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意味不明小説(ショートショート)コミュの彼女たちに ?

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『怠惰』





天才という存在は実在するのか、と問われれば、私は何も考えずに首を縦に振ることだろう。
それは何故か、と問われれば、私は何も考えずに私が天才だからだと答えることだろう。

如何せん、私は天才だった。
勉強というものが特別好きだった訳ではない。寧ろ、嫌いだったかも知れない。
静かに教師の説明を聴き、チョークがなぞった跡を目で追いながらノートに書き写す。
その行為の何処に楽しみを見出せるのだろうか。
それでもきちんと教師の話は聴いたし、ノートも綺麗に書いた。
ただそれだけしかやっていないのに、テストではいつも満点だった。
どうして百点なんて取れるの?と友人に訊かれた時、一番に驚いたのは私だった。
だって、授業で習ったじゃない。
それが答えだった。
授業で教えて貰ったのだから、出来ない方がおかしい。私はそう思った。
あとで解ったのだけれど、普通は一度聞いたことを一言一句全て憶えていることなんて非常に難しいことらしい。
それがすんなり出来てしまったのだ、私は。

初めの内は周りからちやほやされた。

「えこちゃんはすごいね」

その言葉が嬉しくて。
その言葉が聴きたくて。
私はテストで山の様に満点を取った。
満点を取るのは造作もないことだったけれど、取れた時はやっぱり嬉しかった。
答案用紙の白い空欄が、時間に比例して文字で埋まっていく快感。
鉛筆の先が減れば減るほど、私は得意になった。


いつからだったのかは憶えていない。
気がついたら周りの視線が、羨望から嫉妬に変わっていた。
小学校の高学年になると完璧に私の存在は浮いていた。
いつもテストで満点、しかも特にこれといった勉強をしている訳でもない。
天才。
ちやほやと持て囃された頃によく投げかけられた言葉だ。
この二文字が私にとってはただの荷物でしかなかった。
なんて理不尽な言葉だろう。
私は普通でいたかったのに。
普通に勉強をして、
普通に宿題をするのに手こずって、
普通に授業で指されて答えられず、
普通にテストで平均点ギリギリの点数を取り、
普通にみんなと同じ場所に立っていたかった。
みんなと同じ視点でいたかったの。ただそれだけ。

だから私は天才を辞めた。
テストで満点を取れるということは、裏を返せば零点も取れるということだ。
自分の解答が合っていると解るなら、敢えて間違った解答を書くことも可能な訳だ。
その考えに気づいた時から、テストの点数を操作してきた。
急に低くなるとばれてしまうかも知れなかったので、ゆっくり下げていくことにした。
平均点を少し上回る位の点数に落ち着いたのは、中学校に上がる直前だったと思う。
その頃には、周りの視線もだいぶ落ち着いていた。

これは私が辞めた天才の一部分だ。
運動、芸術、はたまた人間関係においても、私は天才を辞めた。

普段からやる気を出さずに、周りの事態にも無関心を貫くことで、私はやっと普通の人間になれた。
だから、天才という存在は実在するのか、と問われれば、私は何も考えずに首を縦に振ることだろう。
だけどこうも言うだろう。
天才という存在は実在したが今はもういないよ、と。


「白鳥さん、起きなさい白鳥さん。授業中ですよ」

教師のその言葉に、突っ伏していた顔を上げる。
その時は午前中最後の授業の歴史の時間。
教師から注意を受けた私に、教室のそこかしこからクスクスという笑い声が洩れる。
別に寝ていた訳ではない。
授業の内容は数日前に教科書を読んで知っていたので、特に聞くこともないなと思い机に突っ伏して昔のことを思い出していたのだ。

「すみません」

目を軽く擦りながらそう答えると、これから気をつけなさいね、と教師は言って板書を再開した。
また注意されたくはないので、ぼーっと黒板がチョークの粉に埋め尽くされるのを眺める。
白いチョークががりがり削れる。
忙しく動く、教師の手。
それを目で追ってみる。
漢字の書き順が違う。
また間違えている。
あ、今度は年号を書き間違えた。
なんで誰も指摘しないのだろう。
教科書を見れば書いてあるのに。黒板に書かれた数字とは全然違うのに。
昔の私なら、ここで勢いよく手を挙げてその間違いを正したことだろう。
それはきっと他の生徒の学習にとっても良いことなのでやるべきことではあるのだけれど、どうにも気が進まない。
天才を辞めた日から、何にもやる気が起こらなくなってしまった。
やる気を起こしてはいけない、と常に思っていたからいつの間にかやる気の出し方を忘れたのだろう。
誰か訂正しないかなぁ……
そんなことを考えていたら、授業終了のチャイムが鳴った。
結局、教師は自分の間違いに気づかずに授業を終わりにしてしまい、教室を出て行った。
きっとみんなの歴史のノートには、間違った年号が書かれていることだろう。

