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半蔵門かきもの倶楽部コミュの第四十九回文芸部投稿作品 れとろ作 『雪割桜』

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 ぶるり、と背筋が震えて目が覚めた。
 布団の中にいても、身体の芯が凍えるような寒気を感じる。
「ん……」
 ベッドに横になったまま、頭の後ろの目覚まし時計を手にした。
 まだ七時前だった。
 日曜日だっていうのに、ずいぶん早起きしてしまった。
 もうとっくに日は出ている時間のはずなのに、なんだか部屋の中が薄暗い。
 なんとなく目が覚めてしまったぼくは、寒いのをこらえて布団の中からはいでた。
 窓際に寄ってカーテンを開けてみる。
「うわ……」
 寒いわけだ。
 窓の外には、しんしんと真っ白な雪が降っていた。
 視界を覆うほどと言ったら言い過ぎだけど、けっこうな量だ。
 たしかに、ここのところ連日寒い日が続いていた。とはいえ、
「さすがにこれはおかしいだろ」
 ただでさえ雪が降るのが珍しい地域だというのに、もう四月なのだ。
 春真っ盛りのはずのこの季節に雪が降るなんて、生まれてから初めての経験だ。
 明らかに異常気象だ。
 もしかして、下はけっこう積もっていたりするのだろうか。
 そう思ったけど、二階のぼくの部屋からでは地面の様子は分からない。
 窓を開けて、吹き込む冷気に顔をしかめながら、ちょっとだけ身を乗り出そうとした、その瞬間―――、
 ぼふ。と、なにか顔に衝撃が走った。あと冷たい。
 顔に当たってぱらぱらと砕けたそれは、白い雪だった。
 なにごと!?
 雪玉のとんできた下を見やる。
 二足歩行するピンクのウサギがそこにいた。
「……?」
 いや、よく見るとそれはウサギの着ぐるみみたいなパーカーを着た女の子のシルエットだった。
 ぼくの部屋を見上げ、投てきのポーズで固まっていた。そしてそれは、よく見知った顔だった。
「あ……」
 気まずげな声が二階まで聞こえてくる。
「なにやってんの……ウミ?」
「ちがくて。トオルに当てるつもりじゃなかった。起こそうとして。いまのは事故」
 咎めるつもりじゃなくて本当に何をやってるのか分からなかったんだけど、女の子―――岬羽未(ミサキウミ)はそんなふうに弁解しはじめた。
「いや、事故はいいんだけど……こんな時間に何やってるのさ。ぼくを起こそうって……」
「そう、それがだいじ! トオル、きいて、あのね―――」
 羽未は勢い込んでなにか説明をはじめようとしたけど、ぼくはそこではたと気づいた。
 あいつはいま、この雪の下、傘もささずに表にいる。見てるこっちが寒々しくなる。
「話は中できくから! いま玄関あけるから待ってて」
「いい。それよりトオルが外にきて」
「いや、ぼく寝起きでパジャマだし」
「着替えて。待ってるから。なるべく早く」
「待ってるって……。凍えちゃうよ」
「へいき。ウサギさん着てるから」
 いや、平気なわけないだろ。と、言い返そうと思ったけどやめた。
 羽未がなにをしたいのかはさっぱり分からないけど、あいつが一度言い出したら絶対ひとの言うことを聞かないのだけはよく知っている。
 これ以上、窓の上と下で口論してても時間の無駄だ。
 ぼくは窓を閉めて、なるべく急いで出かける支度をした。
 いつまでたっても片付けられない冬物のセーターとズボンを着てコートをはおり、財布とスマホをリュックに入れて階段をかけおりた。
 自分のものと、羽未のために妹の傘を無断で借り、玄関を開けた。
 怒られるかもしれないけど、まあいいや。あとで、ラインで謝っておこう。
「ん、おはよう。トオル」
 表に出ると、にこりともせずに羽未が言う。
 フードにかかった雪を払いもしないものだから、全身真っ白だ。
 羽未をよく知らない人が見たら怒ってるんじゃないかと思いそうな声音と表情だけど、抑揚のない口調とどこか眠たげな無表情がこいつのいつもの姿だ。
「おはよう、ウミ。ほら、これ」
「ん、ありがと」
 ぼくが差し出した妹の傘を開いた羽未は、そこではじめて全身の雪の存在に気づいたみたいで、ぶるぶると犬みたいに体を震わせて雪を落とした。
「じゃ、いこう」
「え?」
 羽未はなんの説明もなしにずんずんと歩きはじめた。
 ちなみに現時点でも、4、5センチくらい雪は積もっていて、羽未が長靴で踏むとざくざく音がした。
「ちょ、ちょっと待ってよ。行くってどこに?」
 ぼくは羽未に追いつき、歩きながらたずねた。
 羽未はぼくの方を向くときょとんと首をかしげる。
 ”いまさらなにをきいているんだ、こいつは”と言わんばかりの仕草だった。
「いや、すっかり説明した気になってるかもしれないけど、ぼく、まだなんにもきいてないからね」
「ん?」
「いぶかしげにされても、困るのはこっちのほうなんだけど……」
 羽未は無言でまた歩きはじめた。
 仕方なしにぼくもその横に並んで歩く。
 ぼくがもう説明をあきらめはじめた頃、彼女は唐突に、きっぱりと言った。
「冬を終わらせにいく」
「へ?」
 ぼくは間の抜けた声を返すしかできなかった。
「……どういうこと?」
「冬、もうあきたから」
「いや、動機を告げられても……」
 結局、羽未はまた無言になってしまった。
 けど、それ以上の説明ができなかったのは、羽未の性格のせいばかりじゃなかった。
 ”冬を終わらせにいく”それがぼく達がこれから体験することのすべてであって、それ以上理屈の通った説明はぜんぶが済んだあとでもしようがなかったのだ。
 それが分かったのは、まだしばらく後のことだった。

