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パレスチナ問題を考える会コミュのパレスチナ2007:ガザの大量殺戮 西岸では民族浄化

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最近のパレスチナ情勢の急変はどこへ向かおうとしているのか?ても気になるところです。

今年の1月に、自分の日記に訳を載せたイスラエルの歴史学者の書いた、イスラエルのパレスチナ政策に関する文章を思い出し、読み返してみるととても示唆的なので、ここに転載します。

この中では、イスラエルの対西岸地区と対ガザ地区での方針の違いについて述べられている。それが、現在の情勢を示唆しているように見える。

そして、イスラエルの暴挙を食い止められるのは、やはりボイコット、投資引き上げ、制裁措置でしかないという。
 まだ、止められる。でも、古過ぎて難し過ぎて皆が関心を持ってくれないと。

現在の内戦寸前の状態は、イスラエルを利するばかりだ。
アラファトの莫大な遺産を思い出せば、腐ったファタハは、人々の為には動かないと言えるのではないか?
この文章でも、「イスラエルとアメリカに恩恵を受けるAbu Mazen(Mahmoud Abbas)」と表現されている。

著者は、内戦を静観するイスラエルがそれ終了しそうなら再び攻撃を始めるだろうと言う。しかも、激しさを増したかたちで。彼らにはいくらでも口実がつけられる、と。


著者に関しては、ココを参照。
http://en.wikipedia.org/wiki/Ilan_Pappe

【パレスチナ2007:ガザの大量殺戮 西岸では民族浄化】

Palestine 2007: Genocide in Gaza, Ethnic Cleansing in the West Bank
Ilan Pappe, The Electronic Intifada, 11 January 2007

http://electronicintifada.net/v2/article6374.shtml

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そんなに遠くない以前、私はこの場で、イスラエルはガザ地区で大量殺戮政策を取っていると主張した。私はこのたいへん感情的な言葉を使うことを躊躇したが、それでもそれを使うことにした。もちろん、私の受けた反応は、人権問題の指導者の何人かも含め、そのような言葉を使うことのある種の困惑を表していた。私は、その言葉についてしばらく考え直そうとしたが、本日再びかえってより強い確信の下にこの言葉を再び用いることとなった。これは、イスラエル軍がガザ地区で行っていることを表現する唯一つの適切な道であるからだ。

2006年12月28日、イスラエルの人権擁護団体B'Tselem は、占領地区におけるイスラエルの残虐行為に関する年次報告書を発行した。イスラエル軍は昨年660人の市民を殺害した。この昨年のイスラエルによって殺害されたパレスチナ人の数は、その前の年(約200人)の3倍になった。B'Tselem によると、イスラエルは141人の子供を殺した。死者のほとんどがガザ地区からで、そこではイスラエル軍がおよそ300軒にも上る家を破壊し、家族ごと消滅させた。これにより、2000年以来、イスラエル軍は4000人−その半数が子供−を殺害し、2万人以上を負傷させたことになる。

B'Tselem は保守的な機関なので、数値はもっと多いかもしれない。しかし、重要なのは、ただ故意の殺害がエスカレートしているということだけではなく、その傾向と戦略に関してだ。2007年が始まるにあたり、イスラエルの政策決定者たちはガザ地区と西岸地区において2つのたいへん異なった現実に直面している。前者では、東側の国境の建設が完成に近づいている。彼らの、内部でのイデオロギー論争は終わり、西岸地区の半分を併合するという基本計画はこれまでに無い速度で実行されている。最終段階は、「ロード・マップ」のもとでの新しい入植地を作らないというイスラエルの約束により遅延している。イスラエルはこの申し立てられた禁止事項を回避する2つの方法を見つけた。第一に、イスラエルは西岸地区の3分の1をGreater Jerusalemと定義づけた。これにより、この新しく併合された地区に町とコミュニティーセンターを建設することが出来た。第二に、今までの入植地を拡張することで新しいものを作る必要をなくした。2006年にはこの傾向に拍車がかかった(拡張の境界を記す為に何百ものキャラバンが投入され、新しい町と近隣の為の計画が仕上られ、人種隔離バイパス道路と高速道路システムが完成した)。つまり、入植地、軍事基地、道路そして隔離壁によって、2010年までにイスラエルは西岸地区のほぼ半分を併合することになる。これらの領地には、相当数のパレスチナ人がいることになり、彼らに対してイスラエル当局はゆっくりと忍び寄る移動政策を採り続ける。それは、西側メディアには取るに足らないつまらないことで、人権活動団体とっては見解を持つには漠然としすぎている。急ぐ必要はない。イスラエルに関する限り、彼らはそこでの支配権を握っている。日々の虐待と非人間的行為を行う軍隊と官僚機構の渾然一体となった機構が、今まで以上に、土地の所有権剥奪工程での権利取得に大きく貢献している。

