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哲学 Φιλοσοφιαコミュのテクノロジーの哲学

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各論のAI、バイオテクノロジーにも関係しますが、総論のテクノロジーの哲学という分野を上げます。
自分も仕事はどちらかというとテクノクラートに属しますが、この言葉はギリシア語のテクノンという言葉に由来するようです。当時は大工とか石工をさしていてキリスト教の教祖のイエスもそうだったと新約文書が伝えてます。広くは科学哲学もそのうちに入るかと思います。

基本線は下記に従います。

http://g-sakura-academy.jp/course/detail/2018/B/030/
ハイデッガー、ハンナ・アーレント、ヨナス

コメント(65)

近くのロードクラブの練習があって顔をだしてました。今日はみんな家族が忙しいので、昼解散。
*
全部で39ページですがまだ、半分行かない。
まだ、家でなく、スマホ記入です。

Im folgenden fragen wir nach der Technik. Das Fragen baut an einem Weg. Darum ist es ratsam, vor allem auf den Weg zu achten und nicht an einzelnen Sätzen und Titeln hängenzubleiben. Der Weg ist ein Weg des Denkens.  
以下においてテクノロジーを問う。
問いはある方法において成立する。従って、個々の文や題にに囚われすぎないよう注意を払うことをお勧めします。 方法は思考の方法です。


Ein Landstrich wird dagegen in die Förderung von Kohle und Erzen herausgefordert. Das Erdreich entbirgt sich jetzt als Kohlenrevier, der Boden als Erzlagerstätte. Anders erscheint das Feld, das der Bauer vormals bestellte, wobei. S18 までです。
その一方で、石炭と鉱石の採掘という課題がある。 大地は今や炭鉱や鉱床となっている。 そうでなければ、農民が求めて、畑となっている訳である。

ドイツ語は第三外国語だし、読解のみで会話は旅行会話くらい。
次が、ライン川のダムの話ですね。

電子版の解説も買いました。中くらい280ページ。
ガブリエラ・バラのが引用が高いみたいですね。
サイトのも似たような箇条書の解説があります。
Die Frage nach der Technik bei Martin Heidegger
von Gabriela Bara (Autor)
Hausarbeit 2007 17 Seiten

最初の序説まではgrinで読めます。
https://m.grin.com/document/92097
次が"Die Frage nach der Technik bei Martin Heidegger (German Edition)"(Gabriela Bara 著)から引用

"2 Die instrumentale und anthropologische Bestimmung der Technik
Angefangen mit Sokrates wird das philosophische Verfahren nach der Definition eines Dinges (τί εστιν) als Wesen jenes Dinges bestimmt. Indem Heidegger nach der Technik fragt, zielt sein Fragen darauf, was die Technik ihrem Wesen nach ist."

こちらから無料で読み始められます:http://a.co/0ZCoQiu

「2技術の機械的および人類学的決定
ソクラテスから始まる哲学的プロセスは、そのものの存在を問うことによりに定義される。
そのテクノロジーについて問うことによって、ハイデガーはテクノロジーが本質的に何であるかを問わんことする。"
「技術を問う」ハイデッガー
Die Frage nach_der Technik の原典は以下にあります。
https://monoskop.org/images/2/27/Heidegger_Martin_1953_2000_Die_Frage_nach_der_Technik.pdf
ハイデッガーの意味だとtecknikは単に技術でいいかも知れない。
>>[10]
あのトピックを見ると春助さんが、「技術への問い」を理解するには「基礎的存在論に対する理解」が最も重要と突っ込みを入れている。

彼の言っていることが正しいとすると、βήταさんも含め、ハイデガーの基礎的存在論である「存在と時間」は皆すでに読んだ上での読書会だったのですか?
>>[33]

ハイデガーはそもそもナチス被れだし…
Happy New year!
明けましておめでとうございます。
午前は元旦礼拝です。
実存主義はブルトマンのついでに学んだ程度で、ハイデッガーは倫理、教養哲学を出てないので読んでます。全部書くと七草粥まででも時間が足りないので、必要最小限を書いていきます。本文は大体の箇所の目安に。訳しまとめるとなるとなかなか。

Die Technik ist nicht das gleiche wie das Wesen der Technik. Wenn wir das Wesen des Baumes suchen, müssen wir gewahr werden, daß jenes, was jeden Baum als Baum durch waltet, nicht selber ein Baum ist, der sich zwischen den übrigen Bäumen antreffen läßt. ・・
技術は技術の本質と同じではない。
木の本質を探求するとき、どの木も木として何か意味するのでなく、木自体は他の木の間に立つ木であることに気を付けねばならない。

