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うえのはるきのほめぱげコミュの第3部 破

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 哲さんの勧めで、僕は南紀寺町にアパートを借り、そこで個人事務所を開きました。アムウェイで怒涛の様に頑張るには、哲さんの言葉にもあったようにすべてのアムウェイ製品を揃え、すべてのアムウェイ製品を再度認識し、すべてのアムウェイ製品を在庫を持ち、すべての人にすぐにアムウェイ製品を提供できるようにしなければなりません。
 でも、流石にお金がないので「それは無理」と言ったら、哲さんは、「小さな金にこだわっとったらな、小さい金しか入ってきーひいんねん。」と否定されてしまいました。そして哲さんは
「COMSに借りたらエエねん」と言いい何かよくわからない書類を持ち出し先日作った判子を僕から奪い、ポンとハンコを押したのです。

 一週間後、哲さんはさらに5人の新規メンバーを引き連れ、「彼らも春樹の下やで。あとこれ、金な。5人みんないきなりSPデビューやで!!」と言って、100万円を僕に手渡してくれました。哲さんのアムウェイパワーはすごすぎるのです。僕はアムウェイのディストリビューター登録をして、1年が過ぎたのですが、いまだに自分の力でアムウェイの素晴らしさを伝えきった事はないのです。それなのに、僕のダウンは8人に。すべて哲さんが開拓してくれました。
 哲さんは僕の為にこんなに頑張ってくれています。哲さんの言う事に間違いなどないはずです。
でも、借金をしてしまったことは本当に正しい事なのでしょうか?

 僕はこの100万円を元手に、哲さんのマンションから独立し、南紀寺でアムウェイに頑張る事にしたのです。

コメント(10)

祝電



個人事務所といっても、哲さんの指導の通りにアムウェイ製品を3セット揃えた在庫倉庫みたいなものなのですが、アムウェイビジネスで成功するには絶対必要な事なのです。
もし、新しいアムウェイファンを獲得した時に、「じゃぁこれから注文するのでお届けは1週間後になります!」じゃぁ、すぐに逃げられてしまいます。哲さんの講演にもあったように、すぐに実行できるようにするには、在庫を持つことが大切なのです。

そういえば、松村先輩のアパートに置いてきた、大切なアムウェイ鍋3セットはどうなったのでしょうか?あれだけで30万円以上したのです!!心配になった僕は松村先輩の動向を確認するために、信吾さんに電話してみました。

「あ、、、信吾さん、おひさぶりなんです」
「は、春樹?今、なにしちょん?心配しちょったんよ」
「ご、ごめんなさい!火事で、家が燃えたけー、おるばしょが無くなったんっちゃ。ほんじゃけー、いま、哲さんところにおるんっちゃ。ところで、松村先輩なんじゃけど、、、」

そこまで話をしたところで、電話が切れてしまいました。

3日後、哲さんのマンションに、僕宛の祝電が何十通も届きました。
中身は「母の死」と「焼け落ちたアパート」を祝福する内容でした。

兄からの電話



「春樹、春樹か?俺だ。重だ。兄ちゃんだ」
兄からの突然の電話があったのは、八月の中頃の事でした。
「すまんな。春樹よ。兄ちゃんな、しばらく外国に行っててな。釜山でおばさんに会ってな。」

僕は祝電が届いてから1ヵ月もの間、すべてを信じられなくなってしまい、家に籠りっきりでした。その間、哲さんは何度も僕を心配してアムウェイ鍋パーティーの残り物を玄関先においていってくれたので食べ物には困らなかったのですが、そんな哲さんにも祝電で迷惑をかけてしまったから、なかなか顔を合わせて話が出来なかったのです。

兄は一方的に、ヘッジファンドがどうとか、バーツやリンギットが暴落する、ウォンも信用出来ないと難しい話をしていましたが、僕の反応に気付いたのか、知っていたのか、いきなり切り出してきたのです。