 景色が雪をかぶっているだけで、そこがまったく別の場所みたいに見える。
 白く塗りつぶされた街は深閑としていた。
 時が止まったみたいだ。
 ひとの姿も見えないし、車の音も聞こえない。
 日曜の朝だから珍しくもないのかもしれないけど、なんだか降る雪が、街に鍵をかけて閉じこめてしまったように思えた。
「ねえ、ウミ」
 呼びかける自分の声も、雪に吸われて小さく聞こえた。
「ぼくたちはどこに向かってるの?」
「がっこう」
 羽未はふりむくことなく、ぽつり答えた。
「学校?」
 言われてはじめて気づいた。ぼくたちが歩いているのは通学路だ。
 雪に覆われているだけで、通いなれた道もひどくよそよそしく感じられた。
「でも、今日日曜日だよ」
「ん、知ってる」
 羽未はそれ以上しゃべらなかった。
 一歩一歩、あるくのに必死という様子だった。
 気を散らせたらひっくり返りそうな気がしたので、ぼくもそれ以上きくのはやめた。
 きいてもどうせ羽未の考えてることが分かるとは思えなった、というのもある。

 季節外れの雪はますます強くなっていく。
 それも、時間の経過とともに強まるというより、学校に近づくほどひどくなっていく気がした。
 この異常気象の中心がそこにある。
 羽未はそう確信しているみたいで、ぼくにもだんだんそんな気がしてきた。
 やっとの思いで、ぼく達は学校に辿りついた。
 その間も雪は止むことなく、それどころかますます強まっていた。
 傘をちゃんとさしてたはずなのに、またしても羽未は雪だるまみたいな姿になっていた。
 日曜なので当然ながら、学校の門は閉まっている。
「裏門にいこう、トオル」
「ああ、まあ、そうなるよね……」
 うちの学校のセキュリティはけっこうザルなもので、裏門とへいの間にすきまがあって、簡単に敷地に出入りできてしまう。生徒ならだれでも知ってることだ。
 裏手に回ったぼくたちは、身体をねじ込むようにして中に入った。
 雪で通れなくなっているかと思ったけど、むしろつるつると滑って、あっさりと中に入ってしまった。
「……で、学校になんの用なの。さすがに校舎には入れないよ?」
「ここに冬の中心がいる」
「なにそれ?」
 口ではそうきいたものの、なんとなく羽未の言ってることが分かる気もした。
 学校の中は外よりも一段と寒かった。降る雪もここから生まれている、ような気がする。
「トオル、こっち」
「うん」
 ぼく達が向かったのは校舎の裏手の庭だった。
 理屈をこえたなにかが、そこに”冬の中心”がいると感じさせていた。

 そこに”それ”はいた。
 姿格好は女の子のようだけど、尋常な姿じゃない。
 見る者を芯から凍らせるような異様に長い髪。
 雪と見間違えるような白い肌。
 着ているのはうちの制服だけど、この寒空の下、裸足だった。
 なによりそれは、ふわふわと宙に浮かんでいた。
 その姿に恐怖よりも寒気がこみあげてくる。
 それはぼく達に背を向けて、曇天に向かって両の手を広げていた。
 まるで天空から雪を呼び寄せるように。
 羽未はそれにためらいもなく近づいていく。
「ちょ、ちょっと、羽未!」
 呼びかけたぼくの声にふりむいたのは、宙に浮かぶ少女の方だった。
 ぞっとするほど整った彫刻のような顔だった。瞳の色は氷河のような青だ。
「なんのよう?」
「うっ」
 寒風が吹くような声音だ。
 その声が引き起こした寒気に、こらえきれずにぼくは両腕で肩を抱き、なかばうずくまった。
「冬を終わらせにきた」
 羽未はいつもと変わらない調子だった。
「それは無理よ」
 少女はかぶりをふった。その仕草はどこか悲しげにも見えた。
 顔を上げたそれが浮かべたのは温かみとは縁遠い、背筋がぞっとする微笑だった。
「この街は時とともに凍りつく。冬枯れに凍てつき、二度とひび割れないよう、純白の雪に全てを埋め尽くす。それがこの街の望み……」
 哀歌を口ずさむような口調だった。
 街の……望み?
 冬がずっと続くことを望んでいる?
 この街のいったいだれが、なんのために?
 ぼくの頭をたくさんの疑問符が占めるけど、そんな謎などいっさいお構いなしのやつもいた。
「そんなの関係ない。寒いのもうあきた」
 傍若無人なまでのマイペースさで、羽未が言った。
「仕方のない子ね」
 相手の声音が含む冷気が一段増した。
 むずがる幼子をあやすようだったのが、本気でイラつきはじめたみたいだった。
「どうしてもわたしの邪魔をするなら―――しばらく眠ってもらいましょうか」
 少女が片手を高くかかげ、針のように尖った氷柱(つらら)が空中に生まれた。
「ウミ!」
 叫ぶのと、ぼくの身体が反射的に動いたのが同時だった。
 気づくとぼくは、羽未を地面に引きずり倒し、かばうようにその背中に覆いかぶさっていた。
 視界のはしにちらりと、こっちに向けて飛来する氷柱が見えた。
 ぐさり、とそれが背中に突き刺さる感触がはしる。
 痛みはぜんぜんなかった。
 その代わり、全身の血を抜かれたみたいに体温が奪われたのを感じる。
 寒い―――とてつもなく寒かった。
「トオル、トオル!」
 羽未の呼びかける声がひどく遠く聞こえた。
「そのまま深雪に埋もれて眠っているがいい」
 冷ややかな女の声が遠くから聞こえ―――、ぼくは意識を失った。

