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意味不明小説(ショートショート)コミュの憑き篭りの杞憂

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僕は煙草の煙を吐いてため息を吐いた。

「…あのさ…ちょっと、整理させて欲しいんだけど…」

机を挟んで向かいに座るそいつは、
遠慮するそぶりも見せず、その煙に堂々と眉をしかめているように見える。
いや、お前が原因だっつーの。ちょっとは慎めっつーの。
「…はい…」

「まず、さ。根本的な話からしようか。
 お前はさ、ここから出れない、というか、結局、出たくないわけだ」

そいつは一応申し訳ないとは思っているのか、しおらしい表情になりながら漏らす。

「…はい…」

ふぅ、僕はもう一度煙を吐いた。

「…あの、できればその、煙草とかはご遠慮いただけると、その…」
「なんだって?」
「…なんでもないです…」

そりゃあ、越したばかりの、まだ新しい壁紙の匂いが残るこの部屋で、
窓も開けず煙草を吸うってのは、あまりいいことではないけれど。

…というか、せっかくの新居にこんなことが起これば、煙草でも吸わなきゃやってられない。

「…こういうのってさ、普通さ、家賃とか安くなるもんなんじゃないの…」
そいつは何が楽しいのか、何をひけらかしたいのか、急に流暢に話し出した。

「それはですね、なんか法律的には、次の人にしか伝えたりしなくていいそうですよ。
 貴方で、確か4人目ですから、この部屋」
「…1年とちょっとで?」
「…はい」

僕はもう何度目か分からないため息を吐いた。
「…僕も出て行こうかな…」
「や、やめてくださいよ!貴方が、初めてこうやってお話できた方なんですから!」
「そもそもの原因はあんたが変な理由でここに居座ってるからだろ!
 ずっと成仏しないまま!」

半透明のそいつはどうやら顔をうなだれたらしい。押し黙ってしまった。

「…いやさ、僕だって別にそんな偏見ない、って言うと変な言い方になるけどさ、
 目の前にこう、出てこられちゃさ、相談に乗ってやってもいいかなとは、思ってるよ」
「…ありがとう」

怪談なんてものは結局のところ又聞きであって、
見まごうことの無い現実と言うものは、結局、僕の場合、考えを冷静に向かわせて。
驚くほど僕は、その種の恐ろしさと言うものを、感じていなかった。

そんなことよりも、早く落ち着いた新居に暮らしたい、ただそれだけを考えていた。

「…お払いとかじゃ駄目だったんだよな」
「…はい、あの、いわゆる自縛霊という奴では、私はないみたいでして、その」
「…心臓発作かなんかで、別に何を恨むでもなく、割と普通に逝っちゃったんだっけ?」
「…はい」
「…で、隕石?」
「…はい…」

…なんて奴だ、ほんとに。

「で、怖いから嫌なんだ、外に出るの」
「…はい…」

僕の前の3人はお前の方が怖いと思って出て行ったんだぞ、と、僕はとりあえず言わないでおいた。

「…いまさらさ、生きてる人間だって隕石が怖くて外にでられません〜、なんて言ってる奴、いないから。
 つーかあれは故事であって現実にいるとは思わなかったよ…いや、霊もいるとは思ってなかったけどさ…」

全く、なにがなんなのか段々わからなくなってくる。
霊的な怖さなんて、この際どうでもいい。

「いや、考えても見てくださいよ、隕石って、あんまり身近じゃないですけど、
 それは地表面までに燃え尽きちゃうからなんですよ?
 だから、空にもどらなきゃいけない私たちは、もっとリスクがあるんですよ?
 痛みだって一応感じるんですから。…死にはしませんけど。
 ていうか死んでるんですけどね、もう、はは」
「いや面白くないから」
「すみません」

そいつはまたしゅん、とした。

「…仮にさ、万が一にだ。隕石にぶち当たっちゃったとして、そりゃあ痛いのかもしれないけど、
 それくらい我慢できないのか。男だろ?」
「…女です…」
「え」

そいつの…彼女の風貌は文字通りうっすらとしていて、
服装、と言って良いのかわからないけど、とにかく胴体があるべき部分は、
それこそ絵に描いたような、白装束をやわらかくしたような、一枚の布を纏っただけのような格好で、
体の線もはっきりしていなくて、
…僕はてっきり、彼女を男だと思い込んでいた。

