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意味不明小説(ショートショート)コミュの彼女たちに ?

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『暴食』





「ことり」という自分の名前が嫌いだった。
私には空を飛ぶ為の翼なんてないから。
血を吸う為の牙ならあるのに。

物心がついた時には、私は既に吸血鬼だった。
吸血鬼というのは文字通り、『血』を『吸』う『鬼』のことだ。
最近では吸血衝動の発作が現われる回数も減ったが、一時期は血が欲しくて仕方がないことがあった。
別に自分が吸血鬼であることを厭だと思ったことはない。日差しを浴びたら駄目だとか、ニンニクが弱点だとかよく聞くのだけれど、全然そんなことはない。
まあ、暑いのは厭だし、ニンニクは臭いけれど、それは私が吸血鬼じゃなくても同じことを思っただろう。吸血鬼なのに、私には翼がなかった。手下の蝙蝠もいない。昔、先輩吸血鬼に出会った時に圧倒されたのを覚えている。
まさに吸血鬼と呼ぶに相応しい姿で、自分が同じ吸血鬼であることを恥ずかしく思った。
漆黒の両翼と、周囲を飛び交う黒い蝙蝠の大群。
そのどちらも私にはなかった。
それでも、私は吸血鬼だった。吸血鬼の血が流れているのだから。
こんな落ちこぼれでも、吸血鬼なのだった。
だから、私は自分の名前が嫌いだった。
「ことり」なんて可愛らしさは、私にはない。私は吸血鬼だからね。

吸血鬼の私が人間の学校に通っているというのも、見方によっては可笑しな話だ。
でも、それには色々と事情があるのだ。
最近では吸血鬼と人間との混血が珍しくなくなっているのが一つの原因だ。
要は仲良くやっていきましょう、ということらしい。
別に人間を嫌いではないから、良いのだけれど。中には人間嫌いの吸血鬼もいる。人間をただの餌としか見ていないのだ。
そんな考えは間違っている。
私たちは確かに人間の血を吸うけれど、吸わせて貰っている、という考えの方がしっくりくる。
多分、それが仲良くやっていく、ということなんだと思う。

でも、残念なことにこの頃発作の兆候が見え出した。
まずい、と自分でも思う。
本当はもう誰の血も吸いたくなどない。
血を吸うといっても加減をするから死ぬことはないし、前後の記憶が少しだけ曖昧になるくらいだったから、人間とは上手く共存出来ているのだ。
それでも、誰かの吸うなんてことはしたくなかった。
だけど。
だけど、渇く。
渇いている。
身体の奥底が渇いている。
渇望している。
あの甘美な、匂いと味。
欲している。
血が、血が欲しい。
赤い、紅い、朱い、赫い、血を。
それもこれも、あの子の所為だ。あの子を見ると、私は――

「長谷川さん、大丈夫?」

そう、この子。私に話しかけてきた、クラスの腫れ物である上城光という少女だ。

「え、えっと、大丈夫だよー」

そう笑顔で返すと、彼女ははにかんで俯いた。

「なら良いのだけど……その、長谷川さん、何か辛そうだったから」

普段からぼーっとしていて何を考えているか解らない子だったけれど、やっぱり何を考えているのか解らない。
黒い髪は肩にかかるか、かからないかといった具合に切り揃えられていて、白い首筋が良く見える。ごくり、と無意識に生唾を飲み込む。
血を吸いたい……
あの淡い雪で出来た様な首筋に齧り付いて、血を吸い尽くしたい。

「有難う、上城さん。でも、本当に大丈夫だよ、ちょいと考え事していてね」

言葉を紡いでいる最中も、首筋から目が離せない。
吸血衝動と、それを必死に止めようとする心が鬩ぎ合う。苦しい。
でもきっと友達の血を吸うことは、最も苦しいことだから。
目の前の上城さんの心配そうに揺れる顔が、妙に印象に残った。