Ariel Sharonの戦略的思考−それは、この政策がAvigdor Libermanの主張のような単純な‘移転主義者(transferists)’や民族浄化主義者(ethnic cleanser)の提案するものよりズッと優れているとするもの−は、政府内において、労働党からKadimaに至るまですべての人に受け入れられている。国家テロリズムの小さな犯罪行為もまた、世界中の自由主義的Zionist達が、柔らかくイスラエルを非難する一方でイスラエルの犯罪的政策に対する批判を反ユダヤ主義と定義付けるのを可能にするのに効果を上げている。

一方で、ガザ地区に関してイスラエルは明らかな戦略をいまのところ持っていない。しかし、一つのものを毎日実験している。ガザは、イスラエルの目には、西岸地区とはまったく異なった地政学的な存在である。イスラエルとアメリカに恩恵を受けるAbu Mazen(Mahmoud Abbas訳者注)が分裂した西岸地区を運営する一方で、ガザはハマスが支配している。ガザにはイスラエルが切望するような土地もないしヨルダンのようなガザのパレスチナ人を追いやる奥地もない。よって民族浄化はここでは効果的ではない。

ガザにおける初期の戦略は、そこのパレスチナ人をゲットー化することであったが、効果がなさそうだ。ゲットー化された地域は、幼稚なミサイルをイスラエルに発射することで彼らの生命への意志を表し続けている。望まれない地域をゲットー化したり隔離したりすることは、彼らが似非人間あるいは危険だと見なされたとしても、歴史の中で解決策として効果があったことはない。ユダヤ人達は彼ら自身の歴史でそのことを一番良く知っている。過去におけるそのような地域に対する次の段階は、より恐ろしく残虐なものであった。既にゲットー化され、隔離され、必要とされず悪者と見なされてきたガザの住民に将来何が待ち受けているか考えるのは難しい。それは、過去の忌まわしい歴史の繰り返しか、あるいはそれでも良い運命が可能なのだろうか?

牢獄を作りその鍵を海に捨てること、−これは国連特別報告官John Dugardがこう例えた−これはガザのパレスチナ人が2005年の9月に早くも暴力に対し取ったオプションであった。彼らは、最低でもいまだ西岸地区やパレスチナの一部であることを示すことを望んだ。その月に、彼らは、質ではなく量において今までにない数のミサイルをthe Western Negev に撃ち込んだ。その砲撃はTul Karem地区でのイスラエルによるハマスとイスラム聖戦活動家の大量逮捕のキャンペーンに対抗するものであった。イスラエルは'First Rain'作戦で対抗した。その作戦の性格はしばらく時間を割くに値するものだった。それは、初め植民地主義権力者によって、続いて独裁者によって、反乱を起こした、閉じ込められた、あるいは、消滅した地域に対して取られた懲罰的手段を参考にしたものだった。それは迫害者の怯えさせる権力の恐ろしいショーとしてのあらゆる種類の集団的で残虐な処罰があり、被害者に多くの死傷者をもたらした。'First Rain'作戦は、ガザの全住民を怯えあがらせる超音速飛行が行われ、そして陸海空からの広範囲に対する爆撃がそれに続いた。イスラエル軍部の説明する論理は、ロケットを発射する者たちに対するガザ住民の支援に圧力をかけることであった。イスラエルでさえも予想されたように、その作戦はただロケット発射する者への支援を増加させる結果となり、次の攻撃に弾みをつけさせた。その特別な作戦の真の目的は、実験にあった。イスラエルの将軍達はそのような作戦が身内に、地域内そして世界的に、どの様に受け止められるか知りたかった。そして、即座に答えは‘たいへん良い’であった。例えば、誰も死者の数に興味を示さず、'First Rain'が終わった段階で何百ものパレスチナ人負傷者が置き去りにされた。

かくして、'First Rain' 以来、2006年6月まで、それに続く全ての作戦が同じようにこれを手本とした。異なったのはその激しさの増大だった。より多くの火器、より多くの犠牲者、そしてより多くの巻き添え被害、そして、予期したとおり、より多くのQassamミサイルの反撃、を生んだ。2006年それに続く手段は、より邪悪なボイコットと閉じ込めることによる完全な封鎖をすることで、EUは恥ずかしくもいまだにそれに協調している。

2006年6月のGilad Shalit の捕獲は、通常の作戦とは無関係なことであったが、にもかかわらず、イスラエルにとっては、より戦略的で処罰的と言われる要素をエスカレートする機会を提供することになった。結果として、Ariel Sharon の8千人の入植者−彼らの存在は‘懲罰的’活動を複雑化させ、彼をノーベル平和賞の候補者にまでさせそうだった−を退去させるという戦略的決断に続く戦略はいまだに何もない。

イスラエル軍はドラマが好きだ。よって、言葉遣いをエスカレートさせる。'First Rain'は、'Summer Rains'に置き換えられた。それは、2006年6月以降の‘懲罰的’作戦全般に対して付けられたものだ(夏に雨の降らない国にあって、唯一予想される降下物はガザの人々を襲うF-16の爆弾のシャワーと砲弾だけである)。

