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意味不明小説(ショートショート)コミュの空耳

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幼い頃、空耳という言葉を聞いて最初に思ったのは、空にも耳があるのかぁ、といういかにも頭の足らないことだった。
私が空耳という言葉の意味を知るのはそれから数年後のことになるのだが(そこ、遅いとか言わないの)、これは私がまだその意味を知らなかった時の話だ。

私の生まれた家は決して裕福な家庭でなかった為、両親は共働きであった。毎日、夕方を過ぎないと親は帰って来ない。
小学校から帰っても、勿論誰もいない部屋はシンと静まり返っていた。冷蔵庫の唸る音がやけに大きく聞こえて、何度か泣いた。
そんな時だった。
空耳という言葉が、空に耳がついていることなのだと信じていた私は、うっすらと雲のかかる春の空を見上げた。太陽が西に傾き、空全体を淡い橙色に染めていた。

「ねえ、お空さん。お母さんはいつになったら帰ってくるかなぁ……」

橙に染まった空は、何も言わずただただ大きく両腕を広げているだけ。
ポツリとした私の呟きは、天高くまでは届かなかったのだろうか。
もう一言、言葉を紡ごうとした時、玄関の扉が開く音がして母が帰ってきた。

「おかえり、お母さん」

私は笑顔で、空を走る飛行機雲を見つめた。

それから、私は寂しい時や何か困った時には空に話しかけていた。それは家で両親の帰りを待つ時だとか、かくれんぼで自分一人をみんなに置いて帰られた時とか、母に買って貰った熊のキーホルダーを失くして捜し回った時とかだ。
私の声が空の鼓膜を振るわせてくれることだけを願って。
幼い私は、本当にそんなことを考えていた。
空は全てを見ていて、私の言葉を聴いてくれるのだと。

曇天のある日、私は本当に独りになった。
両親が死んだのだ。
二人の乗っていた電車が脱線事故を起こしたのだった。
小学校高学年になっていた私には、その意味がすぐに解った。もう母にも父にも逢えない。
頭ではすぐに理解したけれど、心では理解できなかった。
訃報を電話で受けた私は、力なく窓辺に凭れた。
鍵のかかっていなかった窓はカラカラと音を立てて開いた。
私は裸足のまま庭に出る。
ふと視線を上げると、そこには当たり前の様に空があった。

「お母さんも、お父さんも……死んじゃったんだって」

私の声が虚しく空気に溶ける前に、空からは無数の雨粒が降ってきた。

まるで、私を慰めるみたいに。
まるで、空も悲しむみたいに。
まるで、両親の想いみたいに。

雨はそっと降り注ぎ、私を優しく包み込んだ。


あれから十数年。
長いようで、短い月日が過ぎ去った。
私は毎日、空に向かって話しかけていた。学校であったことや、面白かったこと、料理が出来るようになったこと、高校に受かったこと。それこそ何でも話した。
勿論、空耳の言葉の意味なんて知っている。それでも、私には空に語りかけるのがやめられなかった。
だって、空はいつでも我が物顔でそこに居てくれるから。
それに、空は実際には耳を持っていて、私たちの言葉を聴いているかも知れないから。
それに―――

「それでは、新郎新婦の入場です!」

その声に私は我に返る。隣を見ると、私の夫になる人がにこりと笑いかけてきた。
うん、と頷いて、教会の扉の前で一瞬立ち止まる。
そして、蒼い空を振り返って呟いた。

「行ってくるね、お母さん、お父さん」

ギギッと音を立てて開いた扉を眺める。
彼と一緒に足を一歩踏み出したその時、

「行ってらっしゃい」

私の耳を優しい風が掠めた。
慌てて振り返るけれど、勿論、そこには私の両親なんて居やしない。
これが本当のところの空耳なのだろうな。
冷静に考えてみても、少し涙が出た。

あれから十数年。
長いようで、短い月日が過ぎ去った。
私は毎日、空に向かって話しかけていた。
勿論、空耳の言葉の意味なんて知っている。つまりは幻聴ってことなのだろう。
でも、たまには幻聴ってのも良いものだ。

空耳の言葉の意味を理解しても、私には空に語りかけるのがやめられなかった。
だって、空はいつでも我が物顔でそこに居てくれるから。
それに、空は実際には耳を持っていて、私たちの言葉を聴いているかも知れないから。
それに、

それに空は、天国の一番近くにあるから。

コメント(2)

>メギーさん
コメント有難うございます!
そう言ってもらえるとすごく嬉しいです。

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