血を吸わなくても、私たちは人間でいう食事からの栄養摂取が可能だ。
これも混血のお陰だ。
純血の吸血鬼は血がないと生きていけないから。
混血よりも純血の方が優れている、という見方もあるらしいけれど、私からすれば純血なんて不便なだけだ。美味しいプリンを食べたって栄養を取ることは出来ないのだから。だから食べることに意味を見出だせずに、食べなくなってしまうらしい。まあ、勿論太ることもないんだろうけれど……
ともあれ、私たち混血は血を吸わなくても生きてはいける。ただ時折、吸血衝動に襲われる。普通は血を吸えば解決するのだが、私の場合はその吸血行為そのものをしたくはないのだから困ったものなのだ。
数学の授業中に先生に指され、黒板に出て問題を解こうとした時だった。
席を立ち上がった瞬間、強烈な眩暈に襲われた。ぐらっと視界が揺れて、足に力が入らない。
騒然とする教室。先生が飛んできて、慌てて私を抱きかかえた。

「……だ、大丈夫、です」

たったこれだけの言葉を発するのにも苦労した。呼吸がし難い。
ふと先生の首筋が目に飛び込んできて、吸血衝動が蘇る。
きっと今まで抑えてきた分の反動だ。身体に力が入らない。
保健委員の戸塚亜月が保健室まで付き添ってくれることになった。
いつも通る廊下が、ひどく長く感じた。

「ごめんね、亜月。もう良いよ、自分で歩けるから」

階段をひとつ降りた時にそう言ってみたけれど、一蹴された。

「何言ってるのよ。まだ顔色だって悪いじゃない」

いつもクールで他人のことなんてあまり気にしていなさそうに見えたけれど、その認識は改めるべきかも。なんだかいつもの数倍優しく見えたのだ。

「ありがと」

「一応、保健委員だからね」

触れ合う肩から、彼女のぬくもりを感じる。歩く度に揺れるウェーブがかかった髪が綺麗だ。
長い髪の隙間から、白い首筋が見える。そこには青白い血管がうっすらと見えていて、なるべく見ないようにした。
授業中の為か、廊下は静かなものだ。
今なら血を吸っても誰にもばれないだろう。亜月も少し記憶と血を失うだけで済む。そして、私の体調も回復する。良いこと尽くめだ。
なんだけれど。
歯を食いしばって堪えた。
額に汗が滲む。
呼吸が荒い。

「もう少しだから頑張りなさいよ」

励ましてくれる言葉に応える様に、吸血衝動を抑えた。今ここで血を吸うことは、亜月を裏切ることになってしまう。
だから、絶対に吸いたくはない。
私の身体は血を吸わなくても生きていける身体なんだから。
だから。
そこまで考えて。
意識はぶっつり途切れた。


目を覚ますと、保健室の清潔なベッドに横になっていた。
薬品の独特な匂いがする。
ぼやけた視界には、隣の椅子に腰掛けて雑誌を読む戸塚亜月の姿。
私、どうしちゃったんだろう。
きっと倒れたんだろうな。
働かない頭で、ぼんやりと思った。

「目が覚めた、琴理?」

彼女は読んでいた雑誌を閉じると、私の瞳を覗き込んで尋ねた。
私が寝ている間、ずっとここにいて呉れたのだろうか。

「いきなり倒れたから吃驚した」

ごめん、と胸中で謝る。

「ただの寝不足って、先生は言っていたけど……私、心配したんだよ」

亜月の声が妙だと思ったら、彼女は目にいっぱい涙を浮かべていた。
がばっと抱きしめられる。

「心配、したんだから……」

シャンプーの良い匂いが、鼻を掠める。薬品の匂いが薄れて、彼女の存在を確かめられた。
亜月は本当に優しいんだな、とぼんやり思った。
そんなこを思いながらも、もう限界だった。
抱きすくめられた私の口元には、彼女の白い白い首があったのだから。

「ごめん、亜月」

呟くが早いか、彼女の血管に牙を突き立てる。
亜月は小さく呻き、気を失ったみたいだった。
それで良い。私のこんな姿なんて、誰にも見せたくないから。
何も考えられずにただただ、血を吸うという行為に没頭する。
口の中に彼女の血が溢れる。そして、広がる甘美な味。赤い血を一心に嚥下していく。
これが、亜月の血。
大切な友達の、血。
私の求めていたもの。
幸福感に包まれているのも、僅か数秒。早く牙を離さないと亜月が危ない。
名残惜しいけれど口を離す。綺麗に舌で血を舐め取ったけれど、うっすらと残った二点の牙の噛み痕が痛々しかった。
ごめん、と呟いたけど、彼女には聞こえる筈がない。
私の代わりに亜月をベッドに寝かせた。
何て言うんだっけ、こういうの。ミイラ取りがミイラになる、だったかな。ちょっと違うかな。
亜月の顔色が少し悪い。血が足りないのだろう。
それでも、たいていはすぐに目を覚ますから、それまで待つことにした。
亜月が眠りについてしまった、上手い理由を考えながら。