それじゃあ、一緒に住むのも悪くないかな、

…なんて、もちろん思いはしなかった。

「どう言ったらいいのか…感じる痛みの強さは、生きてた時とほとんど同じなんですよ、
 基本的には物を透き通るんですけど、それは意識して制御してる感じで、
 気がつかないと物に当たるときは当たるんですね。
 それで、怪我とか、血が出たりする代わりに、傷のところがバラバラになる感じで、
 また元通りになるまで、すごく時間がかかるんです。
 こないだ、ほら、そこのドアのとこでおもいきり小指をぶつけたときも、
 ものすっごく痛くて、私、小指がちぎれてへばりついたドアの前で、
 元に戻るまで半日くらいうずくまってたんですよ?」

ああ、もう、どこから突っ込みを入れていいのか分からない。
とりあえず、僕はそのドアに実に不快な印象を覚えた。

「いや、わかった、大変なのは、わかったけどさ、この際さ、君もう死んでるんだし、
 現世でやることもないんだし、どっか部屋の端っこで細々と見えないように生活、っていうのか、
 生きてないからなんなのか、とにかくいない振りってのはできないわけ?」

「できなくはないのですけど…その…やっぱり、暇で」
「やっぱ引っ越そうかな」
「いや、その、待って下さい。実は、しょっちゅう『上』から、早く来いって命令がくるんですよ」
「それで?」
「あの、なんて言いますか、『上』も、実は現世みたいな社会がありましてその、
 …早く『上』に行って、それなりの仕事をしなきゃいけないんですよ、みんな」
「就職みたいな感じか」
「…はい、それで、私、その、遅れてるもんだから、大分借金みたいなものも溜まってて」
「じゃあなおさら早くいかなきゃ」
「そうなんですけど…その…あの…」

…僕は彼女のその言い回しに、あるいやな直感を得た。

「…あのさ」
「はい」
「…君って、生きてたとき、いくつだったの」
「…24です」
「…そっか、お姉さん、学校は、じゃあ」
「はい、一応卒業しました、すぐそこの大学でしたけど」
「…じゃ、先輩かな。旦那さんとかは」
「いませんでしたね」
「…生活費は?」

彼女は僕の意図に少しずつ気づき始めたようだ。

「…その…親から、仕送りを」
「引き篭もってたの」

僕はこの際一刀両断してあげた。
遠慮する義理も意味もこの種の人(今は人じゃないけど)には皆無だ。

「…はい…」

彼女はか細い声でしくしくと泣き始めた…ように聞こえた。

「そうか…大体分かったよ…いや、わざわざ責めはしないよ、いろいろ仕方ない事だからさ、
 お姉さんが就職できなかった理由とか、知らないけどさ、
 もう死んじゃったんだし、そこは気にする事ないと思うし」

何で僕は人が死んだことを慰めてるんだ、ああ。

彼女は、涙−本当に液体として流れているかどうかはさておき−を拭うと、
少しだけ微笑んだように、落ち着いた声でつぶやいた。

「…ありがとう、優しいんですね」

ああ…なんだろう、この気持ち。

元来憎んでもいい人間…じゃないや、霊魂なのに。少しだけ愛おしく感じてしまう、
同情にも似ている、でも、僕と彼女の共有する世界は文字通り異なってて、
僕はむしろ無責任たるべきだし、彼女をどう断じても、誰も咎めはしないだろう、でも。

僕は消え入りそうに縮こまっている(本当に消え入る事ができたら良いんだろうけど)、彼女を見ながら、
なにか救ってあげられる方法を、いつのまにか考え始めていた。

「…あのさ」
「はい」

彼女は穏やかな表情で僕をみつめている、らしい。
初めてまじまじとその顔立ち(立ってないけど)を見つめてみると、
なるほど確かに彼女は女性らしい、…可愛らしい瞳をしていた。

「…そんなに、見つめないで下さい、なんか初めてで、恥ずかしいです」
「…あ、いや、ごめん…」

…お互い目を机の上に逸らした。
いやいや、待て、相手は霊だ、いや、なに考えてるんだ、僕。

「…で、なんですか」
「…あ、そうそう、えーと、ね。その、『上』って、やっぱり経済活動みたいなものがあるの?」
「はい、大体現世と同じと考えて良いみたいです。通貨があって、物価があって、商売があって。
 って、こないだすぐそばで車に轢かれたお兄さんが言ってました」

…最後の情報はできれば聞きたくなかった。

「…そのお兄さんはさ、じゃあ、『上』から一度戻ってきたんだ」
「はい、なんか、『上』でお金になる仕事をしに来てたみたいです。
 動物の魂を導いてあげたりとか、『上』でも使えるものを持ち帰ったりとか。
 あ、もちろん現世の人の持ち物を勝手に持って上がるのは犯罪ですよ」

