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意味不明小説(ショートショート)コミュのくしゃみのメカニズムについて

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太陽を見るとくしゃみが出るのは、光にたいして反応する神経が、鼻水を出す神経細胞にまで届いているから、というようなことを、以前どこかで聞いた気がする。
しかし、なぜ、光を見るという刺激に対して、くしゃみが出るのか、人間の先祖は、そういうことをする必要があったのか。
太陽を見たときにくしゃみをすることが個体が生き残るうえで有意味だったのか、あるいはこれは意図せざる神経の誤作動なのか、どちらなのかは分かっていない、ということだったと思う。
今の日本で生活をするにあたって、太陽を見たときにくしゃみが出たからといって、なんら得をすることはないし、かといって、すごく不便だ、ということもない。
たんに変な、としか言いようのない現象であるが、そういう変なことが、メカニズムとして人間の体に備わっているというのだ。
たしかにその日、私は太陽を見た。
三月の決算時には無限に湧き出した雑務も、すでに遠い昔のことのように感じられ、どろりとした眠気とともに一日が始まってはまた終わる、そんな日々のさなか、事務所の窓からぼんやりと外を眺めていたら、街路に植えられた桜の木と木のあいだを、シオカラトンボが飛んでいるのが見えた。
私の勤め先の事務所は、ビルの立ち並ぶオフィス街の真ん中にあって、およそトンボが飛ぶには似つかわしくないのだし、そもそもこんな春先にトンボが飛んでいるというのも、おかしなことだ。
しかし、たしかにトンボなのだ。
一瞬、精巧にできたラジコンか何かなのだろうかとも思ったのだが、どうもそんな感じではなく、やはり生きた昆虫としか見えない。
小刻みに羽をふるわせながら、ジグザグに宙を飛んでいく様子を目で追っていると、不意にトンボが高度をあげた。
つられて首をもちあげると、その先に、南中の時刻をむかえて、燦々と光を放つ、真っ白な太陽があり、すぐに例の反射が起こった。
大きなくしゃみが出て、視界ががくがく揺れた。
慌ててポケットからパチンコ屋のくれたポケットティッシュを取り出して、鼻をこすりながら窓の外に目をやったのだけど、もうトンボはどこかに行ってしまっていた。
家に帰ってから、そのことを妻に話したのだが、あまり興味をもった様子もなかった。
「こんな都会にトンボなんかいるはずないよ、ラジコンのヘリコプターを見間違えたのよ」
と、昼間に私が抱いた疑いをそのまま口にしながら、部屋干ししていたバスタオルを畳んでいた。
共働きなので、洗濯物は出勤前に部屋に干していくのだ。
妻はバスタオルを三つ折に畳む。
ホテルのバスタオルと同じ畳み方である。
ずっと前は私がバスタオルを畳む係だったのだけど、私はどういうわけか、三つ折が苦手で、普通に半分に折っていたら、業を煮やした妻に職を解かれた。
バスタオルは三つ折に限る、それがポリシーなのだ。
現在、妻は私にバスタオルを畳ませてはくれない。
妻の畳んだバスタオルを一枚もらって、浴室へと向かい、磨りガラスの戸をひくと、狭い浴室にはむっとした湿気がたちこめていて、視界の僅か先、壁に備えられたシャワーのノズルの上に、昼間見た銀色のシオカラトンボが羽を休めている。
あっと思った。
昼間の街路の中のトンボというのも変なのだが、自宅の浴室にトンボがいるというのは、思いもよらぬことであって、なんだかこれは、自分の脳みそが猫だましを食らったみたいに立ち止まってしまっているなと、自分の脳みそのことを考えるとき、その脳みそを外側から見ているもうひとつの脳みそがあるんじゃないか、では、その外側の脳みそについて考えているのは、さらにその外側にある脳みそなんじゃないかと考えられ、さらにはまたより外側の脳みそが現れる。
これは無限に続く入れ子なのだった。
たちまち狭い浴室は私のたくさんの脳みそでいっぱいになり、タイルに圧迫されてぎゅうぎゅう言っている。
私の身体も脳みそにぎゅうぎゅう押されて身動きが取れないのだ。
行き所のなくなった脳みそが、シャワーノズルへとずるずると伸びていき、ではトンボは、と、目線を向かわせると、いままさに羽ばたいたところ。
器用にも脳みその皺と皺のあいだを縫うように飛び、それを追っていた私の目はやがて、天井にそなえられた白熱灯へと向かう。
それは真っ白な太陽のようだった。
大きさはぜんぜん異なっているが、この狭い浴室のなかでは、白熱灯はまさに南中した太陽のように燦然と燃えている。
私の中の、鼻水を出す神経細胞がにわかにふるえはじめるのを感じる。
浴室の太陽の光を瞳いっぱいに受け止めながら、私の口からは大きなくしゃみが発せられる。
くしゃみの風圧にさらされて、ぱちんぱちんと弾け飛ぶ脳みそども。
その様子を最後まで見届けることなく、ゆっくりと瞼が下りてくる、闇がはじまる。

・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・

気を失っていたのだ。
そう気づいたのは、目の前の景色がアメーバみたいにゆっくりと広がって、元通りの景色を成していく、その途中のことだ。
私は脱衣所に倒れているらしく、また、私の傍らには妻がいる、心配して様子を伺っている。
「こんなところに寝転がって、びっくりしたわよ」
耳が完全に覚醒していず、妻の声は滲んだ墨汁のようだ。
私は妻に返答すべく、肺から喉に空気を送る。
うまく言葉がしゃべれているかは、あまりよく解らなかった。
自分が何をしゃべっているか、朦朧としてよく解らなかったのだが、何かが妻の耳に届いていることだけは確かなようで、妻はまた言葉を発する。
「トンボ、窓から出ていっちゃったよ」

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