あれから半年が経って、私は中学二年生になった。
中だるみの年、なんて言われているから、授業についていける様に沢山勉強しなくてはならないだろう。
クラス替えの結果、私は亜月と上城光と同じクラスになった。
かつて血を吸った人と、血を吸いたかった人。
亜月はあのあと、特に後遺症もなくいつも通りの学校生活を送っていた。いつも通りクール、という意味だ。あの時の優しさはそれ以来発揮されることはなかった。
上城光もいつも通りにのほほんと過ごしていた。ただ、周囲の視線はあまり良くなかった。何故だかは解らない。陰気な性格なのは見ていて解ったけれど、取り立てて騒ぎ立てることでもないと思う。
なんにせよ、変わりのない日常を送っていたわけだ。
周りのみんなは。
私はというと、また吸血衝動に見舞われていた。
厭だ。
如何して。
如何しよう。
血が欲しくて堪らない。
一度味わってしまった快楽は、多少のことで忘れられるものではない。
でも、また亜月の血を吸うわけにはいかない。
私をあんなにも心配して呉れたのに。友達だったのに。
それを私は裏切ってしまった。
今度はこの身体がどうなったって良い。
絶対に彼女から血を吸わない。そう決めていた。

「琴理、帰ろう」

放課後は亜月と一緒に帰ることが多かった。
上城光は顔見知り程度だったから、一緒に帰るということはなかった。彼女はいつも誰と帰っているのだろうか。確か一年生の頃は、私の友達の成本朝美とよく帰っていたけれど。今は知らない。
夕日に染まる廊下を歩く。昔、亜月に付き添って貰って歩いた廊下。
私の正体を知らない彼女の横顔は、沈み行く太陽に照らされて赤く染め上がっていた。
赤は血の色。
ごくりと唾を飲み込む。
いっそ自分の正体を話してしまえば良いんじゃないか、と考えた時もあった。
でも、もし嫌われたら?
はっきりと拒絶されたら?
私はきっとそれに耐えられない。
我慢をするのは、辛い想いをするのは、私一人で十分だ。
人間じゃない、吸血鬼の私が。

「どうしたの、亜月。急に立ち止まって」

亜月が歩みを止めて、遠くに視線を向けていた。
そこには上城光の姿があった。ドクンと心臓が鳴る。
頭に浮かぶのは血のことばかり。厭だ。
彼女の横を歩いているのは、転校生の神代さんだ。下の名前は忘れてしまった。漢字一文字だった気がするけれど、知らない読み方だったから。
二人は仲良さそうに並んで歩いていて、まるで昔からの知り合いの様に見えた。
そんな上城さんが羨ましかった。
私は亜月とは一年以上も友達をやっているけれど、まだ本音で話すことが出来ない。
今まで誰かに秘密を伝えられたことなんてなかったけれど。
亜月になら、全て教えても良いかもな、と思った。
否、知っておいて欲しいのかも知れない。
本当に相手を思う、という行為はきっとひどく難しくて、勇気が要ることなんだ。
言いたいことも言えない関係は友達なんて呼べない。誰かがそんなことを言っていた。ただの綺麗事だと思う。
でも、少しくらい勇気を出したって、罰は当たらないとも思う。
亜月なら……たとえ解って呉れなくても、今までどおりに接してくれる気がした。
だけど、遠くの二人をじっと見つめる亜月にはなかなか言い出せなかった。
言い出せない雰囲気だったから。

翌日、私は倒れた。
給食の準備中だった。食器が入った重い容器を運んでいる時に、身体の力が急に抜けた。
ああ、まただ。
またやってしまった。
そう考えるのが精一杯で、自分がこれからどうなるのかなんて考えられなかった。

目が覚めた。
カーテンの隙間からは夕日が差し込んでいる。
保健室にいることはすぐに解った。あの薬品臭いベッドに横になっているということも。
沈む太陽の眩しさに目を細めていると、亜月がやって来た。また彼女に迷惑をかけてしまった。

