓を継がずに新しい姓を名乗りだしていますので、それらの姓を記しておきます。これらの姓の元は「那須」ですので兄弟みたいなものでしょうね。

森田、佐久山、芋淵、簗瀬、福原、滝田、沢田、堅田、興野、稗田、千本、伊王野、荏原、味岡、古坂、稲沢、河田、沢村、矢田、道祖土、金丸、小滝、南条、山田、上川井、池沢、芦野、木須、田中・・・・その他です。












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