「春樹、お前、隠し事してるだろ?オモニの事、何で言わないんだ?」
「に、兄ちゃん、で、電話したんよ。じゃけど、兄ちゃん、おらんかったけー」
そこまで言って僕は溢れる涙を止めることが出来なくなりました。

「お、お母さん死んで、うぐっ、い、家が焼けて、うぐっ、遺灰も、、」

もう、そこからは我慢してきた感情が爆発しました。泣きながら、母が死んだ事、葬式は母が望まないかたちで進められた事、松村先輩の事、そして、アパートが焼けた事、大量の祝電が届いた事。証拠なんて何もない。だけど、僕が松村先輩を疑っている事実。僕は号泣しながら告白しました。

「わかった、春樹。心配するな、なんとかしてやる。それからな、春樹。お前、まだねずみ講やってんじゃないだろうな?サラ金とか手出してないよな?今度な、新しい仕事始めるから困ったら上京してこい。な? あとは任せろ」

「うん、大丈夫じゃけー。」

兄は据わった声で「あとは任せろ」と言いました。僕はその一言に大変怖いなにかを感じてしまい、つい、嘘をついてしました。


松村先輩が行方不明になったのは、それから1週間後の事でした。

哲さんの帰省


兄からの連絡があった後、僕は哲さんのマンションに行きました。哲さんは何も詮索せずに「ちゃんと栄養バランスは考えてな、トリプルXだけは欠かしたらあかんで」と言ってくれました。哲さんはどんな時もアムウェイスピリットを忘れない人なのです。素晴らしいです。

そんな哲さんはお盆ということもあり、僕に「ちょっとな実家に帰んねん。春樹も暇なら一緒にくるか?」と誘ってくれました。哲さんは関西弁ですがたしか愛媛県の出身のはずです。愛媛なら防予汽船で山口も近いので兄のあの一言も気になりますし哲さんと一緒に愛媛に行く事にしました。

そうときまればすぐに哲さんはBMW325iのエンジンをかけ、トランクにはアムウェイ製品を大量に積み込み、第二阪奈道路に向かいました。車は2時間程度で明石までたどり着き、そこからフェリーに乗り、淡路島に渡りました。哲さんは上機嫌に「途中でな、ちょっと高松寄んねん。妹の美沙迎えにいくねんで」と言いました。そういえば哲さんには僕と同い年の妹がいたはずです。
淡路島からは陸路で鳴門大橋を渡り、その日の夕方には高松に着きました。妹の美沙さんは高松のうどん屋でバイトをしながらアムウェイビジネスに頑張っているそうです。連続SPを達成し、DDも視野に入っているらしく、哲さん曰く「アムウェイセンスは俺以上」らしいです。凄いです。

哲さんから以前聞いたことがあるのですが、哲さんの実家は愛媛県の小さな漁村でミカン畑を経営する土地持ちのようです。お祖母さんがご健在らしいのですがちょっとボケが入ってきて家族一同困っているらしいです。

哲さんは国道11号線沿いにある中央公園の前で停車し携帯電話で妹の美沙さんを呼び出しました。哲さんの妹は城東町で深夜まで仕事があるらしく、夜は高松シティホテルで一泊し、明日の朝合流して愛媛に行く事になりました。
伊方町に向けて

次の日の朝、ホテルのエントランスに哲さんの妹が待っていました。ポリポリとアムウェイサプリを食べながらイライラした様子で、「ちょっと、遅いじゃん、兄貴」と不機嫌そうな美沙さん。僕の顔を見るなり「あ、はじめまして。美沙です。」と言い、アムウェイロゴ入りの名刺をくれました。そういえば僕は名刺すら持っていません。