「良かった!起きたのね、琴理」

綺麗な笑顔だった。申し訳ない気持ちと、彼女の血を吸わなくて良かったと思う気持ち。どちらも同じくらいあった。
先生を呼んでくる、と言って彼女は急いで部屋から出て行った。
彼女には悪いけれど、亜月が帰ってくる前に保健室から逃げなくては。
きっともう限界だから。
これ以上、亜月の傍にいると血を吸いたくて堪らなくなる。
血を吸わなければ私は如何なってしまうのか、全く見当もつかないけれど。
でも、あの笑顔を壊すよりはマシだ。
亜月の血を吸うなんてもう厭だ。
厭なんだ。
そんなの厭。
力が上手く入らない身体を引きずる様にして昇降口を目指す。
息がし難くて、酸素が恋しい。
汗が次々に出て、気分が悪い。
壁伝いに進み、やっとの思いで昇降口が見えた時、後ろから声がした。

「何処行くの、琴理っ!」

亜月だ。
振り向かなくても声で解る。大切な人の声。
振り向いたら駄目だ。
自分を保てなくなってしまうだろうから。

震える足を叱咤して、勢い良く走り出す。
逃げ出すみたいに。
足がもつれる。右足と左足が、まるで自分のものではなくなってしまった様な。
こんな時、翼があれば楽なんだろうな。夕焼けに染まる空にふわっと舞い上がり、全てから逃げ出せるのだから。
昇降口を過ぎ、夕暮れの空の下を走る。上履きのまま、必死に走る。
背後で、亜月の足音が聞こえる。
厭。
来ないで。
来ちゃ駄目だよ、亜月。
腕をいっぱいに動かして、出鱈目なフォームで当てもなく走った。
無意識に校舎裏を目指していた。
あそこは人もいなくて、静かで良い場所だから。
今は誰にも逢いたくない。
頬に当たる風に、力任せに突っ込む。翼なんかなくても、私は二本の足で走るしかない。走っても走っても、現実からは抜け出せないけれど。

もう少しで校舎裏に着くという時、周囲から悲鳴が聞こえた。
一体何が起こったのだろう。
足を止めて辺りを見回して、驚いた。
一瞬、真っ赤な薔薇が咲いているのかと思った。
美しい薔薇色。
それは血だった。
上城光の血。
私の目の前に、上城光が倒れていた。
なんとなく飛び降り自殺が頭に浮かび、上を見上げると屋上に転校生が見えた。
転校生の神代さんは、ぼろぼろと大粒の涙を零している。
それはまるで雨の様に地上に降り注いでいた。
彼女の涙が、私の頬にぶつかって弾けた。

上城さんの身体は真っ赤に染まって横たわったまま動かない。異常に赤い血をぶちまけて。
きっとそれは夕日の所為だ。
立ち込める血の匂いが、私を私でなくさせる。
亜月の血を吸った時のことが脳裏に浮かぶ。
あの時の味と幸福感。
そして、上城光は亜月とは違う、かつて吸いたかった血。
それが目の前にある。
上城さんの血は、じわじわとその面積を広げ、私の上履きに当たって赤い染みを作った。
限界だ。そう思った。
一歩、足を踏み出すとぴしゃっという音が聞こえた。
さっきまでふらふらだった足が、今は力強い。
もう何も考えられない。
血溜まりに沈む彼女の姿ももはや目には入らない。
本能のままに、吸血鬼の血に従う様に、私は地面を這う血に手を伸ばした。
指先に触れた上城さんの血はひどくぬるかった。
無理だ。
スプーンもフォークも使えない幼児みたいに、私は自分の両手にべっとり付いた血を舐め取っていく。
結局、無理だった。
口の中が上城光の血で侵されていく。
私が壊れていく。
喉の奥を大量の血が通る。
厭だ。
食道を通過して、胃に溜まっていく感覚。
止まらない。
厭なのに。
止めたいのに。
壊れたのだ、私は。
口内に溢れる、私の求めていた血の味。それはひどく罪の味がした。
一心不乱に砂利混じりの血液を舐めていると、後ろから誰かに羽交い絞めにされ、血溜まりから引き剥がされた。
風に揺れるウェーブの黒髪で、すぐに亜月だと解った。

「琴理、琴理!あんた、なにやってるのよ!?」

「離して、離してよっ!!」

必死に抵抗しても、亜月の腕は完璧に私の身体をロックしていて、どうにも離れなかった。
彼女の顔を見るのが辛い。厭だ。
きっと今の私はひどく醜いに違いない。
口の周りは当然のこと、手や制服は沢山の血でべとべとだろう。
亜月の目にはただ、食欲に負けた醜悪な吸血鬼の姿が映っている筈だから。