古代の教理によると、物の本質は物が何であるかで
あるかということになる。
物が何であるかを問うと、技術についての問いとな
る。
誰もが我々の問いに対する二つの答えがわかる。
1つは技術は目的を達成するための手段であり、
もう一つは技術は人間の活動であることである。
技術の2つの定義は同一のものである。
目的を立て技術に手を貸して、利用すること
は人間の活動と云える。
**
1949年12月、ハイデッガーはブレーメンで「ものがものとなる」という連続講演で「もの、その本質、危険性とそれへの対応」を述べた。
その思考が技術に向けられたものが「技術への問い」 として結実したと言えます。
参考
https://m.grin.com/document/92097

gestellについて
https://dictionary.goo.ne.jp/jn/277194/meaning/m0u/
「哲学問題としてのテクノロジー」
ハイデッガーは「技術への問い」を静的に問うのに対し、この本では同じく、古代の教理(ギリシア哲学、アリストテレス)を出発点として、技術の変遷というものから動的に捉えているところが異なります。
「この本では二つのことがらを取り扱うことにしたい。その二つとは「知」と「テクノロジー」の関係である。といっても本当の問題は実は一つしかない」(14ページ)。なぜなら、「知」(フィロソフィア)と「テクノロジー」は一つの異なる側面だからという。
この関係を問うのは「知」が歴史的に見ても大きな揺らぎを受けているからである。
>>[42]
指摘をありがとうございます。
なにしろ、最初に習ったのがサルトルで、次がポストモダン。
ブルトマンも原文は実存論だった気がします。日本の文献では実存主義も見られますが。
そんなことより、日本のビジネスで、
未だにfaxが現役な件について。

まあ、香港だとチェックを使うから、まだタイプライターが現役らしいが。
>>[31]
私も「存在と時間」は読んでいるし内容にも興味があるので「そんなに重くはない」ならば読んでみようかな。
創文社の全集は木田元が訳を批判していたので平凡社ライブラリー版にします。

ハイデガーとナチ…。
まだ調べてはいませんが日本の哲学者である田辺元の思想にハイデッガーと共通するものがあったのでは。
>>[50]

その答えは「哲学問題としてのテクノロジー」(室井尚、講談社メチエ)が応えてます。
まず、この本は冒頭にダイダロスとイカロスのギリシア神話があるのですが、少し長いのでコトバンクから。
**

https://kotobank.jp/word/ダイダロス-91605
(ダイダロスは)ギリシア伝説の名工匠。アテナイの人。その名は〈巧みな工人〉の意。
弟子にした甥のタロス(ペルディクスともいう)が,のこぎりを発明するなど,彼を凌駕するほどの天分を示すのをみて,これをアクロポリスから突落して殺(そうとした。殺されかけたペルディクスは低い薮の中で暮らす)。

(さて、ミノス)王妃は牛頭の怪物ミノタウロスを生む。ダイダロスは次にミノス王に命じられて迷宮ラビリントスをつくったが、ミノタウロスともどもその中に押し込められてしまう。そこで人工の翼(つばさ)をこしらえて、息子イカロスとともに迷宮を飛び出た。イカロスは父の戒めを守らなかったために、(太陽に向かって飛び)翼が外れて海へ落ち、おぼれ死んだ。そしてダイダロスはシチリアのカミコスに逃れた。
***
「僕たちは《はじめに》ダイダロス神話を見てきた。自由の翼としての技術を過信して、つい我を忘れて墜落死してしまったイカロスの姿は、現代の単純で楽天的なテクノロジー信奉者の顔を思い出さるかも知れない。だからといって、師匠の嫉妬から殺されかけてしまい、それ以降、低い薮の中を徘徊するしかなくなったペルディクスの姿は、反技術論者や反近代主義の主張を思い起こさせるものの、あまりにも惨めである。
一方で、息子(イカロス)を失い、弟子を自らの嫉妬で(薮に)突き落としたダイダロスの姿はあまりにも悲しく切ない。だが、その切なさ救いようのなさを、僕たちは避けて通ることができないのである。ものを考えたり(知)、制作したり(テクノロジー)することは、そうした救いようない孤独とどうしようもなく結びついているのだ。・・それこそが僕たちの内部に流れている巨大な生命潮流から生まれてきた生き物としての人間の宿命のようなものであり、・・目をそらしてはいけないのである」。
**
技術、テクノロジーは人間の自由への本能的憧れと結びついている。翼を得たいのと同じく、様々なテクノロジーは好奇心と自分ががより時間的に自由になりないという本能と結びついている。我々はその本能を監視していかなければならない。
「技術を問う」(ハイデッガー)についてのカブエラの論文の続きをいきます。
*
ハイデッガーは技術の概念を探究するのは人の権利と考えだが、同時に彼は人間に機械の技術的な理解と方法を奨励するという誤解を招いた。
技術は人間の介入の手段と見なされ、人がすべての技術を管理する主人として表される。この表現においては、人間が技術開発を制御できるという間違った印象を与える。(ガプリラル・バーラ、4ページ)
**
要は、ハイデッガーは技術について人の権利であると述べたが、云わば技術のための技術論議に陥っているという。
ハイデッガーの考えでは人が技術を治める主人で、それを制御できるという誤解を招きかねない。
>>[56]
私もハイデッカーの原典をあたってますが、読み方もあるかと思います。
という誤解を与えるとあるのでハイデッカー自体は批判的だという主旨だと思います。
ドイツ語的な湾曲な表現だと思います。

