ログインしてさらにmixiを楽しもう

コメントを投稿して情報交換!
更新通知を受け取って、最新情報をゲット!

半蔵門かきもの倶楽部コミュの第134回 みけねこ作『川の見える窓』

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
三月の朝、荒川は薄い靄の向こうにあった。

佐伯隆之は窓の外をしばらく眺めてから、机の上の資料へ目を戻した。次年度の予算案と、製造部門から上がってきた設備更新の計画書が重なっている。

売上が大きく落ちているわけではない。長年の取引先も残っているし、工場には毎日仕事が入っている。それでも原材料や物流費の上昇を吸収しきれず、利益は何年かかけて少しずつ細っていた。前期はとうとうわずかな赤字に落ち、先送りしてきた設備の更新も、そろそろ待ったなしになっている。

午後、社長室へ行くと、森川修一が同じ設備更新の資料を開いていた。

「今年は延ばせないな」

佐伯もそのページに目を落とした。

「そうですね」

二人とも、その先を口にしなかった。今年一台を入れ替えれば終わる話ではないことくらい、長く会社にいる者同士なら分かっている。

佐伯は取締役経営管理本部長として、財務と経営企画を中心に会社全体を見てきた。新卒で東亜ラバーに入り、経理、財務、経営企画と歩いて六十一歳になる。

東亜ラバー株式会社は、荒川沿いに本社と工場を持つ古いメーカーだった。道路に面した本社棟の後ろに研究棟と製造棟が並び、その奥に倉庫と搬入口がある。佐伯が入社したころ、周囲には同じような工場がいくつもあったが、今ではマンションや住宅の方が多い。

創業七十年を超え、学校体育やスポーツ用品に使われる素材、産業機械向けの部品などを作ってきた。従業員は二百人に満たず、世間で社名を知る人は少ない。それでも長く東証一部に上場し、真面目にものを作り、納期を守り、無理な商売には手を出さないことで信用を積み上げてきた会社だった。

そのやり方で長くやってこられた。けれど、同じことを続けて十年後も今の姿でいられるのかと問われると、佐伯にも答えはなかった。

タイの話が出たのは、その春である。

長年付き合いのある商社から、原材料の調達先を広げるだけでなく、現地で東亜ラバーの商品を売る道も探してはどうかと提案があった。海外へ出るときは商社が間に入り、訪問先や移動を手配し、現地企業との打ち合わせにも同行する。東亜ラバーにとっては、それまでにもあったやり方だった。

黒瀬蓮司に会ったのも、その出張だった。

商社の担当者から、バンコクで長く仕事をしている人物だと紹介された。以前は大手商社に勤め、今は現地で自分の会社を経営しているという。

そのころの佐伯には、それ以上の印象はなかった。ただ、いくつかの工場を回るうちに、黒瀬が現地の事情をよく知っていることは分かった。話が行き違えば間に入り、条件が合わなければ別の会社を探す。必要なことだけを話し、自分を大きく見せようとはしなかった。

帰国後、黒瀬が関わった加工会社との試験取引が始まり、品質にも問題はなく、調達条件も少し良くなった。続いてバンコクのスポーツ用品会社との取引も始まり、国内では伸び悩んでいた製品が現地では予想以上に動いた。

翌年には赤字も消え、止めていた設備更新を少しずつ進められるようになった。久しぶりに、社内に先の見える感じが戻ってきた。

いつからだったのか、佐伯にははっきり思い出せない。

初めのころ、タイの話にはいつも商社の担当者の名前がついていた。それが次第に、森川が黒瀬へ直接連絡するようになり、バンコクへ行けば一緒に行動することが増えていった。

森川は佐伯より二歳上で、長く財務や管理部門を歩いてきた。穏やかな人だったが、国内の数字については細かく、景気のいい計画ほど慎重に見るところがあった。一方で、海外については自分から分かったふりをしなかった。書類には出てこない商習慣や人間関係まで含めれば、タイのことは黒瀬に聞くのが一番早かったのだろう。

そのころから黒瀬の会社との仕事も増え、東亜ラバーは正式に業務委託契約を結んだ。黒瀬自身も経営顧問として本社へ出入りするようになり、いつの間にか海外の案件では、ごく自然にその名前が出るようになっていた。

特別におかしなことをしたわけではない。取引先は審査され、契約も交わされ、投資案件は社内で検討された。ただ、海外のことになると黒瀬が関わっている。その状態が、いつの間にか当たり前になっていた。

タイでの取引が増れるにつれて現地法人も設けられ、事業は少しずつ大きくなった。途中、予定どおりに進まない取引が出ることもあったが、その都度説明はついたし、何より全体としては利益が出ていた。

春になると、黒瀬から新しい案件が出た。

バンコクで一店舗を運営しているスポーツクラブ会社への出資だった。

東亜ラバーがスポーツクラブに出資するという話に、社内では戸惑う声も出た。工場ではようやく設備更新が始まったばかりなのに、その一方で海外のクラブに金を出す。

佐伯自身も最初は違和感を覚えたが、スポーツ用品を実際に使ってもらえる場所になり、販売にもつながる。すでに営業している店舗には会員がおり、まったく知らない事業をゼロから始めるわけでもなかった。

何度か計画が見直された末、東亜ラバーは出資を決めた。

結果は良かった。

会員は増え、現地企業から法人利用の問い合わせも入り、クラブで使われた東亜ラバーの商品が別の販売先につながることもあった。

会社が赤字に落ちたころから考えれば、タイの事業は東亜ラバーを助けてくれた。その中心に黒瀬がいたことを、森川が強く意識しているのは佐伯にも分かった。

そこから、話は少しずつ広がった。

二号店の計画が出て、今度は小さなカフェを併設するという。会員向けの軽食や飲み物を出す程度なら、それほど不自然には思わなかった。

ところが次の資料には、一般客も入れる飲食店の計画まで載っていた。

東亜ラバーがバンコクで飲食店をやる。

佐伯は、そのページで一度だけ手を止めた。

スポーツクラブまでは分かる。その隣のカフェも、まだ分からなくはない。ただ、ここまで来ると、自分たちは何の会社だったのだろうという気持ちが少し湧いた。

二号店の計画を詰めていたころ、佐伯は一度、森川に尋ねた。

「この計画、少し楽観的じゃありませんか」

森川は資料を眺めたあと、

「黒瀬さんとは話してる。向こうでは十分見込めるそうだ」

と答えた。

佐伯はそれ以上言わなかった。一号店はうまくいき、タイでの商品販売も伸びている。黒瀬が関わった仕事は、これまで結果を出してきた。森川がその経験を重く見るのも理解できたし、佐伯自身にも、計画を止めるだけの決定的な理由はなかった。

初夏になり、荒川の河川敷が濃い緑に変わったころ、二号店の計画は動き始めた。

コメント(2)

ログインすると、みんなのコメントがもっと見れるよ

mixiユーザー
ログインしてコメントしよう!

半蔵門かきもの倶楽部 更新情報

半蔵門かきもの倶楽部のメンバーはこんなコミュニティにも参加しています

星印の数は、共通して参加しているメンバーが多いほど増えます。