半蔵門かきもの倶楽部コミュの第七十一回 JONY作　「寒くて寒い春」　テーマ選択『廃墟』『おでん』『暖冬』

　『暖冬』の後にやってきたのは、寒い春だった。例年より3度は低い。
　それでも、今年も、桜は健気に咲いた。数年前までは、春になれば、桜の花の下に人は集い酒を飲み交わしたものだった。以前は、花見の席にカセットコンロを持ち込んで『おでん』鍋を囲み、今ではあり得ないことだが、直箸も気にせずめいめい好きな具を取って食べたりもしたものだった。
　今ではそんな過去があったなんて夢のようだ。今年、2030年の世界の様子を十年前の新型コロナウイルス流行前に、誰が予想しえただろうか。
　今、世界はどんどん死に向かっている。この十年で、世界人口は１０分の１以下に激減した。現在の（2030年の）世界人口は約7億人と推定されている。18世紀の産業革命以前に戻ったわけだ。人口学者のポール・モーランドは世界人口の推移を、「車がゆっくりとほぼ同じペースで何マイルも何マイルも進んでいることを想像してほしい。最初の数マイルは少しずつ、その後は急にスピードを上げ、やがて恐ろしいほどの速さに達する。しばらく猛スピードで走ると、突然ブレーキがかかって急に減速する」と述べているが、まさに、新型コロナウイルスは、車がスピンして横転するほどの急ブレーキだった。2０世紀、２１世紀の人口爆発が神の予想していなかったキチガイじみた猛スピードになったから、ブレーキのインパクトももの凄いものになってしまったのだろう。高速道路で時速２００Kｍで走っているときに急ブレーキを踏んだようなものだ。
　それでも日本はまだしもマシだった。2030年現在の日本の総人口は総務省統計局の発表では3000万人を保っている。江戸時代後期の推定人口とほぼ同じレベルだ。これは、厳しく鎖国を貫いた結果だ。米国、欧州はワクチンの効果に期待をかけすぎて、安全性の十分な試験を怠り、膨大な数のワクチン犠牲者を出してしまい、医療崩壊を招いて、死者を増やした。日本は頼りにならなさそうな男が首相になった後、政策を「感染者の徹底隔離」と「感染者の治療の禁止」、「外国との鎖国」を法制化し、重農主義に政策転換した。2030年の今日では、食料自給率100％である。十年前には食品ロス、食品廃棄物という言葉があったが、今は、死語である。昔ながらのコメの石高（こくだか）によって各地方自治体の力が図られ、コメが多く取れる県に人口は流れている。つまり、現代では、食を産みだす力が経済力であり、豪農が天下を牛耳っている。それに比べて農地でない土地の価値は下落し、人口の減少から、今や空き家率は50％を超え、各地の自治体は人集めに必死である。家賃という言葉は昔は家を借りる人が払ったものだが、今は、空き家に住んでくれる人に払うお金の意味である。税金は稼ぎの５０％。国民のほとんどが第一次産業に従事し、税金の大部分は国内秩序と鎖国を武力で守ってくれる自衛隊に支出される。
　欧米はわが国と文化が違うためか、盗賊同士が争う荒廃した国土になってしまい、都市部は『廃墟』になったと聞く。我が国は江戸時代からの温和な農耕文化の土壌が国を救った形だ。たまに日本でも、本当に餓死するものや、餓死寸前で徒党を組み一揆を起こすものもいるが、わが国は欧米と違い武器を国民が所有しない文化が長く続いたので、一揆が成功した話は聞かない。
　俺は時々思う。このまま西暦2100年を迎えた日本はどうなるのだろうと。歴史を見れば、我が国は、基本、自力では変われない国である。明治維新も第二次世界大戦後の改革も外圧でようやくというか無理やりというか嫌々変わった。中国ロシアを含め世界各国の実態は豪族的自警的自治で辛くも秩序を保っていて、すでに国の役割は形骸化している。この状況がこのまま続けば、日本以外の世界の人口はますます減り、弱体化し続け、それに比してわが国だけは自衛隊が力をつけて、自衛隊幹部中心に、中央集権化が進むだろう。そして、このまま行けば世界の中で、パンデミックの犠牲の少ない自分たち大和民族は、特別に優秀と島国根性で、思い込み、わが国には無い国土と資源を求めて、世界征服に乗り出すのではなかろうか。
　歴史は繰り返すというが、日本人は、よもや、過去の失敗を忘れるようなバカではなかろう。
そんなことより、今日の農作業をしなければ。そう思いながら、俺は、昔、都心と呼ばれていた、麹町の広大な畑に向けて歩き始めた。　
（終わり）