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半蔵門かきもの倶楽部コミュの第九十四回 みけねこ作『ヒーロー』

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 4月になってから、冷たい雨が続いていた。せっかく咲いた桜の花びらは、雨に打たれてアスファルトを散らかしていた。

 私は、高齢で一人暮らしの母の様子を見るために東京から大阪に向かっていた。新幹線の窓からも白く光る桜が見える。山の中、川沿いの公園、どこもかしこも桜だらけだ。
 大人になってからは、桜の花に心奪われるようになったが、子供の頃は桜があまり好きではなかった。学校の門のそばの桜は、入学しているものを祝福してくれているように見えるが、それは、受験に合格してから思うことで、小学校や中学校の頃は、新学期になると、クラスメイトは誰なのか、先生は誰なのか不安でたまらなかった。
 小学一年生のときに『一年生になったら』という歌を歌わされたが、友達百人できるかな? という歌詞が嫌いだった。学校というものは、友達をそんなにたくさん作らないといけないところなのか。この刷り込みのせいで、SNSの友達の数を誇らしげにいう人がいるんだと思う。私も知らない間に、インスタなど何十人もフォローされているが、会ったことのない人もたくさんいる。
 また「子供は風の子」と言われ、子どもたちは外で遊ぶことを推奨された。でも、みんながみんな、外で走り回るのが好きではなく、図書室で本を読みたい子供もいることをわかって欲しい。ましてや校庭でのドッジボールは、大の苦手だった。男子に狙い撃ちされたときの恐怖と、逃げ回った末にボールを当てられたときの痛さ、こんな恐ろしい球技は、この競技が好きな人だけでやって欲しい。窓の景色を見ながら桜にまつわる小学生の頃のトラウマを思い出していると、スマホが鳴った。
 急いで車両の通路に出て電話を取ると、男性の声がした。
「突然、すみません。木村陽子さんの娘さんでしょうか?」
「はい。木村陽子は母ですが、何か?」
「実は、お母様が緑地公園の駅付近でしゃがみこまれて、しんどそうにされていたので、救急車を呼んで〇〇病院に連れていってもらいました」
 私は驚いた。
「え、母がですか、ありがとうございます。今、新幹線に乗っていて、京都を過ぎたところなので、新大阪に着いたらすぐ〇〇病院にいきます」
「よかった。病院からも電話があると思いますが、お母さんに、娘に連絡してほしいと言われまして、電話番号を教えてもらいました」
「本当にありがとうございます。あ、それで、母は大丈夫でしたでしょうか?」
「医者じゃないのに言うのもなんですが、意識もしっかりして、ちゃんと話もされていたし、大丈夫だと思います」
 私は、少しほっとした。
「ありがとうございます。お名前と連絡先をお伺いしてもいいでしょうか? 私は山本美砂といいます」
「私は、野口です。連絡先はお母さんに名刺を渡してます。お役に立てて良かったです」

 私は丁重にお礼を言い、電話を切った。        まもなく新大阪に着くというアナウンスが流れた。荷物をまとめ、病院の場所を確認した。

 病院に着き、母のベッドに行くと思ったより顔色もよく、医師の話だと貧血を起こしたけれど、他には特に問題はないということだった。私は安堵した。
 幸いなことに入院するほどでもなく、一緒にタクシーで家に帰ることにした。

「野口さんが助けてくれてよかったね」
「ほんと。そうじゃなきゃ、倒れたままだったかもしれない」
「そうそう、なんで緑地公園の駅に行ってたの?」
 家から近い駅ではあったが、ふだん母があまり行かない場所だった。
「みさちゃんが来ると思って美味しいケーキ買いに行ってた」
 私は、胸がきゅっと締め付けられた。
「そんなの買わなくていいのに」
「あれ、ケーキ、どこに置いたんだっけ。外に置き忘れたかも」
 母と顔を見合わせて笑った。大好物のケーキだったので残念だったが、命のほうが大事だ。
「また、買ってくるよ」
「カラスが食べてるかな」
「あ、そういえば、野口さんの名刺ある? お礼を言わなきゃ」
 母から渡された名刺を見て私は思わず声をあげた。
「野口義経! よしつねくんだ」
 母も目を丸くして驚いた。
「まあ、あのよしつねくんが。大きくなって全然わからなかった」
「わかるわけないよ。だって、もう、30年以上昔のことだよ」
 名字は、よくある名前だったが、義経という名前にはインパクトがあり、彼に間違いなかった。

