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意味不明小説(ショートショート)コミュのあと五分の夢

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 「ああ、そうか。こいつは夢だ」
 そう思ってから、夢の続きを見直したことはないかい?……だよな?俺もある。
 所詮は夢の中の出来事で、醒めてしまえば、否が応でも現実に引き戻される。そんなことは百も承知だが、せめて、あと五分。空を飛んだり、焦がれたあの娘と抱き合ったり、キスをしたり、され返したり。もう、夢なんだか、ただの妄想なんだか、区別なんてできないが、少なくとも、この五分は無敵だ。いつか終わりがくるのは分かっているし、どっかで踏ん切りつけて、起きなきゃならない。でも、だからこそ、夢は終わると分かっているからこそ、あと五分。あと五分なんだ。
 芸人になって、十五年が経つ。以前は事務所に所属していて、それなりに大きなライブに出たこともあったが、今はフリーランス。そういうと聞こえはいいが、なんてことはない。ただの野良犬だ。当然、売れる気配はない。流行り病のせいで、ライブ自体がなくなってしまっていたが、ここ最近、ようやっと復活して、客足も戻りつつある。が、売れる気配はやはりない。いっそのこと、辞めてしまおうか。そう思うことは勿論あった。だけど今日もバイト終わりに、ネタ合わせの予定が入っている。いつの間にか、売れるとか売れないじゃなくなっていた。せめてあと一回、ネタを作って舞台に立ちたい。あと一回。あと一回。それが続いて、今に至っている。
 女房はいるし、娘だっている。だが、別居してから、四年以上が経っている。うだつの上がらない俺に嫌気がさしたのか、家を追い出されていた。後輩の家を転々と渡り歩いて、どうにか凌いだ。仲間から、条件の良いバイトを紹介してもらった。身分証を求められたが、免許は失効していて、保険証は期限切れ。住民票が必要になり、地元の役所を訪れると、あなたの住民票は存在していない、と言われた。以前の住所は、女房が世帯主だった。俺は扶養になっていたわけだが、追い出したあと、女房はどこかへ引っ越したらしい。恥を偲んでバイト先に相談すると、住民票もない人間は雇えないと、三日でクビになった。
 行くあてと食い扶持のなくなった俺は、実家を訪れた。親父から金を借りるためだった。金を借りに実家へ戻るのは、一度や二度ではなかった。というより、金を借りる時しか実家に帰っていなかった。ここ数年、俺の顔を見るなり、不機嫌そうにする親父が、その日はなんだか様子がおかしかった。もともと口下手な性分だが、いつにも増して言葉にまごついていた。切り出しにくいのは、こっちの方なのに。しばらくしてから、事態が飲み込めた。どうやら、用意してあった書類にサインしてほしいらしい。親父といっているが、血縁関係はない。俺は母親の連れ子だった。親父との母親との間に弟ができており、戸籍上、実子は弟のみで、俺は継子となっている。母親が亡くなってから、既に十年以上が経過している。その書類にサインをすると、俺は親父の籍から抜かれることになるようだ。別に親父をかばうわけではないが、これは誰かの入れ知恵だろう。その時、親父は八十を超えていて、遺産の問題を解決するために、そうするよう周りに言われたのだろう。事実、数年後に親父は逝ってしまった。まごつく親父をよそに、俺は何も言わずにサインした。多少、悲しくはあったが、俺はじゅうぶん親父に愛された。実の父の存在は知らないし、知ろうとしたこともない。当初の目的である金は借りることは出来たが、俺は行くあてと食い扶持と、名乗る苗字を失った。
 それから、色々あって、住むところと、バイトは見つかった。まあ、なんとかなるもんだ。おかげで芸人活動も、首の皮一枚で続けている。当然、売れる気配はない。それでも俺は、あと五分。あと五分。駄々をこねる子供のように言っている。あと五分。あと五分。舞台の上では、俺は誰にでもなれる。あと五分。あと五分。笑い声が聞こえると、俺は無敵でいられる。あと五分。あと五分。現実を見たくなくて、俺は無理して夢を見ているのかもしれない。でも、だからこそ、夢は終わると分かっているからこそ、あと五分。あと五分なんだ。あと五分。あと五分。ちくしょう、バイトに遅刻した。


(終)

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