歴史って何だろう。
1192年が1129年になったからといって、現在を生きる私たちは全く困らない。
徳川家康が聖徳太子と握手をしていたとして、別に私たちの生活がどうなる訳でもない。
真実ってのは、ふとした書き間違いで塗り替えられてしまう。薄っぺらい紙みたいな真実は、一体どれほどの価値があるのだろう。
風が吹いたら表と裏がひっくり返って、最後にはどちらが『表』なのか判らなくなってしまうのかも。
そんな下らないことを真面目に考えている自分が、なんだか可笑しかった。別に笑えなかったけれど。

給食係の人が忙しく動き回って、給食の準備をしている。
給食係ではない私はぼーっと自分の机に座ったまま。
段取りの悪い係の人たちだと、給食の開始が遅れることがある。そいうのを見ると、何やっているんだろうな、と思う。私ならもっと上手くやるのに。
勿論、自分が当番の時でも率先して行うなんてことはしないけれど。
天才を辞めると決めたから。
怠惰に生きると決めたから。

この県立泉ヶ丘中学校では、給食は中の良い者同士が集まって食べる。仲の良い子達と食べる給食を、私は密かに楽しみにしていた。
ガタガタと机をくっつけて、みんなで集まって、いただきますの合図でご飯を食べる普通の光景。これが私の求めていたものだったから。だから、すごく幸せ。
でも最近、クラスの雰囲気が悪い。
同じクラスの上城光という女の子が、周りからあまり良く思われていないようだった。
他人がどう思われようが知ったことではない。
きっと私がひょいと頑張ってみれば、人間関係の不和なんてすぐに解決出来るだろう。
でも、しない。
やる気が起きないし、そんなことをして注目されるのも厭だったから。
上城さんには申し訳ないけれど、私はもう無関心に生きると決めたの。
ごめんね、と心の中で彼女に呟いてみた。
きっと伝わらない。
心の中で思ったって、空気を震わすことなんて出来やしない。
だから、きっと伝わらない。届かない。
私がまだ天才だったら、伝わったのかな。
そんなことを思った。


二年生に上がる時にクラス替えが行われる。
私は一年生の頃の仲良しグループのみんなとは別々のクラスになってしまった。
新しいクラスで最初に気がついたのは、あの上城光が同じクラスだったことだ。
時が経っても、上城さんに対する周りの評判は悪いようだった。
私が直接その噂を聞くことはなかった。勿論、それは日々の努力の賜物だ。面倒なことには極力関わらない。関わりたくない。
なるべく普通でいたいのだから。

クラス全員の自己紹介が終わったあと、担任から転校生の紹介があった。
名前は神代闇。カミシロ アンと読むらしい。
すごい名前だ。
彼女の席は上城さんの前。だから席が一つ空いていたのか。
アンという少女は、上城さんに似ていた。外見は少し、雰囲気は異常なくらいに。
私は勘が鋭い。
その人たちがどういう関係なのか。この人は今何を考えているのか。そんなことがぼんやりと解る。そして、それはかなりの確率で正解しているのだ。
だから、人を怒らせることなんてなかった。
でも、嘘をつかれると一発で見抜けてしまうのが辛かった。人間って恐いなぁ、って思ったけれど、自分だって色んなものを押し込んでいるのだから、お互い様だ。
やっぱり人間って恐いあなぁ。

アンは上城さんとよく行動を共にしていた。
上城さんには私の友人でもある、成本朝美という小学校からの親友がいるのだけれど、クラスが違ってからは一緒にいるところを全く見ない。
成本さんも一年の途中くらいから様子がおかしかった。
友人たちにはそれとなく彼女の異変について言及したのだけれど、結局、成本さんが最後まで自分で抱えているみたい。うやむやのままのクラス替えだった。
まあ、そんなことを言い出したらきりがない。
みんな何かを心の奥に隠している。
「EVERYBODY HAS THE DEVIL ON THE INSIDE」という曲を前に聴いたけれど、誰が歌っていたのだっけ。
なんにせよ、誰かの隠したい部分を全て解ってしまうのが厭だった。
アンという少女はまだ解らない。
転校生は普通、周りからちやほやされるものだけれど、時間が経てば次第に収まるものだ。
だから、神代さんは上城さんと静かに、目立たないように一緒にいた。
一方、上城さんは相当参っているみたいだった。恐らく、周りの視線に気づき始めている。
もともと内気な性格なのだろうけれど、それが拍車をかけているのだ。
そこまで解っていて、何も出来ない自分は何なのだろう。
否、正確には何も出来ないのではない。
何でも出来るけれど、やらないだけだ。
最悪だ。
でも、私は……

