ログインしてさらにmixiを楽しもう

コメントを投稿して情報交換!
更新通知を受け取って、最新情報をゲット!

【アンチ・児相】コミュのこの社会とそこに棲息する「鬼」は、どのように足並みを揃えて 犠牲者を物色しているのだろうか?

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
人間の脳内の「理性的プログラム」は、もちろん自律的自己目的
的に遂行されるわけではない。
それは「感情的プログラム」によって、他の情報から肯定的に切
り離された特別の情報に基づき、それを体系化するために、ある
いは、他の情報から否定的に切断された特別の情報を修正するた
めに、だけ発動するのである。

そのことによって人間は、身体的心的意識的な場(いわゆる神の
場)と、脳内作用という個人的極私的なものとの連続性が保障さ
れている、と信じている(信じていたし今も信じ続けている)の
だ。
それは片面的な認識に過ぎないのだが、間違いではない。
しかし、片面的なものがすべてを現わしていると考えるのは言う
までもなく非常に危険である・・・・。

たとえば、頂上まで続くなだらかな山の斜面を歩いている者が、
その片面的な「なだらかさ」が峰の向こうにも続いているのだと
錯覚してしまったら、どうなるだろうか?
もしかすると、今見えていない峰の向こう側には、なだらかな斜
面など無いのかもしれないのだ。
そこには、恐ろしい活火山の火口が有毒ガスを噴き上げているか
もしれず、また目も眩むような断崖になっているかもしれいので
ある。
「片面的認識がすべてである」と思い込むことは、かように大き
なリスクを孕むこととなり、自分自身にとって不幸な道程でしか
ないのは確かなのである。

知ってか知らずか、そういうリスクを冒す生き方を余儀なくされ
ている者たちは、一様に「鬼」化することがわかっている。
あたかも、自分自身に宿命づけられたリスクの絶望感を先取りし
ているかのように恐ろしい鬼の形相に変貌するのである。
それは、直接に犠牲者を虐待する「鬼」もそうなら、間接的にそ
の「鬼」の行為を合理化し「理性的プログラム」の中でだけ評価
しようとする者(これを「未然形の鬼」と呼ぶ)もそうなのだ。
「顕在化した鬼」と「未然形の鬼」・・・・、最も救いようがな
い事態は、人間の存在形式(人間らしさ)ということがそれ以外
に有り得ないという想像力の貧困さによっているのは言うまでも
ない。
これらの鬼が人間界に跋扈する悲劇とも恐怖ともつかぬ状況は、
なぜ人類史上、綿々と続き消えないのだろうか?
これらの鬼どもの足並み揃えた靴音など、もう聞きたくもないの
だが・・・・。

コメント(0)

mixiユーザー
ログインしてコメントしよう!

【アンチ・児相】 更新情報

人気コミュニティランキング