美沙さんはきれいな標準語で僕に話しかけてきました。ついつい僕は陽子さんの頃を思い出しました。美沙さんは地元の商業高校を卒業後、東京でOL生活をしていたのですが哲さんがアムウェイビジネスをはじめた後、美沙さんもアムウェイビジネスを開始し、しばらくして実家に戻ったのですが新天地を目指して高松に移り住んだそうです。美沙さんはアムウェイ化粧品でばっちりとメイクを決めていましたがどことなく哲さんの面影があり、僕は顔を直視できませんでした。

僕は後ろの座席に座り、美沙さんは助手席に乗りました。とりあえず国道11号線で松山まで向かう事にしました。哲さんと美沙さんは何か深刻な話をしています。詳しくは聞けていないのですが、「ばーちゃんがボケた。もうだめだ」「地権が問題」「両親がダラシナイ」ということらしいです。今回の帰省はそういったごたごたを含めていろいろ大変そうなのです。哲さんは
「せっかく来てもらったんやけどな、悪いけど、ごたごたしてんねん」
と言ってます。僕も気分転換に愛媛についてきた意味もあるので「気にしなくていいですよ」とは言いましたがやっぱり気になります。でも、家族のない僕にはちょっとうらやましい話です。

車は松山につきましたが、そこから伊方町まで車であと3時間かかるそうです。哲さんは松山の隣町と言ってましたが哲さんの実家は佐田岬半島の原発の近くという、とんでもなく遠いところにあったのです。結局、哲さんの実家についたのは、その日の3時頃になりました。

そこで僕は、驚愕の哲さん一家の事実を知ったのです。

哲さんの実家は堂堂山のふもとにあるミカン畑の中にありました。
哲さんと美沙さんは、BMW325iから大量のアムウェイ製品を家の中に運び込んでいます。両親は外出のようです。哲さんはミカン畑を見るなり溜息をつきながらいいました。
「かなわんなぁ、ミカン畑、ボロボロやないけ。ばーちゃんボケたってホンマみたいやな」
 さっきから僕も気になってたのですが、瀬戸内を臨むミカン畑が草ボーボーで、もはやミカン畑とは言えない状況でした。これは哲さんの実家のミカン畑に限らず、周辺一帯のミカン畑がみんな荒れはてているように感じました。
 「おにぃ。いいから運びなよ」と美沙さんは関心なさそうにせっせとアムウェイ製品を家に運び込みます。
その時でした、哲さんの背後に老女が一人、手に出刃包丁を持ってこっちにやってきました。

「馬鹿孫が、何でもんたんぞな?」
「ば、ばーちゃん!?」

その老女は包丁を振り上げ、畑を指さして哲さんに言いました。

「お前のせいでなんもかんもわやじゃ!見とーみい、このミカン畑!村じゅう、みな、頭がおかしゅうなった!ののさんに申し訳ない。死んで詫びい、死ね!お前を殺して私も死ぬ」

そういって、包丁を振り回し、哲さんに向かって走ってきました!

「やめや、ばあちゃん!」

哲さんは素早く老女の攻撃を避け、包丁を持った手を蹴り上げました。包丁は宙を舞い、地面につきささりました。次の瞬間、哲さんは老女を地面に抑え込み美沙さんに「救急車呼べ!」と命令しました。ほんの一瞬の出来事だったのです。

その老女は狂ったように泣き叫びながら救急車に乗せられ搬送されていきました。そして、哲さんは僕の顔を見ながら言ったのです。

「なぁ、春樹。ミカンやってもたかが知れとるけど、アムウエイには無限の魅力があるしな。ホンマ、うちの祖母は伝統だのなんだの言ってミカンをやめた責めとるみたいやけどな。まぁ、アムウエイの素晴らしさはそう簡単に伝わらへんっちゅーことや」



僕の夢


 三津浜港から柳井に向かうフェリーの中で、僕は哲さんの実家で起こった事件を回想していました。哲さんの住む集落は、みんなアムウェイに頑張り、ミカン畑はやめてしまったそうです。そんな状況を悲観した哲さんの祖母が、一人で村中のミカン畑の手入れをしていたのですが一人ではどうにもならず、いつも、哲さんのお父さんに「みかんを辞めるな、ご先祖様に申し訳がない」と、厳しく呵責していました。