「あ、あの……」

横に転校生が立っていた。
真っ黒な髪は、彼女の闇という名前に合っていて、少し羨ましい。
考え事をしていたら、ついうとうとしていたらしい。
私たちしかいない教室。
いつもより広く感じる。当たり前か。
遠くから野球部のかけ声が聞こえた。
彼女の目を見据えながら答える。

「どうかしたのー?」

椅子に座っているので、どうしても見上げる格好になってしまう。
立ち上がるのも面倒だから良いのだけれど。

「ええっと……その……」

「上城さんのこと?」

「え」

図星だったらしく、転校生は吃驚していた。
それはそうだろう。
普段からごろごろと怠惰に振舞っている子が、全部お見通しという様に自分の考えていることを当てたのだから。

「どうし―――」

「解るよ。貴女を見ていればね」

ああ、何を言っているんだろう。
いつもなら相手が言うまで待つのに。今日はなんだかそれがもどかしくて。早く本題に入りたかった。

「最近の上城さんのことについてでしょう?落ち込んでいる原因は沢山あるだろうけれど、この間の授業で先生に指された時に答えられなかったことが決めてだと思う。あのあと、及川さんたちが上城さんの机のところまで行って何か言っていたからね。まあ、ある程度の見当はつくけれど……それで、貴女はこれから如何したいの?」

一気にそこまで言った。
驚かれるだろう、そう思った。
でも、彼女の反応は全く違った。

「そこまで解っていて、何もしないんですか、貴女は……」

錆びついた鎖をそのまま飲み込んだ時の様な声だった。きっと、彼女の奥底から絞り出した言葉。
ほらね、心の奥で言っているだけじゃ意味ないんだよ。

「貴女は周りの人とは少し違うと思ったから、助けて欲しかった……でも、そこまで解っているんだったら、なんで光を助けてあげないのよ!」

教室に彼女の声が響き渡る。
黒く澄んだ二つの瞳が、私を睨みつける。

なんで助けてあげないのか、か。
そんなの理由は一つだ。
面倒事に首を突っ込むことは辞めたのだ。
あの日、天才を辞めた時に、『私』は死んだのだと思う。
以来、何もやる気が出ないのは、もう私のこの身体の中には『私』がいないからなのだ。
天才は死んだ。

「ねえ、どうしてよ!どうして助けてあげないの!?」

「私だって!」

彼女の叫びに負けないくらい大きい声が出た。自分でも吃驚した。声の大きさと、自分の行動自体に。
椅子から勢い良く立ち上がる。
いつもの私じゃない。
何も考えずに、静かに目立たずに生きていきたかったのに。
心の奥底に溜まっていた言葉が、次々に溢れそうになる。

「私だって、助けてあげたいよ!」

「じゃあ、なんで!」

「だって!」

気づいたら、ぼろぼろと涙を流している自分がいた。
言葉だけじゃない。溜め込んでいたのは涙の形をした感情だったんだ。

「もし、上城さんを助けて、私はそのあと如何すれば良いのよ!きっとみんなからも頼られる。一般人がスーパーマンに頼るみたいに……それでも、また私は誰かに妬まれる!あの頃、そうだった様に!」

圧倒された神代さんは、黙って私の言葉を聴いている。聴いて呉れている。
だから、声が枯れるまで叫んでやろうと思った。

「もうそんなの厭なの!誰かを助けられる力があるのは解ってる!でもその先、私は如何したら良いのよ!?スーパーマンは人を助けるけれど、スーパーマンは誰に助けて貰うの!?」

息が荒い。
涙が止まらない。
俯く私に、神代さんは優しく言った。

「貴女はスーパーマンなんかじゃないわ。私たちと同じ、ただの人間だもの」

「私が……ただの人間……?」

呪縛が解けたみたいだった。
それは一番欲していた言葉。
天才でも、怠け者でもない。
みんなと同じ、ってなんて安心する言葉なんだろう。
さっきよりも沢山の涙が出て驚いた。

