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2026年NHK大河ドラマ 豊臣兄弟!コミュの歴史トピ(※ネタバレ有り 2026年NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」 歴史トピック)

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歴史トピです。
史実関連の投稿をお願いします。

※「数百年以上前の事実がどうだったか誰にも分からない」と分かっていますが、先入観なしでドラマを観たい方はネタバレ情報にご注意ください。

コメント(8)

歴史トピです。
史実関連の投稿をお願いします。

※「数百年以上前の事実がどうだったか誰にも分からない」と分かっていますが、先入観なしでドラマを観たい方はネタバレ情報にご注意ください。
秀吉が信長の草履を懐で温めて、気が利くと
足軽に取り入れられてた話は江戸時代の創作
世話係から上り詰めた
大河ドラマ「秀吉」では、父の竹阿弥(財津一郎)が足が悪くいつも寝ている人として描かれています。長い間、豊臣4兄妹の上二人は弥右衛門、下二人は竹阿弥の子とされ、藤吉郎と小一郎は異父兄弟と考えられてきましたが、近年では4兄妹全員が同じ父の子と考えられています。弥右衛門と竹阿弥は同じ人という説もあります。
豊臣兄弟の父は登場しないのかと思ったら、回想で「藤吉郎・小一郎の父弥右衛門」と出ました。「太閤素生記」では、秀吉の父を「木下弥右衛門」、職業を「鉄砲足軽」としていますが、鉄砲伝来は秀吉誕生後なので誤りと思われます。ただし、種子島より早く倭寇が持ち込んだという異説があり、その場合は別です。ねねの父が旧姓木下で杉原家に婿に入ったので、結婚してから秀吉が木下を名乗ったらしく、彼の父が木下を名乗ったという記述も誤りでしょう。
秀吉は長浜城主になると、家族を長浜城に呼び寄せますが、父が呼ばれた形跡はありません。「父」とは不仲だったようで、母には大政所の位を贈り、盛大な葬儀をあげていますが、父には全く無関心でした。女・子供だけで農業するのは大変だから、大政所は多くの男性と関係を持ったようで、秀吉は自分の「父」が誰かを知らなかったかもしれません。秀吉が関白になると「兄妹」を名乗る人々が現れ領地や位を要求しますが、中村でともに暮らしたわけでもない人々を、秀吉は根拠もなく殺しました。兄妹鑑定のない時代とはいえ、秀吉は出自を探られたくなかったし、「父」の関係者には嫌悪感を覚えていたようです。

