話はこうである。 一週間ばかり前である。最後の客が帰り、そろそろ、閉店にしようかと、ひとりで、TVをつけて、満『月』の夜に『湖』に『鬼』がでるという話を見るともなく見ている時に、はじめての男性の客がひとりでタクシーで乗り付けて、やってきた。 「まだ、良いですか」 と礼儀正しく訊く高級ブランドのスーツを着た明らかにインテリ層に属するその男に見覚えがあったが、すぐには、誰か分からなかった。 ウイスキーの山崎をロックで注文した彼とカウンターを挟んで対峙し、誰だったかを考えた。しばらくして男は、 『KPBC』 とつぶやいた。 それで、俺は、その男が誰なのかを思い出した。 その男(仮にB男とする)と俺は、大学の同じサークル仲間だった。彼とは同学年だったが、B男は経済学部で、俺は法学部だった。二人は1年のときに、KPBCという夏はテニス冬はスキーの遊びのサークルに入った。このKPBCとは 正式には、KEIO Planning Business Club なのだが 六本木のクラブを貸切ってパジャマパーティーなどをしたりしていたので、学生達には、KEIO Play Boy Club と認識されていた。誤解しないで欲しいのだが、俺たちは二人とも付属からではなく大学から入っていて、二代目三代目のボンボンではないという共通点があり、B男は公認会計士試験を目指していて、俺は学者を目指していて、怠惰な学生が多い中、二人共すごく勉強をする人種だった。どうせ勉強中心の生活を送るのだが、息抜きが無いと煮詰まってしまってかえって不効率なので、自分の本拠地の勉強のサークルのほかに、集中的にバカやって遊ぶ時間としてKPBCを位置づけていた。なので、俺たちは、どんなに遅く帰っても、予定の勉強が終わらないうちは寝ないという生活だった。 そんなわけで、B男とは、ウマが合った。彼は麻布中学高校で東大受験に失敗して落ちこぼれた男で、俺は高校受験に失敗しアホな都立に入り、そこからのしあがってきた男だったので、そういうお互いに無いところを持ち合っていたのも良かった。 俺たちはKPBCで、他学の色々な女子学生とバカをやっていた仲間だったが、確かにその時代はカギカッコ付きの「友達」と呼べる存在だったかも知れない。だがそれは自分の本分(それぞれの専門の会計学や法学)と無関係なところで交わるからこその、無害だからこその、「友達」だったと思う。これから競って行くライバルたち、戦友たちにはあかせない、あかしたくない自分の弱さ、醜さ、裏側を晒せるからこその「友達」だったと思う。 B男は学部のうちに資格試験に合格し、Big4のうちの一つの監査法人に入った。俺は大学院に進んだ。それから俺たちはそれぞれ別の世界に所属するようになり、一緒にバカをやる事はなくなり、会う機会もなくなった。