半蔵門かきもの倶楽部コミュの第52回うり作「贋作・Ｄ坂殺人事件」

ステッキガアルの観光案内③

「すみません、カレーはいま仕込中で。お茶でも飲んでて下さい」
大将は娘に目配せし、お茶の準備を促した。

「英国は印度を植民地しておりますから、よくカレーが食べられているそうですわ…今日は雪乃をご用命くださったので、特別なお茶を召し上がって下さいまし」
青い花柄のカップとソーサー、ポットを棚から取り出す。

「でもお独りで召し上がっても、つまらないでしょう？ここで少しおしゃべりさせて頂けるかしら」
ポットのフタをつまみ上げ、不ぞろいな茶葉を入れた。
胸元の位置から、湯をポットに注ぐ。

高めの位置から注ぐと、よく茶葉が開くんです。
…ありがとうございます、では失礼して座らせて頂きます

今日は良いお天気ですわねえ…暑くもなく寒くもなく、お散歩日和ですわ。平日だから、さほど混んでいませんし、いい日にいらっしゃいましたね。

ね…お客さま。
おアシを頂くんですから、私は当たり前の、通り一遍のご案内なぞ致しません。
浅草にふさわしい、怪奇的で謎めいたお話をお聞かせしますわ。
丁度この窓から見える向かいの店、そうです、金魚の形の看板がぶら下がっている店。
分かります？
古本屋なのに、金魚の水槽を置いているんです。珍しいって客寄せになるのか、けっこう繁盛しています。

ずぅっと昔、幕末か維新の頃か。
店主のお祖父さんが、古本屋を始めたそうです。いまは一人娘のおタカさんが婿取りして跡を継ぎました。
そのお婿さんていうのが、１５も歳下でね、そりゃもう綺麗な人なんです。
男の人に綺麗なんて言ったら可笑しいかもしれないけど、そうとしか言えません。
夏は紺の浴衣の胸元を開けて、尻端折りした時の白い脚はツルツルで…あ、ごめんなさい、男性の話なんて興味ないですか？

あら、続きを聞きたい？
お好きですねえ、お客さまも。
ありがとうございます、ではお言葉に甘えて続きを。
綺麗な男性もこのへんじゃ珍しくないんですよ。オペラや新派の役者さん、筋骨たくましい美丈夫の学生さんもいます。
でも。その中でも四朗さんは群を抜いてました。
古本市で手に入れてきた本をリヤカーで運んでる時なんか、まくった袖から二の腕が見えていて…。
この人は、二の腕の筋肉までキレイなんだと、びっくりしちゃいました。
運んできた本を店に運び入れて、一息ついた時です。
汗を拭くつもりだったのか、シャツを脱いだら…背中にびっしり、赤や紫の痣があったんです。
あれは多分、奥さんに折檻されたんですよ。あの人そりゃあ嫉妬深いんです。
客に色目を使っただの、小間使いとイチャイチャしただのと怒って、石を投げつけたのを見たことがあります。
可哀想な四朗さんは、額から血を流して…まるで聖セバスティアンの殉教みたいでしたわ。
聖セバスティアンをご存知かしら？
杭に縛られ、矢を射かけられた聖人です。
機会があれば画集をお見せしたいわ。
またいらしてくださいね。

「雪乃、またおしゃべりかい。これからお客さんはお食事だから、あっちで待ってなさい」
大将がランプのような銀の器と、皿に盛った白飯を運んできた。