意味不明小説(ショートショート)コミュの素敵なウエザー・ブレイク

バターや香草・香辛料と共に、真っ赤な石釜でパリパリに焼かれる夢を抜けると、僕は夏の只中にいる。

部屋の至る所から差し込まれる、歪な形状に型抜かれたゼリーみたいな熱射が、薄い夏掛けを透過し、僕の顔や腹部に悪戯にあてがわれている。

おまけにまとわりつくセルラップみたいな不快感。

カラスにスズメにザワメキ、サイレン、セミの声は分厚く、身体は汗で、涎で、埃で、ベッタリだし、室内には鈍く辛い香りが漂っていて、何だか起床を急かされているみたい――いや確かにその通り！

やにわに手に取った目覚まし時計を放り投げる。

僕は早朝に天気予報を観ることをただ求めている。
その為にわざわざ6時15分なんていう早い時間に起きる習慣を続けているのだ。

さぁテレビをつけよう。
でもその前にテレビのある階下へと降りなければ。


ベッドから起き上がり周囲を見渡すとそこには、砕かれた窓ガラス。

天井はイビツに口を開け、壁は頭を垂れ、インテリアは軒並その役割を放棄し、各々が乱雑に床に横たわっている。

足の踏み場などなさそうだ。

そこで僕は仕方なく新品のスウェード・ブーツを引っ張り出し、少し間をおいてから、それに足をねじ込んだ。


慎重に部屋を抜け、階段のある通路に差し掛かる。

そこにもやはり障害物の陰アリ。

突飛な所から白色の板が横切り、通路を半ば遮断している。

それはセスナの片翼に見えるが、おそらくその通りだろう。

昨夜未明、小型飛行機がこの家に墜落したのだ（パイロットの魂に幸あれ）。


おかげで一階は二階と同様に酷い有様だった。

ゲシュタポの徹底捜査もしくはフーリガンの小競り合いよろしく、いくら控えめに表現したってそれ以上まかりそうにない。

階段にめり込んだ赤いミニクーパーを跨ぎ、朝刊を取りに郵便ポストまで歩く。

いうまでもなく扉は蝶番から手荒く切り離されており、その姿は僕の部屋の家具と同様。

また郵便受けも然り。

地面に投げ出された朝刊を拾い上げ、敷地を取り囲む報道陣と野次馬の喧騒に耳を貸さず、僕は再び家屋へと戻る。

ただ挨拶だけは一介の社会人のマナーとして済ませることにする。

底なしの青天井を見上げてから、
「おはようございます、今日もよい日和ですね」
すると、鳥肌のようにザワメキたつ群集。
「御機嫌好う」


床が水浸しなのはセスナがトイレに突っ込んだせい。

セールの時に買い貯めておいたブルーレットのおかげでしつこい染みがつくことは目に見えている。

ただ、唯一の心の救いといえば車内の両親にそれが飛び火しないことだ。
棺の中の両親が不自然な青味を帯びていたら参列者達は善からぬ噂をたてるだろうから（彼らとブーツの魂に幸あれ）。

なんとなく予期してはいたが、やはり、電気系統もすべてオシャカになっている。

熱いお茶もカリカリのトーストも味噌汁も炊き立てのご飯も今日はおあずけ。

でもそれよりなによりも悔やみ切れないのは、テレビがイカレちまっていることだ。

アメダス、ひまわり、お天気モニター、お天気カメラ、お天気マークに降水確率、それらすべてを放棄するのはさすがに我慢ならない。

リビングのソファに腰を下ろしていた僕は勇んで立ち上がり、戸棚や引き出しを引っ掻き回すことにした。

なぜならばラジオが、防災用に準備していたラジオがある筈だから。


食器やら食材やらをもう一切合財踏み砕きながら決行した捜索もむなしく、目当ての物は出てこない。

だったらクーパーだ、そう僕はいきり立つ。


真っ赤な車体を思いっきり蹴り上げてからドアを開け行く手を妨げている母親を床に力任せに叩きつけた末、ようやっと、僕の手はポータブル・ラジオを掴み取る。

その途端、色めき立った記者たちの猛攻が始まる。

それでも僕は押黙ったままリビングへと直進しチューニングを開始する。


「飛行機墜落、クーパー激突」――静かにしてくれないか。

「心中、経緯、シンパシー」――邪魔をしないでくれ。

「一言、一言、一言、一言、一言」――いい加減にしてくれよ、僕は平穏な日常を過ごしたいだけなんだ、僕が好きで起きた朝だ、それくらい僕の望み通りにさせてくれてもいいじゃないか。（了）