 よしつねくんは、幼稚園から小学校一年生までの近所の遊び仲間だった。その頃、近所の団地に住む男の子三人が毎日のようにうちに遊びに来ていた。私と遊びたいのではなく、うちに庭があったからだ。私も一緒に庭の砂場で泥だんごをたくさん作って投げ合ったり、庭の池に落とされたりした。また、池の横には、桃の木があり、よしつねくんたちは木登りをして桃を取ってくれて、一緒に食べたりもした。
 池に落とされたとき、母がお風呂を沸かしてくれて入っていたら、よしつねくんが手を洗いに脱衣所に入ってきて、お互いにびっくりしたこともあった。よしつねくんが桃の木から飛び降りたとき、着地に失敗して額から血を流してしまい、私は絆創膏を貼って、泣きながらよしつねくんのお母さんに電話をかけた。
 学校のドッジボール大会のときは、私にわざと軽くボールを当てて、外野に出してくれたこと、図書室で本を借りてきたら、帰りの坂道がたいへんだろうと、本を持って家まで送ってくれたこと……。今まで忘れていた思い出が、溢れるように蘇ってきた。

 よしつねくんたちは、一年生の春休みまでは、毎日のように遊びにきてくれていたけれど、二年生に進級したら、みんな急にうちに来なくなった。よしつねくんは、お父さんの仕事の関係で、外国に行ってしまったと風の噂で聞いた。よしつねくんと一緒に来ていた男の子も同時期に来なくなってしまった。

 そうか。今まで気づかなかったけど、よしつねくんは、私にとってヒーローだったんだ。

 私は、彼に電話して、母の無事を伝え、お礼を言った。深呼吸すると、勇気を出して言った。
「私、桜ヶ丘幼稚園と桜ヶ丘小学校で一緒だった木村美砂です。覚えてますか? いつもうちに遊びに来てくれてた、よしつねくんですよね?」
 電話の向こうで、一瞬、間があった。
「ええ? みさちゃん? 覚えてるよ。みさちゃんのお母さんやったんや」
「そう。お母さん、助けてくれてありがとう」
「いやぁ、あの頃は、みさちゃんちで遊ばせてもらって、すごく楽しかった。ほんま、お母さんにもお世話になったなぁ」
 急に緊張感が取れ、お互いに関西弁になった。
「こちらこそ。いっつもよしつねくんたちが来てくれて楽しかったわ」
「今から考えたら、ひとんちで厚かましいことしてて、ほんま申し訳ない。ぼく、今、会社経営してんねんけど、本名でSNSやってるから、探してくれれば」
「ありがとう。義経って名前はそうそうないからすぐわかるわ」
「今度、久しぶりに会ってみたいね」
「うん。母と一緒にお礼もしたいし」
 私は丁重にお礼を言って電話を切った。

 早速、Facebookで彼の名前を見つけ、友達申請をした。彼のアイコンはキジシロの子猫の写真だった。飼い猫だろうか。
 私にとって、よしつねくんは、永遠のヒーローだ。幼い頃のまま、心の中に保存しておきたい。お礼の品物は、彼の会社に郵送することにし、このまま会わずにおこうと思う。

 私の小学生時代、悪いことばかりだと思っていたが、まんざらでもないなと思い直した。
 

コメント(1)

起承転結がしっかりしていて、読後にカタルシスがあります。たしかに、昔のヒーローには会わないのが正解かも知れません。最初の小学校での嫌な思い出の部分がリアリティのある納得のできる記述なので、その後の電話がかかってくる以降の現時点での展開から義経君との思い出の回想が生きてきていて良い読後感をもたらしてくれるのだと思いました。

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