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意味不明小説(ショートショート)コミュの速読少女

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 本を閉じる音が聞こえて、ほうっと一息つく彼女の、ほっそりとした手が目の前に差し出される。
「次の、頂戴」
 ちょうど傍にあったノディエの短編集を、彼女の掌に載せてあげる。薄い文庫本だけれど、その質感に満足したように手が引っ込む。
 大きめのビーズクッションに、両側から挟むように彼女と寄りかかって本を読む。それが僕の休日の過ごし方だ。ベージュ色のクッションはどこか地味な気もしたけれど、部屋に持ち帰ってみるとすんなりと他の家具に溶け込んでくれた。
 彼女は本を読むスピードが速い。速読というやつだ。三百ページくらいであれば三十分もあれば読んでしまう。
 部屋に降るのは時計が時を数える無機質な音だけで、僕は時折不安になる。
 その不安を振り切るように、開いたままの本に視線を戻す。けれど、内容は頭に入ってこない。僕はそれこそ一般的な読書スピードよりも遅い部類だろう。本を一冊読み終えるのだって一週間はかかる。
 彼女とは、違う。
 それが、僕にはたまらなく怖い。
 こうして二人して部屋の真ん中でクッションに寄り掛かって本を読むのは嫌いではないけれど、彼女との間に広がりゆく時間の開きに取り残されてしまうのが、怖いのだ。
 彼女を見やると、すでに三分の一は読んでしまっている。肩にかかるくらいの黒髪が、窓からの陽光に照らされて、ひどく綺麗だった。ノディエの描く幻想的風景に、彼女はいったい何を思っているのだろうか。
 本を読むことも、人の気持ちを読むことも、僕には難しく、恐ろしく時間のかかることなのだ。
 よく、人生はひとつの物語で――、なんてアナロジーを耳にすることがある。彼女は自分の人生さえもぱらぱらと、僕が追いつけない速さで読み終えてしまうのではないか。どれだけ僕が彼女と一緒にいることを願っても、ページをめくるスピードは加速度的に増えていって、そして――。
「ねえ」
 思考を破るように、彼女の声が響いた。小さな部屋だから、驚くくらい大きな声に聴こえることがある。
「どうしたの」
 久しぶりに声を出したから、おかしなふうに聴こえはしないか不安だった。ひとつ咳をする。そこで気がつく。彼女の薄い唇が、少し、震えていた。
「わたしといて、楽しい?」
 不安げな瞳で僕を見てくる。人差し指を本の間に挟んであるのが、彼女らしくて微笑ましかった。つい笑ってしまう。
「な、なんで笑うの」
「ごめん、なんでもないよ。でも、どうしていきなりそんなことを訊くの」
「それは――」
 いったん口ごもって、
「だって、あまりお話できないし、ずっと、本、読んでばっかだし、わたし」
 きっと彼女は怖かったんだ。どうすれば良いのか分からなくて、でも本を読むことしかできなくて。
 僕だってそうだ。怖かった。いつのまにか二人して読書に耽る日々が始まったけれど、干渉しなければ傷つくことはないと、無意識のうちに逃げていたんだ。
「ごめん」
 どうして謝るの、と彼女は訊いてくる。それこそ心の底から、分からないといった具合に。
「今度、おすすめの本、教えてよ」
 それが僕の精一杯。彼女に少しだけ近づくための言葉。
 本は読み始めたらいつか終わりが来る。
 それは人生だって、恋だって、同じことだ。
 始まってしまったら、その長さに関わらず、きっといつか終わってしまう。
「君は急ぎすぎなんだ。もう少しゆっくりと前に進んだって良いと思うんだよ」
 こうして会話をしていれば、彼女は本を読めない。僕らの恋は終わりに近づかない。
 なるべく中身のあるものになりますように。
 願わくは、終わることのないように。
 彼女は頷いて、微笑んだ。

コメント(4)

面白かったです。
こういうもどかしい感情、わかるなあ、と思って感情移入できました。
優しい作品ですね〜

もしよかったら、ショートショートばとるを開催するので、一緒に遊びませんか?
http://mixi.jp/view_community.pl?id=6136917
>たかーきさん
感想ありがとうございます! カップルがふたりで本を読んでるイメージがふと浮かんで、ばばーっと書きました。もどかしい感じ、誰でもしたことありますよねえ。

>チキン・ケニーオ♂さん
感想ありがとうございます。
せっかくのお誘いありがたいのですが、小説に優劣をつけるのがあまり好きではありませんで。ご遠慮したいと思います。

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