 哲さんの妹の美沙さんが直接のアップラインになっているようですが、美沙さんは自分のダウンに入っている両親に伊方町を託したにも関わらず、人口の少ない伊方町ではこれ以上の成長が見込まれないと思って、高松に移り住み、高松で頑張っているみたいです。そんな美沙さんに対しても、哲さんの祖母は「売女だ」とか「金の亡者だ」だと罵っていました。

 哲さんは哲さんのお父さんに「ばあさんからさっさと土権を奪って売り払え」と言っていましたが、成功者の哲さんがそんなにミカン畑を手放して現金に変える必要があるのでしょうか?頭の悪い僕にはわかりませんが、ダイレクトディストリビューターの年収は軽く一千万も超えるはずですし、だからこそ哲さんはBMWに乗って優雅な生活をしているはずなのです。

 しかし、僕がアムウェイをはじめて1年以上が過ぎいまだに成功出来ずもがき苦しんでいるのですが、哲さんは夢を実現出来たのでしょうか?

 そうです。僕はアムウェイに頑張らなくてはならない理由はあるにせよ、本来の夢があったはずです。その夢を実現させるための手段としてのお金。そのお金を安定して得るためのアムウェイ。何も出来ていない僕が偉そうな事をいうのも何なのですが、本来あるべき夢の姿を、本当に僕は忘れずにこの1年間、生きてきたのでしょうか?

 哲さんも美沙さんも、哲さんの祖母を「伝統」という古い固定観念に縛られた旧世代の人間とコケおろしていましたが、僕には言葉ではよく言い表せないのですが、哲さんの祖母の言う事が正しいように思えて仕方がないのです。


 BMWを乗せたフェリーは数時間の航路を終え、柳井港に到着しました。
美沙さんははじめての山口県です。
 
松村先輩のアップラインの哲さんがいます。もう一度勇気を振り絞って、僕は松村先輩と対峙するのです。
美沙さんの営業

 光には国道188号線を使って平生経由で海岸線沿いに走って行きました。本当は田布施経由で県道を使った方が近いのですが、焼け落ちたアパートの事を思い出すのがいやで、僕は国道経由で哲さんにお願いしました。美沙さんには瀬戸内のきれいな海を見せてあげたかったのですが、海には何の興味も示さずアムウェイ化粧品でずっとメイクしています。美沙さんは僕とほとんど目もあわさず、口もきいてくれません。冷たい感じです。哲さんは美沙さんのどこにアムウェイセンスがあると感じているのでしょうか?

 車は光市に入り、室積海岸を並行して走ります。途中右手に僕の母校の聖光高校が見えました。僕と松村先輩の出会った思い出の公舎が見えるのです。カフルールが見えた時、哲さんは言いました。
「嫌なことはアムウェイ鍋パーティーで全部綺麗にするんや!」
そういって哲さんは急ハンドルを切って右折し、カフルールの駐車場に入りました。すると、急に美沙さんの目が輝きだしガチャガチャとアムウェイ製品をカバンに投げ込み、車を駆け下り店内に走って行きました。トイレでも近いのかと思ったら哲さんが「美沙は営業モードやで。春樹も見習う必要あるねんで」と言いました。

 カルフールの売店コーナーに行くと、そこには美沙さんがいました。何やら中年の男性に声をかけています。まるで逆ナンパのようです!ズルいのです!美沙さんは僕にはそういう事はしてくれなかったのに、見ず知らずの冴えない中年の男にはまるで色目を使って接しているのです。悔しいです!見ていると美沙さんはその中年男性の耳元で何かを囁きました。そして、そのままその中年男性と腕を組んで場所を移動していきました。哲さんにそれを報告すると
「今夜は美沙は帰ってきーひんで。」
とまるで他人事。いったい何がおこっているのでしょうか?!


