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意味不明小説(ショートショート)コミュのキリンの首

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 「あなたに私の何がわかるっていうの!?」女がとうとう堪りかねた。
 立ち上がりざま、椅子がひっくり返った。開かれた脚に、スリットが捲れ、腰骨が覗いた。網タイツの太腿に、電球が照り返し、まだら模様が浮かんだ。
 他に客はなく、事なきを得た。が、封を切ったばかりのウィスキー・ボトルが、ガラス片に変わった。床板が、甘く香った。むせるほど。

 どこにでもあるバーの、どこにでもある、始まりだった。
 退屈した女に、草臥れた男が声をかけた。酒を飲んだ。女が笑った。男が言った。
 「どれだけ飾っても、口の中に化粧はできない」
 「誰かの名言?」女が聞いた。
 「僕のだよ。名言かはさておいて」
 「たまにいるけどね、前歯に口紅ついてる子」
 「もっとも、江戸時代の遊女なんかは、せっせとお歯黒をつけていた」
 「お歯黒って、あの気味の悪い?」
 「当時はそれが、美しかったのさ」
 「歯が抜けたようにしか見えないけどね」
 「実際のところ、娼婦の中には前歯を抜く者もいたそうだ」
 「なんで?虫歯で?」
 「男のあれをナニする時に、都合が良いのさ」
 「なにそれ、気持ち悪い」
 「ところが、気持ち良いらしい」
 「そうまでしないと、相手にされなかったのね」
 「生きるためさ。男には快感を、女には金銭を」
 「当てて見せるわ。あなたの名言ね?」
 「君だってそうだろう?」
 「生きるため?必要なのは、お酒くらいかしら」
 「当ててみせよう。一杯ほしいんだろう?」
 「そう聞こえた?なら良かった」
 「僕の快感はどうなる?」
 「知りたいのなら、上手に口説いてみせて」
 「いつ僕が口説いているように見えた?」
 「……今も?」
 「確かに君は、一見キレイだ」
 「驚くほど下手クソね」
 「いい女を見極めるコツを教えよう」
 「いい女になれるコツだったら、もう知ってる」
 「笑わせるんだ。すると見えてくる」
 「あなたに笑ってみせた覚えはないけど?」
 「それでも、あわよくば勘定を払わせようと思っている」
 「そうかもね。あなたが見かけ以上に気前が良いなら」
 「気前は悪くない。相手が見かけ以上には何もないなら話は別だが」
 「あなたに私の何がわかるっていうの?」