「ただ人より少しだけ勘が鋭いってだけでしょう?」

肩までの黒髪が彼女の笑顔と一緒に揺れる。
言葉の一つ一つが優しい。
長い沈黙の後、涙交じりの声で言った。

「……ありがとう……それと、ごめんね。上城さんのこと」

「大丈夫だよ。貴女が協力して呉れれば、きっとなんとかなるもの」

夕日に照らされた彼女の笑顔は、反則級に綺麗だった。
なんだかやる気が出てきた。
きっと私にはみんなを助けるなんてことは出来ない。何でも出来るなんてのは、ただの驕りだ。
でも。
それでも、友人一人助けるくらい、スーパーマンじゃなくたって、出来ることだったんだ。
この転校生は、大切な友人の為に懸命に闘っている。それが簡単な証明。


神代さんに借りたハンカチで涙を拭っていると、教室のドアを開けて上城さんが入ってきた。
充血した目の私を見て、驚いているようだった。
急いで背中の後ろにハンカチを隠したけれど、泣いていたのはばれただろう。
濡れたハンカチは吸い取った涙の重さで、少しだけ重くなっている。それは気がつかないくらいの微小な変化だけれど、一方で私の身体はひどく軽くなっていた。質量保存の法則なんて、嘘かもね。涙は例外ってことかな。

「ど、どうしたの、白鳥さん。目、真っ赤だよ」

慌てた様子の上城光。いつもはおどおどしているけれど、今は違った。本気で心配しているみたい。

「目にゴミが入っちゃったみたいで」

神代さんがすかさずフォローした。あまり上手い言い訳ではなかったけれど。
それでも、上城さんは納得した様で、

「そっかぁ、もう痛くない?」

なんて訊いてくる。
それがなんだかくすぐったくて。
思わず笑ってしまった。
きょとんとしている二人を置いて、私は一人でいつまでも笑った。
瞳の脇に浮かんだ涙を隠す為に。


その日は三人で一緒に帰ることになった。
私と上城さんは家が同じ方向だったから、途中で神代さんとは別れることになった。
別れ際に彼女は、思い出した、と呟いて私に向かって、

「スーパーマンはさ、きっと誰の助けも要らないんだよ。自分でなんとかしちゃうの。だってそれがスーパーマンなんだもの」

笑顔で言って帰って行った。
その後ろ姿が見えなくなった頃、上城さんが首を傾げながら、

「スーパーマン?何の話だろう……知ってる、白鳥さん?」

と訊いてきた。
なるほど、スーパーマンは自分で何とかしてしまう。誰かに頼る必要なんてない。
スーパーマンはそれでこそのスーパーマンなんだ。
私は結局、人間だから。
誰かに頼るしかない。
でも、人間だから、誰かに頼れる。頼っても良い。そしてたまに誰かに頼られる。そういった関係が、私たちなんだ。

「さあねぇ、転校生はそういった映画が好きなのかもよー?」

照れくさかったから、はぐらかしてみた。
そっかぁ、と妙に納得してしまった上城さん。
この子の純真さも、もうちょっとどうにかならないものだろうか。
なんとか人並みに疑う、ということも覚えた方が良い。
それも含めて、これから忙しくなるだろう。
私が頑張って解決できる問題ばかりじゃないだろうけれど、それでもやってやろうという気分になった。

「それじゃあ、私はここで……また、明日ね」

控え目に手を振って別れを告げる上城さんに、何か言おうと思ったけれど上手く言葉が出てこなかった。いつもは心の中に渦を巻くのに。
仕方ないから短くこう言うことにした。

「また明日」

言葉にすれば、空気を震わせて、きちんと伝わるんだ。
伝えたいこと。
伝わって欲しいこと。
伝わらないこと。
伝わって欲しくないこと。
色々あるけれど。
心の中で持て余していては、きっと勿体ないから。

彼女の姿が見えなくなってから、口の中だけでおまじないみたいに呟いてみた。

「また明日」

また明日、逢えると良い。

コメント(3)

またね
また明日ね

また、逢える

例え遠くにいっても
またねと言えば
逢える気がするんだ

早速?があって一気読み

また言ってしまうけど
好きだわ
>ダメバル@アメフラシさん
コメント有難うございます!
もはやショートショートじゃないですけれど……
そう言って貰えて良かったです。

>西川とめとさん
コメント有難うございます!
僕の場合は、心の奥底に溜まっていたものを文字にしただけです。
それでも、この話から何かを感じて戴けたら嬉しいです。

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