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マイ書庫コミュの五体満足 イリザロフ療法

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長男の現在に至るまでのちょっとした思い出話。
健常に生まれてくる事は本当にありがたい事なんですよね。

我が家の長男は「先天性下腿後弯症」で生まれてきた。右足の甲が脛とぴったりにくっつくように変形していた。

出産時には気付かず、翌日に困惑した表情を浮かべた担当医の口から事実を知らされた。我が子の足を確認…呼吸が止まるような驚き。そこには彼が将来2本足で歩く姿を想像出来ないくらい弯曲した足があり悲観のあまり頭の中が混乱して真っ白になった。

まさか我が子が…予想し得ない出来事。さっきまで幸せに包まれ笑顔で満ち溢れていた室内…そこには産みの苦しみに耐えやっとの思いで産んだ我が子を目の前に涙に暮れる妻とすっかり落ち込み肩を落とした両親の姿があった。

担当医の説明ではどこかのタイミングで臍の緒が足に絡まりそのままの状態で成長したことで足の骨が変形したとの推測であった。

振り返ると心当たりはあった。妊娠中に妻が突然苦しみ出して動けなくなり数十分間横になることが何度かあった。恐らく臍の緒が締め付けられていた事で起きたのだろうと想像した。

この子の将来はどうなるんだろう…退院までの数日間は生まれてきてくれた喜びとこれからの不安が入り混じった複雑な日々となった。

退院後、ネットで病院を探した。経験のない出来事だったので、病院の選択にも戸惑いしかなかった。幾つかピックアップした中から、心身障害児医療療育センターで受診することにした。

自宅から病院までは電車を乗り継いで80分くらい。受付を済ませて待つこと1時間弱。予定時間よりもだいぶ遅れてからの診察となった。まずは触診で足全体を確認、その後関節の曲げ伸ばしを行い一通り可動確認をした後、診断結果の報告となった。

担当医曰く、成長に伴って骨も真っ直ぐに伸び変形も改善されていく。骨の成長に差が出て足の大きさや長さに差が出る。骨の強度が通常よりも弱い。将来的に足の長さを揃える手術が必要。足の変形を矯正する装具が必要。バランスを取る為に短い足用の特注靴が必要。

これからの成長過程に於いて色々と大変なのは分かったけれど、変形が改善されて歩けるようになると言われた時は本当に安堵した。

それから年に数回の通院生活が始まった。装具を装着したお陰で足の変形も日に日に良くなっていった。その反面、成長するにつれ足の長さの差が開いていく。喜びと不安が両立した複雑な気持ちがずっと続いた。

1歳を過ぎ立ち上がって歩けるようになってから、足の長さの差を補う特殊な靴を作ることになった。靴底を厚くするので右と左の見た目が違い、普通の靴よりも重量があった。

履き始めは靴の重さで歩きにくそうにしていたけれど次第に慣れていき、普通に歩いたり走ったり出来るようになった。ただ、躓く回数は普通の子供より多かった。

幼稚園に入学した頃から、本人も靴の事を気にしだした。周りの子は当時流行りのキャラクター物の靴を履いているのに、自分だけが何の飾り気もないゴツゴツした靴。靴底の厚さが違う事もあり、みんなからジロジロ見られる。

「何で僕だけが…」幼いながらも強く感じていたと思う。それでもあまり弱音を吐かずに明るく振る舞ってくれたのは親として非常に救われた気持ちであった。

時が流れ、長男も小学生5年生まで成長した。ここで一つの決断の時がやってきた。当初、足の手術は14〜15歳でとの話であったが、11歳でするのはどうかという話が持ち上がった。

予想以上に左右の足の長さの開きが大きくなり始め、このままにしておくと体のバランスが悪くなり骨格に歪みが出てしまう恐れがあるとのこと。

手術方法イリザロフ法。骨を骨折させて骨折を修復しようとする自己修復能力を利用した延長法。創外固定器で骨の隙間を毎日伸ばしながら足の長くしていく。現在は身長延長の美容手段としても用いられている医療である。

治療期間は1年から1年半。早期に行うメリットは中学生になる前に完了すれば3年間部活をやり通せる。デメリットは想定以上に成長してしまうと再度手術をしなければならない。非常に悩んだ結果、本人の希望もありこのタイミングで手術をする事にした。