'Summer Rains'は、新しい要素をもたらした。ガザ地区の一部領土への侵攻である。これにより、軍隊が一般市民をより効果的に殺害できるようになり、それは人口過密地帯での激しい戦闘の避けられない状況での結果であり、イスラエルの方針によるものではないとの口実を与えた。夏の終わりには、さらにより効果的な'Autumn Clouds'作戦が実施された。2006年11月1日に、48時間内にイスラエルは70人の一般市民を殺害した。その月の終わりには、それに続く小規模な作戦と併せておよそ200人が殺され、その内の半分が子供と女性であった。その日付からも分るように、その活動のいくつかはレバノンに対する攻撃と平行して行われた。それは、作戦を外部からの批判だけでなく注目さえも受けずに完了することを容易にした。

'First Rain'から'Autumn Clouds'に向かうに従って全ての要素で激しさを増したのが分る。第一に、一般市民と非市民標的との区別がなくなったこと。理由の無い殺戮は、住民全体を軍事行動における主要標的にしてしまった。第二に、手段の激化だ。つまり、イスラエルが所有する全ての殺戮兵器の適用。第三に、激化は犠牲者の数に端的に現れている。各々の作戦において、そして今後の作戦で、より多くの規模の人々が殺され傷つくだろう。最後に、そして最も重要なことは、それら作戦(operation)がイスラエルがガザ地区の問題を解決する為の戦略(strategy)になるということだ。

密かにすすむ西岸地区の移設とガザ地区における計画された大量殺戮政策は、今日イスラエルがとっている2つの戦略である。選挙の観点からすれば、ガザでの戦略は目に見えた効果を生みそうにないので問題を含んでいる。すなわち、Abu Mazenの下にある西岸地区はイスラエルの圧力に屈しつつあり、土地の併合や所有権奪取のイスラエル政策に反対する目だった抵抗も見当たらない。しかし、ガザは反撃し続けている。一方では、このことによりイスラエル軍が将来より規模の大きい大量殺戮作戦を実施することを可能にしている。しかし、もう一方で、大きな危険がある。それは1948年に起きたように、軍隊はガザ地区の包囲された人々に対しより劇的で体系的な懲罰的で巻き添え的な活動を必要とするだろう。

皮肉にも、イスラエルの殺人兵器は最近休んでいる。1・2のとても大きなものを含んだ比較的多くの数のQassamミサイルも軍事行動を起こさせていない。軍報道官は、‘自粛’を示すものだとしているが、今までにそうだったことはなく、これからもけっしてないだろう。軍隊は休んでいる。将軍達は、ガザでの内部の殺人が勢いを増し、それが彼らに変わって仕事をしていることに満足している。彼らは、ガザで起きている内戦を満足して見ている。それは、イスラエルが扇動し助長している。イスラエルの観点からすれば、ガザが内部的からであろうがイスラエルの殺戮によってだろうが、どの様に人口統計的に縮小するのかはどうでも良いことである。内戦を終わらせる責任はもちろんパレスチナのグループ自身にあるが、アメリカとイスラエルの干渉、継続される封鎖状態、ガザの飢餓と締め付けが内戦の和平協定を困難にしている要素のすべてである。しかし、それが治まる最初の兆候と共に、すぐに始まるだろう。イスラエルの'Summer Rains'が、再びガザの人々の上に降り注ぎ、大破壊と大量の死者を生むだろう。

そして、人は、我々が残した昨年とこれから我々を待つ年の始まりの憂鬱な現実から避けることの出来ない政治的結論について、述べることに飽きてはならない。今は、ボイコットと投資引き揚げ、制裁措置でしかイスラエルをとめることは出来ない。我々は、全員で明白に、公に、無条件に、如何に我々の指導者がその実施の効果や存在理由について何を言っても、それを支持しなければならない。国連はアフリカに対するように、ガザには干渉しようとしない。ノーベル平和賞受賞者達は、東南アジアにおいてしたように防衛のリストに加えようとしない。そこで殺された人々の数は、他の災害に比べて人々を驚かせない。それに、もう新しいことでもない。それは危険なほど古く困難なものだ。この殺戮兵器の唯一の弱点は、‘西側の’文明と世論との酸素供給ラインである。それを破壊して、少なくともイスラエルにとって西岸地区からは締め出し、ガザ地区では殺戮することでパレスチナの人々を消し去ろうとする彼らのこれからの戦略の実行を困難にすることは、まだ可能なのだ。

Ilan Pappeは、ハイファ大学の政治科学部の上級講師で、ハイファにおけるパレスチナ研究のEmil Touma機関の代表である。著作は、The Making of the Arab-Israeli Conflict (London and New York 1992), The Israel/Palestine Question (London and New York 1999), A History of Modern Palestine (Cambridge 2003), The Modern Middle East (London and New York 2005) 等があり、最新作は、Ethnic Cleansing of Palestine (2006)。

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