正月休みに閉じこもってやりたかったのですが、普段仕事で会えない方にあって休みを半分くらい使いました。
ハイデッカーの 「技術とは何だろうか 三つの講演」 が講談社学術文庫として3月13日に出るようです。
楽しみですね
>>[26]

ソクラテスから哲学は存在を問うことから始まる。
「私は誰か」とも言い換えられる。

少し難しくなったのでテクノロジーと哲学に関するマニアっクな映画
他のスレではすでに紹介されてましたが



宴会場に突入というと東京のコロナ対策のニュースを思い出す
>>[59] |多少なり「介在」させて頂きます!
|「技術とは何だろうか 三つの講演」 が講談社学術文庫:に付きまして:
|私は(もちろんの事として?)貴殿、ご紹介の「本」は、まだ読んではおりませんが、・・・但し、私が「25歳時」に「Obtain」致しました「理学士」号よりの「知識」に依りますと(1つの(量子力学的なる)「認識の網」から見させて頂きますと、例えば「ルビ・チビタ」という「演算記号」が「使用可能」とは、出来そうな気は致します|
|{例}:δ={x|x:−1,0,+1}という「ルビ・チビタ」演算記号1種によって「3種類」の�狆豺臺�け”が可能となります。・・・そこまでしか知っておりませんが・・・。(一応は1種の�倏Ъ韻琉戮離帖璽襦匹砲呂覆蠧世襪�もしれません・・・?
>>[60] |多少「介在」させて頂きます!「テーゼ(下記記述)」
|ソクラテスから哲学は存在を問うことから始まる。
|「私は誰か」とも言い換えられる。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
|上記「テーゼ」を、最初に「設定」した上から後に考え始めます!
|まず、私の場合ですと(物理学科・卒の)「理学士」ですから.最初に「あたかも戦後の�狆凸邯供匹陵佑幣�態(デフォルト)」から、考察を始める事に「前提」を置く事が出来ますならば、それはかえって好都合とも言えます。
|{以降}|まず「x=x」,「y=y」,「z=z」,「t=t」という以上の4種類の「等号式」は「同値」に成り立つ!事に決めます!これより、まずは、少なくとも「ユークリッド幾何学」を前提とした上での(一般の)「物理学」(少なくとも「ニュートン物理学」)は、成り立つ事象は、言及して間違いはないでしょう。ここまでならば、既にして「言及可能」でしょう!

