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意味不明小説(ショートショート)コミュの『水晶体に映る妄執は何色か』

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 昨日の大風でどうにも調子が悪くなってしまった。まっすぐに歩けないのだ。東西線に乗ろうと早稲田通りを歩いていると気がつけば神田川沿いを歩いている。仕方がないのでサクラでも眺めながら鼻歌気分で歩いてやるかなと思うのだが、裸のサクラは寒々しい風に吹かれて凍えている。とてもそんな陽気な気分になれるわけはない。
 寒いのがいやだと言うわけではないのだが、あまり今の季節によい思い出がない。そう語ったのは我が友人であるムーミンに似たM氏である。M氏はスノーボードを抱えて新宿の街へと消えていったのだが、なんとなく本末転倒なことを述べているなと思い注意をしてやった。素直に謝るM氏。アリが子供に踏みつけられている。もう言って良いよと特赦し、独り神田川沿いを歩く。汚れた一級河川。自転車も泳いでいますね。ため息が白い。自動販売機が赤いのが無性に腹が立ったので、ディスプレイ部分に思いっきりかかとを落としをかます。血液が湯立つような痛みが足首に走る。瞬間鈍い音とともに透明プラスチック部分が崩壊して真っ赤な自動販売機がグラリと揺れた。午睡に程よい静かな川べりにいきなりサイレンの音がこだまする。割れた窓から缶コーヒーのサンプルを剥ぎ取って走り出した。相変わらず息が白かった。
 風が強くて自動販売機が壊れたのだと、のんきな地域住民たちは思うであろうし、目撃者もみな昼寝の最中であったろうから奴吾が疑われることなどないだろうと腕を頭の後ろで組んで空を眺める。雲が勢いよく流れていく。置いていかれている。置いていかれている。置いていかないでくれ!! そんな叫びを胸に引っ込めて手にした缶コーヒーを飲み干す。しかし君それはサンプルであって、日本国内および貨幣価値が物品と同等と保障されている国家において等価交換以外で缶コーヒーなどという娯楽嗜好品が手に入るほど世の中は甘くないと小学校でも習っただろう。それでも君は学士かね。などというおっせっかいな脳内言語が右から左へ流れるスピードで、思いっきり空き缶もどきを川に放り投げる。いっそう身もなげてやろうかと考えたが、底が浅すぎておぼれることができない。しかしせめてこの気持ちだけでも水の底に沈めたい。そう考えて、私は故郷である香川に帰ってきたのだ。うどんのためだけではない。
 我が故郷には平池と呼ばれるため池があり、そこには「いわざらこざら」という伝説がある。香川は日照時間が日本一位。言い換えれば雨が降らない土地なのだ。日照りが多かったということは想像に易い。この「いわざらこざら」という伝説はある旱魃の年の出来事に由来する。その年村人は水不足で農業ができず困っていた。みなで状況打破のために寄り合いを開き、散々に話し合ったのだがなかなか解決策が見つからない。そこに若い娘がこう進言したのだった。「河伯に対して生贄をささげるべし」それは妙案とみな膝を売って大賛成。しかし誰を生贄にするべきか? 死んで花実が咲くものか。というわけで誰も生贄にはなりたがらない。村人は再び悩んだ。そしてこう結論を下したのであった。「言い出した奴がやるべし」若い女は哀れ殺されてしまったのであった。その時に「いわざらこざら」と言ったと伝えられている。「いわざらこざら」の意味は言わなければよかった、来なければよかったの意。それ以来平池に風が吹いた時に聞き耳を立てると「いわざらーこざらー」と聞こえるとどこかの耳が悪い百姓が言ったのがこの伝説の由来である。
 平池の真ん中にそびえる薄汚れた小さな壁。モルタルで固められた隆起のある壁が、真緑色の池の上にぽつんとそびえていた。カラスがくわえたサワガニを哀れむ歌がどこからともなく聞こえてきて、その日三本目のタバコを寒さで干上がりつつある池へと投げこんだ。池から吹く乾いた風は生活排水の匂い。どぶの匂いは死の匂い。生きたまま沈められた女の腐臭だ。そんなセンチメンタルな気分になっている余裕は私にはない。早く忘れたい捨てたい思いがあってここまでやってきたのだ。平池の水は真緑色に汚れていて、フナやザリガニの死骸が、干上がった部分に転がっている。それを食い散らかす猫の瞳は恐ろしいほど青い。馬の首を池に投げる農夫が泣いていた。泣きたいのはこっちのほうだ。薄緑色に塗装されたフェンスを乗り越えて池へと入水する。死の匂いなどと糊塗しても臭いものは臭い。きっと耳に水が入る前にこの匂いで死ぬだろうと覚悟を決めて、醜い嫉妬心に身を焦がすより早く、こうして冷たい汚い水に入水し一切の煩悩妄執を捨て、南無三、疾く入滅せんとていわざらの女の墓標を目指して歩き始めたのだった。気の早い月が空に浮かんでいる。腐敗した水面にも月が映っている。ヘドロに足をとられて浮かび上がれない。水泡が緑色の塊になって昇っていく。歪んだ月。最後の息を吐き終えた瞬間に耳の穴が汚水を吸い込み私はおぼれて死んだ。

 という夢を見た。
 いつになったら生まれ変われるのだろうか。透明なものを見ると殴ってしまうので、拳は血まみれだ。冬なのに部屋の窓ガラスは全部割れている。メガネもコンタクトも全て叩き割った。それでも壊せなかった写真立てに飾られた透明な思い出。サイレンが近づいてくる。ガラス片を握り締めて部屋中にぶちまけたカンツバキの花びら。夜を流れる雲よ時間よ、妄執を捨てられない私を置いていかないでくれ。

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