結局、美沙さんはどこかに消え、僕と哲さんは二人で鍋用の具材を買い集めました。そして僕と松村先輩が1年間一緒に過ごした部屋に向かったのです。
松村先輩

 久々の松村先輩の部屋です。駐車場には半壊したショッキングピンクのソアラが置いてあります。松村先輩はきっと部屋にいるのでしょう。

僕が車の中から出づらそうにしていたら、哲さんが松村先輩のケータイに電話をしました。でも、まったく出る気配が無いみたいです。変なのです。

「春樹、合鍵持ってんねんな?」

僕は哲さんに「持っちょるよ」と答え、鍵を手渡しました。哲さんは部屋の前に行き、ガチャガチャとドアノブを動かした後、部屋をドンドン叩き、「松ちゃん、俺やで。部屋入るでぇ」と言って、合鍵で部屋を開けました。僕はその光景を車の中から見ていました。

「うっ!」

哲さんは、部屋を空けた瞬間、鼻を覆い「くっせー。なんやこの匂い!」と言っています。確かに僕と松村先輩は1年以上布団も干さず、布団には謎のキノコが発生したこともありましたが、アムウェイの空気清浄剤で匂いは全てカットしてあるはずので悪臭なのあり得ないのです。そのことを哲さんも知っているはずなので、くさい事事態が異常事態なのですよ。

僕も心配になり玄関に向かいました。そして、哲さんと一緒に部屋に入ると想像を絶する光景が目の前にあったのです。


糞尿にまみれた部屋。静かに佇む三脚にセットされたビデオカメラ。。。。。。
僕はこの瞬間、いったい何があったのか理解しました。

兄です。僕の兄が、松村先輩に「報復」したのです。


そして、松村先輩は。。。。


僕は、恐ろしくなり、玄関前で体の力を失い、倒れこんでしまいました。

松村先輩が行方不明になって4か月が過ぎた年の瀬、哲さんが血相を変えて緊急ミーティングを実施しました。

「本年度会計、ボロボロやんけ!!2000年ボーナスみんないらへんのか!。ええかげんにせいよ!」

僕自身、結果のない事はよくないのですがこんなに血相を変えて怒る哲さんは初めて見ました。
みんなしゅんとしています。まるでお通夜のようなミーティングになってしまいました。

ミーティング終了後、哲さんは僕を捕まえ言いました。

「夜叉のみんななぁ、これ見てみ」
哲さんは手に持った返品伝票とアムウェイ退会届け。中には松村先輩の名前まで。。。
松村先輩は元気だったようです。でも消印は何故か岡山県から。松村先輩は岡山に住んでいるのでしょうか?

「あかんわもう、これから長野五輪もあるちゅーのにな。ここだけの話な、アムウェイの売り上げもがた落ちやねん。2000年ボーナスも無くなるっちゅー話やで。国民生活センターの連中も目の敵にしてんねんで。」

哲さんはちょっと余裕なさそうです。でも僕に出来ることはアムウェイ製品を自分で買い、ボーナスをためてみんなのために頑張るだけなんです。しかし哲さんは10月以降、売上がガタガタになっているらしくDDの地位も危ういらしく、キャリーオンメンバー全体の士気も下がっているようです。

僕はCOMSから借りた借金を返済すべく、母の残したお金を切り崩していますが、そのお金もそろそろ限界なのです。スカイビズやニュースキンに手を出しているメンバーも多くいるみたいなのです。僕も、インターネットを駆使してアムウェイ以外のことにも頑張らなくてはいけない。そう思ったある日、僕は、とんでもないホームページを発見したのです。

その名も、「哲哉の部屋 〜成功を目指す若人たちへ〜」

僕はそのページで、哲さんの本当の姿を知ってしまったのです。



破 (了)

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