|[ADD]:更に「応用的に」記述を増して行きますと、(ほんの)例えばに過ぎませんが:
|「ニュートン」物理学が「成り立つ」からには「力学」や「電磁気学」や「(古い)量子力学」とか「統計物理学」ですとか「振動・波動論」や「プラズマ物理学」や「材料力学」などは「アプリオリ」的にも、その「成立」を見ることでしょう!(赤倉の壁的?には):電車が走り、自動車は動き、飛行機は空を飛び、(暗い夜には)「明るく電気」の光が灯ることでしょう!後は必然的に「電話」が通じて「パソコン」や「ラジオ」や「CD/DVD」等が視聴可能となるでしょう!「ニュートン物理学」の「成立事象」とは、具体的には、そのようなことを意味します!!!
|少し「介在」させて頂きます!今回は「特殊相対性理論」の「光速度一定の原理」を�倏砲襦匹箸い�試みを、行ってみました!万一、この「演算思考的な論理」が「破綻」を来していないとすれば(場合によっては){簡略な}「AI(人工知能)」の「支配社会」からは、少なくとも「一定時間」の間は人間が「逃れられ得る」可能性は十分に在り得るかと予想致します!「Thank you so much.」|
|・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
||令和2年4月18日(17日記の編集)『超光速相対性理論の試み』:kochi-atago
Written by, 濱田 敏博 (56歳)|[理学士]|(C)|
�機グ貳未法⊆/泙涼碓民澆亡悗靴董峺�速C=π,∴2C=2π」とおいてみます。但しこのとき(C=30[万km/S]と記すならば、2C=60[万km/S]となります。)このとき、P1の時点のことに関して記すれば、P0(W)の「視座」から見るP1は、光速(30[万km/S])ですが、P1よりも更に先の、つまり2πの時点まで来ている点P2に関して記するならば、これはP0(W)にとっての�爍�[S]”の時点である。つまり時間は、P0(W)から見たP1とP1(W)から見たP2とは、どちらも共に、1[S]だけ経過しています。
��-�顱Г気董△海海泙任僚侏荵�をまとめてみると、P0(W)は、30[万km/S]で、1秒後に{単位円上の}�爨弌匹泙罵茲討い襦�(ここが「視座」となる。)次に、P2の(メタ)光速として、60[万km/S]を仮定するならば、P2(メタ光速)は、60[万km/S]=2Cという数値を出すが、このときに(いわば)�倏Ъ韻了�点P0(W)”から見ると、このとき�狡供淵瓮拭妨�速”の名の通りに「光速Cを確かに破っている。」そこで、今、仮に「光速の振動数」をC[Hz]とすると、P2すなわちP(2π),{=P(0)},つまり、光速Cを30[Hz],超(メタ)光速を(2C)=60[Hz]と仮に設定してみた訳である。
�供イ海譴留�用としては、この�狠碓民澤繊匹痢峇靄椰涎繊廚鰺僂い董⊃�字を任意に代入していけばよいようだから、いくつかの参考例をここに示しておきましょう。
|[例]:π=P(W)=100[年]の場合では、2π=P(2π)=200[年].∴P(2π)−P(π)=「200年」−「100年」=100年.:そうです、この場合では、現実の時点における「視座」P(W)つまり100年分の�猝ね茵匹�今となって認識されている時に、より速い「2C」の(振動数で)進んだ�犹觝造稜Ъ韻量�P(W)”から見た点であるP2は、2C=2(倍)の時点、すなわち200年=P(2π)=P(0)にある。つまり、先発のP1は、P2(W)という�倏Ъ韻量屐匹茲蠅癲■隠娃闇�前(過去)の時点に存在しているという結論に至る訳ですね。{(注)と致しましては��P(W)”という「観測点」は、私が主張します�犹觝造稜Ъ韻量屐匹了�象を示しているということをご理解下さい!
|{ちなみに、人間の目に映る「赤色」の「周波数」に関しては、それを「R」[Hz]と記すならば、それよりも�爐茲蠎�波数の多い領域”の「kR」[Hz]とは、初めの「赤色」よりも「速度が速く」て、他方�爐茲蠎�波数の少ない領域”の「sR」[Hz]とは、初めの「赤色」よりも「速度が遅い」という事象を示すことになります。
|{注}:ちなみに、私がここに提示致しました「視座の認識の網��P(W)”」が�狢減澆垢襦瀕琉茲箸蓮蔑磴┐弌法屮織�オン粒子」が存在している「領域」と同様の辺りである様に私はそう考えます。
|||ウインク|||||















|私は�犂困┐董漂�までの私の「一都三県・一時大阪府内」にての「(800万人以上の場所にての)17年間に及びます「工場作業を主とした」「労働期間(4次元時空間的)」な「論拠」とその後の「ほぼ10年間に及びます「疾病期間」をも「通過」致しまして後に未だ地上に�狎犬�ています”ハマ・トシ「理学士」からの(哲学的な)�狠蟒佇絃蓮匹鮑F�見出す事が出来ました故ここに記させて頂きます。これは「意図的に」(クリティカルな)「ご意見」等をぜひともに募りたいという望みからです|
(失敗の原因とは)『(このままいけばこうなるという)|見込みだけの上方ベクトルへの過信による誤謬』という事ですね。そして、この結果より得られた結論とは、
『得られた結果相応の自信を持つ権利がある』という結論まででしょうか!?
|「Thank you very much.」|||||

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