 ウィスキーが、甘く香った。気にもせず、男は続けた。
 「キリンの首が長いのは、なぜか?」
 「答えになってない」
 「答えてみなよ。それが答えさ」
 「高い木の葉っぱを食べるためでしょ?」
 「それじゃあ、なんで高い木の葉を食べるんだい?」
 「だって、独り占めできるじゃない」
 「というと?」
 「大は小を兼ねるのよ。高い木に背が届くなら、低い木にも当然届くでしょ?気分しだいでメニューだって変えられる。今日は中華で、明日はイタリアン」
 「長すぎる首は、時として短所になっても?」
 「どんな時よ?」
 「水飲み場では、肉食動物の格好の的だ」
 「じゃどうして長いの?」
 「聞いてるのは僕だ」
 「さあね、誰か待ってたんじゃない?気前の良い人とか」
 「なるほど、ずいぶん待ちぼうけたわけだ。君もキリンを見習うべきだな」
 「もう待つのはうんざり、教えなさいよ」
 「キリンの首が長いのは、優しいからだよ」
 「意味がわからない」
 「高い木の葉を食べるのは、独り占めしたいからじゃない。低い木の葉を譲るためさ」
 「あなた昔、キリンに世話にでもなった?サバンナあたりで」
 「キリンは争って勝つよりも、争いを避けることを選んだんだ」
 「今してるのって、キリンの話?それともガンジー?」
 「争いを避けるためにキリンがしたことは、他にもある。彼らに角が生えてることは?」
 「あるわね、二本くらい」
 「正確には五本だ。普通、角といえば身を守ったり、相手を倒すためにあるね?」
 「あとは洗濯物を干すとか?」
 「だが、キリンの角はどうだい?君が数え間違えてしまうほど短いじゃないか」
 「もうちょっと頭を低くしてもらえたら、うまく数えられたんでしょうけど」
 「それだけじゃない。キリンには前歯がない」
 「それって、あれをナニするため?」
 「舌を枝に巻きつけるためさ」
 「やってることは、娼婦と同じね」
 「同じだとも。生きるためにやってる」
 「それで何を得るの?快感?金銭?」
 「もっと素晴らしいものさ」
 「気になるわね、是非とも教えて」
 「争いを避けることだよ」
 「いつまで逃げる気?男らしくもない」
 「当たってるよ。キリンというのは九割方がゲイらしい」
 「聞いたことないけど?」
 「彼らは一夫多妻制でね、あぶれたオス同士が結ばれるのさ」
 「ただの傷のなめ合いじゃない」
 「傷つけ合うよりはマシだ」
 「弱肉強食じゃないの?自然界は特に」
 「だからこそ、キリンは優しい」
 「時には争いも必要よ」
 「穏やかじゃないね」
 「少なくとも私はそうやって生きてきた」
 「愚かなことにね」
 「賢いからこそよ」
 「面白い意見だ」
 「勝つためにはどうするか?敗けから何を学ぶか?」
 「向上心のない者は馬鹿ってわけか」
 「また、お得意の名言?」
 「名言だとも。僕のではないが」
 「勝つことは、努力したことの証なの」
 「なぜ勝ちたいと思う?」
 「得るものがあるから」
 「なぜ今いじょうに得ようとする?」
 「満たされてないから」
 「それは肉体的に?つまり君は、そこで満たされなければ、食べる物がなくて死んでしまうと?」
 「それほど困っちゃいないわ」
 「では精神的に満たされてないわけだ」
 「そうなるわね」
 「精神的に満たされてないなら、満たされるまで努力すればいいだけだ。それこそが君の言う証だよ」
 「また逃げだすのね。自分が劣っていることを認めるのが怖いの?」
 「なぜ優劣を争う必要が?」
 「私を認めさせたいからよ」
 「そこで譲ってあげることは、できないものかな?」
 「優しくしろって?」
 「それが、優ることにはならないかい?」
 「優しいだけの男が、一番つまらない」
 「それは君に寄ってくる男がつまらなかっただけさ」
 「見てきたような口ぶりね?」
 「まだわからないかな?その姿を見れば、その生き方がわかるんだ」
 「キリンのように?」
 「その通りだ」
 「あなたどう?キリンのように優しいの?」
 「それはどうかな?だけど……」
 「だけど?」
 「僕がここに来て、君がそこにいた」
 「コンクリートのジャングルで?」
 「あるいはサバンナあたりで」

 酒を飲んだ。女が笑った。男が言った。
 「上手にできたかな?」
 「驚くほど下手クソだった」
 「けれどもやっと、笑ってくれた」
 「いい女を見極めるコツね?」
 「言ったろう?笑うと見えるって」
 「それで、何が見えた?」
 「お歯黒が廃れた今、誤魔化しようがないものさ」
 「どういう意味?」
 「そのままの意味さ。君は歯並びが悪い」
 「は?」
 「つまらない男が寄ってくるわけだ」
 「あなたに私の何がわかるっていうの!?」

 床板が、甘く香った。むせるほど。
 女が立ち去った。男が言った。
 「やっと二人きりになれましたね」
 男が、前歯を外して、カウンターに置いた。
 私は、二人分の飲み代に、ガラス片に変わったウィスキーの値段を、勘定に書き加えて、差し出した。
 男の前歯が、ぬらぬらと光った。


(終)

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