持って上がる、という表現が僕はなんだか面白くてすこし吹き出してしまった。

…が、そこで、僕に一つのひらめきが生まれた。

「ということはさ、現世の物を持つことができるんだ」
「あ、はい、持つ、というか、動かす、に近い感覚なんですけど、ほら」

僕の背後で、例のあのドアがひとりでに、ぎいい…と開いた。

「…いや、してみなくていいから。こわいから」
「…すみません」

僕はドアを閉めなおした。…小指をぶつけないよう気をつけながら。

「…いや、でもさ、いい考えがあるよ」
「え」

彼女は、顔を輝かせた。いや、半透明ではあるのだけれど。

彼女の前に座りなおし、僕は僕の思いつきを彼女に伝えた。
「隕鉄って、知ってるかい?」
「隕鉄…?」

「ある独特な鉄の結晶構造をもつ隕石の成分なんだけどね、
 これは地球上には存在しないし、作られもしない。
 何百万年も宇宙を漂うことで、ゆっくりとその結晶構造を形成するんだ」
「へえ…え、隕石の成分、ですか…」
「そう、つまりね、この隕鉄を含む隕石はね、とても高価なんだよ。
 現世じゃあ、それが本当に隕石由来なのか、ただ落ちてた石なのか、
 判別はちょっと難しいんだけど、その点君は空から直接見れるんだから、
 まがい物を掴まされる、じゃないか、掴むことはないんだし、
 地表に落ちる前なら、所有権は紛れもなく君のものだよ」

希望に満ちていくような、彼女の表情が、
初めてはっきりと感じられた。

「だから、隕石を怖がらずに、掴んでごらんよ。
 君たちの物への触れ方は僕らと違うから、飛んでる隕石も動かせるかもしれないだろ?
 そしたら、『上』での借金だって返せるし、
 あるいは悠々自適に暮らせるかもしれないよ」

僕の打開策に、彼女はその半透明の胸を一杯にしているようだった。

「知りませんでした、そうなんですね、そっか…隕鉄、か…うん、
 ありがとう。…ありがとう。…私、がんばれるかもしれません」

ゆっくりと、音もなく、彼女は立ち上がった。足はないけれど。
僕もそれに合わせて、立ち上がった。もちろん足はある。

僕は握手をしようと、右手を差し出した。

机の向こうにいる彼女もそれに答える用に手を上げ、
…机を透き通って、体ごと僕に向かい、
僕の体を抱きしめた。

僕の身体は彼女の白い靄に包まれていた。
どんな圧力もそこには無く、ひんやりとした空気があった。
だけど、彼女の存在を、肌でない所で、僕は確かに感じた。

その表面に沿わせるように、僕も彼女を抱きしめた、ような格好をとった。
彼女を散らせてしまわないように。

「…隕石は、もう、怖くない?」
「…はい」
「…外、出られそう?」
「…はい、貴方に会えて、良かった」

僕の透明ではない胸も一杯になって、彼女の頭を撫でてあげた。

「…あの」
「なんだい」
「一つ、聞いても良いですか?」
「うん」
「その、隕鉄、って、隕石の中でどれくらいよく落ちてくるものなんですか?」
「さあ…地表まで来るのはかなり珍しいらしいけど」

彼女はすうっと、またもや机を通り抜けて僕の対面に座った。

「じゃ、もし隕鉄を拾う前に『上』の人に連れ戻されちゃったらどうしましょう」
「どうしましょうって…そりゃあ、まあ、とりあえずいくしかないんじゃないの」
「困ります。私、いく前に借金あって、手元にもなにもないし、身寄りもないし」

ああ、兄弟とかご両親がご存命って言う意味か、ややこしいな…

「いや、お祖父さんさんとかお祖母さんとかは?」
「駄目なんです、そういうことすると無限につながりができちゃうから、
 身元引き受けしてもらえるのは2親等までって決まりなんですよ」

つまりお祖父さんお祖母さんもみんなご存命なわけね。

「じゃあ…もう、その、なんていうの、職につくしかないんじゃないの?」
「えっと…やっぱり、そうなりますか」
「…あのさ」
「…はい」

彼女は、この会話を始めたその最初の時のように、小さくなってうつむき始めた。

「…今度は、隕石に当たるまで出たくない、って思ってるんじゃあ…」
「…えーと、その」

彼女は立ち上がったままの僕を見上げ、力なく、弱弱しく、笑った。
「…あはは」

「…」

僕はどかっと腰を下ろすと、
何本目かの煙草に火を点けた。

煙を吐くと、彼女はどういう作用でそうなるのか、咳き込んで言う。

「あ、あの、煙草は」
「なんだって?」
「い、いえ、なんでもないです…」


…どうやらこの生活、もう少し長く続きそうだ。

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