本作には濃姫は登場しないようで、信長が心を許せる人として市が登場し、織田兄妹を豊臣兄弟と対比するようです。信長らが見ていた能は「曽我兄弟仇討ち」でした。


私の参加コミュを徹底的に捜索し、アンカーつけて何度も空アゲしたり「イイネ」を毎日100個つけて荒らす人がいるので、捜索されないよう投稿するときだけコミュに入会し、投稿したら直後に退会しなければなりません。
簗田政綱は桶狭間の戦いの後沓掛城主となっているが、その理由や功績は史料で見られない。小瀬甫庵の「信長記」には、政綱が今川義元の位置を正確に教えたため一番手柄とされたと書かれているが、これは史料ではなく歴史小説である。司馬遼太郎は、信長が一番手柄を義元の首を取った毛利新介良勝ではなく政綱としたことが、情報を重視した新機軸と評価したが、彼も歴史家ではなく小説家である。
「信長公記」には信長が、敵は夜間行軍し丸根・鷲津砦を攻略した直後で疲弊しており、新手の自軍が優勢だと鼓舞した記録がある。つまり信長は、目の前の敵を今川先鋒だと思っていたらしいが、遺棄された輿を見て義元本隊と気づいたと考えられる。義元は軟弱な貴族趣味と思われてきたが、相当の家格がないと輿に乗ることは許されないので、彼は家格の違いを見せつけようとしたと考えられる。
大河ドラマ「豊臣兄弟!」は、伝統的な政綱情報説を採用したとわかる。だが佐久間盛重が、死んだら馬鹿らしいので寝返ろうとしたのを、政綱が暗殺して大将になりかわり、徹底抗戦するならわかるが、首を持参して投降したら暗殺した意味がない。
簗田政綱も毛利新介も、桶狭間の戦いの後昇進するが、1万石クラスの大名にはなれていない。それゆえこの時期の大河作品にも、登場しないことが多い。義元の首を取る「雑兵」がノンクレジットで登場することもあり、私の知人で毛利新介の子孫がいるが、ご先祖の名前が出たとか出なかったとかで、話題になるそうだ。
蜂須賀正勝(小六)は「武功夜話」では、木曽川の水運を担う「川並衆」だったとされる。同書は、秀吉の父弥右衛門が正勝の父蜂須賀正利の配下だったとするが、同書は前野家で発見され、前野長康の子孫が彼を顕彰する目的で書いたもので、当時にない表現が使われており偽書だと考えられている。
秀吉は織田に仕える前に正勝に仕えていたとも言われ、正勝は秀吉の推薦で信長の家臣となったという説もある。また信長の側室生駒吉乃の生駒家に非常に近く、「織田家雑録」によれば、秀吉が織田に仕えたのは吉乃の推薦だという。別の言い伝えでは、正勝の母安井御前は弟の安井重継の子が浅野長政で、その妻ややの姉ねねが秀吉の妻なので、秀吉の遠縁にあたる可能性がある。前野家・生駒家・安井家は全部江南市になるが、蜂須賀家はあま市で遠い。

大河ドラマにはスポーツ枠があるとされ、秀吉関係の大河ドラマではプロレスラーが演じてきた。「秀吉」では大仁田厚、「功名が辻」では高山善廣が演じている。秀吉は小柄で知恵者だったので、その対極として巨漢が演じてきたが、正勝が巨漢だったかどうかはわからない。
野武士イメージは江戸時代にはすでにあり、小瀬甫庵の「太閤記」や竹内確斎の「絵本太閤記」で野武士にされているが、実際は蜂須賀城の城主だった。秀吉の外交を担っていて、1584年に杉原家次(杉原家はねねの実家)が死去すると、正勝は羽柴家中の筆頭格となったが、1586年に病死する。竹中半兵衛の死は1579年、秀長の死は1591年で、秀吉は信頼する部下を次々に失うことになる。
この先、史実を下地にした事柄がでてくるでしょうけど。
秀吉でいう主な活躍でいえば
1.浅井の裏切りで朝倉と挟み撃ちになる織田勢のしんがりを買って出る。
2.信長死亡を受け、わずか9日で姫路まで戻る(中国大返し)
3.清須会議で三法師の後見人を名乗る。
4.上洛しない家康に妹・母を人質に送る。
5.上洛した家康を1人でこっそり出向き、サシで話し合いをつける。

今回、秀長が主役。昨今の大河の悪い癖で秀吉がいう所を秀長が全部持って行く可能性は?

1.は、果たして秀吉が自ら言うのか、秀長に押されて言うのか?
3.も同様。
4.は秀長は反対しそう!
5.は秀吉だけじゃなく、秀長も一緒に・・・3人で?
「独眼竜政宗」で勝新の秀吉と津川雅彦の家康の同じ場面が最高だったのでこれを越えるのは無理かな?

2.は竹中直人主演の「秀吉」で、石田三成(真田広之)から書状を受け取り、信長死の報を知り完全に呆然自失状態で手紙を口に出して読まない秀吉に変わって、秀長(高嶋政伸)が「兄者、しっかりせい、もう、わしが読む」と書状を秀吉から取り、
「明智光秀謀反・・・信長公、本能寺にて討ち死に?!」と大声で読む場面がある。
果たして今回はどうなるか。

私個人的に信長の死を知る秀吉のこの場面が好きで、これまでの大河でも泣きじゃくる秀吉(火野正平や武田鉄矢)、信じられんといった顔で呆然となる秀吉(柄本明や藤岡琢也)、まるで分かってたかのように振る舞う秀吉(香川照之)など様々でした。

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