「……亜月」

彼女から逃れることは諦めた。今の私じゃ多分、無理だから。

「私、如何すれば良いんだろう……こんな身体、厭だよ……」

気がついたら目からはぼろぼろと涙が零れ落ちていて。
心の奥底から必死に抑えていた感情が、決壊したダムから水が勢い良く流れ出るようにして、溢れて弾けた。
亜月は押さえていた腕を放して呉れた。

「如何してだろうね……いっぱい、いっぱい我慢したのに……結局、私は駄目な子なんだよね……ごめんね、亜月ぃ……ごめんね…………」

遠くで救急車の音が聞こえる。
きっと上城さんの為のサイレンだ。

「私ね……吸血鬼なの……人間じゃないの」

言った。
言ってしまった。
亜月は如何思うかな。
嫌うだろうか。

「うん。そっか」

彼女の返事は短かった。拒絶でも許容でもない。でも、私の言葉を受け止めてくれた返事。

「半年前にもね、血を吸ったの……亜月の、血を……こんな私じゃ、友達失格だよね……」

俯くと、ぼたぼたと洪水の様に涙が溢れてきた。
私たちは色んなものを流す。血と涙。色も形も違うけれど、きっと何処かで繋がっている。
一気に想いの丈を言い放って、肩で息をする私を亜月はそっと抱きしめた。
もう抵抗する力は残っていなかった。
囁くみたいに、歌うみたいに、彼女は告げた。

「琴理が何者かなんて、関係ないよ……吸血鬼でも、私の血を吸ってもさ……それでも琴理は、私の友達でしょ?それだけで十分だもの」

その言葉を聴いたら、また涙が出た。
嗚咽と共に、私の口に残っていた上城光の血が零れていく。
こんなに泣いたのは久しぶりだ。
亜月は優しく、強く私を抱きしめて呉れている。
背中に回された腕から伝わる温度は、前に保健室に一緒に行った時のぬくもりに似ていた。
亜月の胸に顔を押し当てて、大声で泣いた。
嬉しいのに、涙が止まらなかった。
上城さんの死と、亜月の優しさと、自分の未来。
色んなことが頭の中を駆け巡る。
こんな時、翼があったらどんなに便利だろうか。
亜月を連れて真っ赤な空を渡って、何処か遠い国で暮らすんだ。
それはとても良い考えだったけれど、不可能ということもすぐに解った。私だってもう子供じゃない。そんなこと、出来っこない。
翼の代わりに、この細い二本の足で生きていかなくてはいけないんだ。
それはきっと、人間も同じことなんだろう。
翼のない吸血鬼と、人間。
違うのは血を吸うことだけ。
なんだ、初めから私たちは似ていたんだ。

そうやって、吸血鬼と人間の境界線を曖昧にして生きていくのも悪くない。
亜月が傍にいる。いて呉れる。それだけは確かだったから。
でも、今だけは夢を見ていたい。
救急車の真っ赤なサイレンが現実を染め上げるまでの、短い時間で良いから。
幻想の中に、翼の生えた私と、必死に私の手につかまる亜月の姿が見えた。楽しそうに、空を飛んでいる。
私の手は血に濡れてなんかいなくて、綺麗なものだった。
それは幻想。
絶対に叶わない、私の淡い淡い夢。

やっぱり、私は「ことり」という自分の名前が嫌いだ。
私には空を飛ぶ為の翼なんてないから。
血を吸う為の牙ならあるのに。
それに私は、小鳥じゃない。吸血鬼だ。
そして、亜月の友達でもある。

コメント(4)

彼女シリーズ始めて救われた話ですね。救われ、た、よね?
泣いた(T_T)
>たぬき教さん
コメント有難うございます!
個人的に救いのある終わりにしてみたつもりです。
まだもう少し続く予定なので、ゆるりとお付き合いしてやって下さい。
よかった。
ずっと、一緒に。

いつか、私にもそんな人が現れるかしら
>西川とめとさん
コメント有難うございます!
たまにはこういう終わり方も。
ずっと一緒にいることは難しいかも知れませんが、ずっと一緒にいられるように努力することはとても大切なことだと思います。

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