 暗い―――そこは真っ暗だった。何も見えず、何も聞こえない。
 いったいここはなんなんだろう。全身が重い。
 手足を動かそうとしたけど、ぴくりともしなかった。
 どこか真っ暗な場所に閉じ込められたみたいだ。
 かろうじてそれだけが分かった。
 けど、どうして。なにがあったのか思い出せない。
 ひどく頭がぼんやりしていた。
 もう考えるのをやめて眠ってしまいたかった。
 けど、心の中のどこかがそうしちゃいけないと抵抗していた。
「トオル、トオル!」
 呼びかける声が聞こえた。
 なんだか懐かしい声だ。
 この真っ暗な世界の上から、その声は響いているみたいだった。
「はやく、起きて。冬、終わらせないと」
 その言葉にはっと目がさえた。
 ぼくの頭の中でばちばちっと電流が走ったみたいに、いきなり全てがつながって感じられた。
 ここは土の中。そして、ぼくは、ぼくは……、
 ―――ぼくは種子(たね)だ。
 大地にまかれ、冷たい土の中で冬を乗り越え、春を告げるため花咲かすその時をじっと待っている小さな種。
 それがぼくだ。
 そして―――呼びかけるその声は陽の光だ。
 ぼくが固い大地を押し上げて、地上に芽吹くのを待ってくれているあたたかな光……。
 それに気づいたぼくは、ありったけの力をふりしぼった。
 上へ。上へ。そう念じると力が湧き上がっていく。
 自分の血管のトンネルを抜け出して、意識が広がっていく。
 爆発しそうなほど膨れ上がった意志が、固い殻を破って地面を押しのける。
 もう寒くなんてなかった。暗さもまったく感じなかった。
 まばゆいほどの光と、あふれるばかりの熱が、ぼくの内側と外側両方から生まれ、ぼくを満たしていく。
 とうとうぼくは―――、地上へと顔を出した。

「おはよう、トオル」
 何事もなかったような声で羽未に呼びかけられた。
「……ああ、うん、おはよう」
 ぼくはむくりと起き上がった。なぜか校庭のど真ん中で横になっていた。
 不可解きわまりないけど、気分は悪くなかった。
 なにか、とても幻想的な夢を見ていた気がする。
「ぽかぽかの陽気だから、おひるねするのもしかたのないことと思う」
 そういった羽未の目もなんだか眠たげだ。
 それも無理からぬことと思えた。
 やわらかな日差しがぼくらの肩にふりそそぎ、そよかぜが頬をくすぐる。
 木々の匂いや小鳥のさえずりが聞こえてくる。
 うっすらとかすみがかった空気それじたいがまどろんでいるようで、とてつもなく眠気をさそう。
「春、きたから」
「そっか……」
 ぼくもそれ以上なにも言わなかった。
 そうだ、春が来たのだ。長い―――長すぎる冬が終わってやっと。
 鼻の頭になにかが落ちた。
 手に取ってみると、それは薄桃色の花びらだった。
「桜だ……」
 見回すと校舎の裏手の桜の木が、一斉に咲き誇っていた。
 温かな春の風に枝をそよがせ、桃色の花びらを振りまく。
 凍れる雪原を割って、桜の花がさきほこる。
 小さな嵐でもふけば、花吹雪となってすぐにそれは散ってしまうだろう。
 けど、桜の花びらはそんな散りゆく定めを受け入れて、新しい時をむかえようとしている。その象徴のように思えた。
 咲き誇る桜に願いをこめるように見上げながら、ぼくと羽未はあたたかな日差しをかみしめ続けていた。 

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