手術後1年間は松葉杖での生活となる為、手術前の1ヶ月は出来る限り長男が行きたいところへ出掛け存分に遊ばせた。

手術日前日。入院に向けてバッサリ髪を刈り坊主頭に。この屈託のない笑顔が見られるのも今日まで…明日からは毎日痛みと戦う日々が続くと思うとやりきれないない気持ちで心が締め付けられた。

でも、一番不安なのは長男。家族はその不安を少しでも取り除いてあげるのが役目。手術直前まで彼が笑顔でいられるように努めて過ごした。

手術日当日。病院のベッドに横たわる長男。恐怖で心が押し潰されるのをグッと堪えていた。時間となりベッドごと移動。手術室専用のエレベーターに向かう。

とうとう長男の目から涙が溢れる…本当に辛い瞬間だった。今でもその光景は目に焼き付いている。

3時間ほど経過し、手術を終えた長男が戻ってきた。全身麻酔から覚めたばかりで意識が混沌としていた。右足にはイリザロフ法の創外固定噐が取り付けられていた。

創外固定噐のワイヤーは足の肉を貫通して中の骨に固定されている。それが何本もあり、見るからに痛々しい姿であった。

これから1年以上続く装具との共存は、私達に大きな不安を感じさせるには十分過ぎる存在感を示していた。

手術から退院するまでの一週間は本当に大変だった。麻酔が覚めてからは足の激しい痛みに耐え、落ち着いてきた矢先に松葉杖での歩行練習、足を庇いながらの入浴と慣れないことばかりが続く。

特に歩行練習は、歩く度に振動が創外固定噐のワイヤーに伝わり、足の肉と骨に痛みが走る。見ているだけでも痛々しかった。

退院の許可が出て自宅に戻った翌日から学校に通う事にした。創外固定噐が剥き出しだと見た目が痛々しいのでカバーを掛けた。

登校日当日、担任の先生にお願いして朝のホームルームで私が長男の病気の説明をする時間を設けて頂いた。

彼がどういう病気だったのか、どうして手術が必要だったのか、どのような手術をしたのか。そして、今後しばらくは松葉杖の生活となるので困っている時はみんなで手助けして欲しいという内容。小学生は無意識に残酷な言葉で人を傷付けてしまう。

事前に長男の病気の理解を深める事で、出来るだけ辛い思いをさせないようにしたかった。幸いクラスメイトはいい子ばかりだったので、その後も大きな問題は起こらなかった。

その後の生活は自宅で転倒して膝の上の骨を骨折したり、学校で子供が創外固定噐にぶつかって肉が裂け出血したりと何度かアクシデントはあったものの、毎日少しづつ骨の延長作業を積み重ねてどうにかこの時期を乗り越える事が出来た。

松葉杖で歩くのを苦にしなくなってから北海道旅行に出掛ける事も出来た。

ただ、骨の延長は順調であったが、延長した骨部分の強度が出るまでに多少の時間を要した。結果的に創外固定噐の取り外す事になったのは1年半後であった。

取り外しの手術は装着時に比べるとそれほど時間も掛からずに終わった。1年半の松葉杖生活で足の筋肉は明らかに細くなったけれど、足の延長は無事に完了した。今後の両足の成長差を考慮して健常な足より2cm程長く伸ばした。

晴れて両足で立てる生活に戻る事が出来た時は、本人も私達も安堵した。半介護生活から解放され、家族全員が何の気兼ねもいらない自由を得た気分であった。

それから現在に至るまで山あり谷あり。骨の強度の問題でサッカー部を諦めてバスケット部に入部したが、やはり足への負担が大きく途中で諦めざるを得なかったり、筋肉量が十分に増えず足が疲れやすい状況が改善しなかったり、骨密度が上がらなかったり…必要以上に我慢を強いられる生活の連続だったと思う。

中学、高校、大学と時は流れ、現在、大学4年生。就職活動で幾度かの挫折感を味わいながらも、エントリー数で計算すると200倍の難関から内定を勝ち取るまでに成長した。

辛かった時期を乗り越えた事は無駄にならなかった。幾度となく困難の壁に立ち向かった彼は日本三大メガバンクの一角で立派な社会人として働いている。

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