半蔵門かきもの倶楽部コミュの第６３回　たかーき作　積み重ねること（２）

休業。
そう部長から今日の夕方告げられた旨、２０時を過ぎて帰宅した僕は、自宅のリビングで沙智さんへ報告した。
「……そうなんだ」と彼女は言った。
「はい。悔しいですね」
僕は伝えた。会社の経営がかなり悪化しているから、仕事を休んでいただくという事。
現在在宅勤務中のものは会社のＰＣを早めに返却し、以降は、自宅待機するという事。
休業中は、賃金の６割を手当として支払う事。
そして、休業は社員の約半数にあたり、『重要な仕事に関わっていると認定された者以外』を対象としているという事。
以上だった。
その、悔しいという気持ちは僕の本音だ。僕は会社から『下から半分』と評価されてたんだという事も、同時に突き付けられたから。

「とにかく、まずは６割の給与は貰えるんだね」と、彼女は言葉をつづけた。
「はい」
「そっか……。いや、確かに来月は赤字だけど、でも現実的に考えれば、貯蓄はそこそこあるし、私、相談できる人もいるよ」
彼女は、懸命に明るく運ぼうとしてくれている事は、よくわかった。
でも、言葉は続かなかった。僕もまた、何も言えなかった。彼女の反応に対して、お礼も言えない。僕だって、暗い事を言うのだけは絶対にダメだという気持ちはあった。しかし、それだけだ。明るい気持ちになれる事が何もない。だからただ「僕よりひどい状況の人はたくさんいる」と、気持ちを押し殺し、黙るしかできない自分がいた。心の中で無力感と、誰に向けていいかわからない怒りが同時に湧いていた。
「あのさ、それにさ」
彼女が、ようやく口を開いた。
「色々思う事はあるけど、一旦前向きに考えよう。１か月をどう過ごすか。これもいいチャンスだよ」
「うん……」僕は、正直、取ってつけたようなポジティブな彼女の言葉に、ちょっとイライラして、少し口ごもってしまった。もう少し上手い事を言ってくれてもいいのに、なんて思った。
「あの、１か月ならいいですよ。でも、そうならなかったらどうするか？って事が心配なんです。今日、部長も１か月間休業せよっていう事を言いました。そこで僕、『休業後の翌月に、職場復帰するのか、それとももう１か月引き続き休業するか、その連絡はちゃんとくれるんですか？』って聞きました。そしたら部長、『そもそも何もわからない状態だ。それすら何とも言えない』って言われたんです」と僕は、早口で話した。
「思うに、もう会社自体が、やばいんじゃないかと思うんです」
「それは……」
「ごめんなさい」
「……」彼女は何か話そうと思ったらしいが、言葉にならなかった。

そこから、また、何を言っていいのかわからなくなった。
これからどうすればいいだろう。こんな急激に物事が変わるなんて思わない。自分がこういう形で巻き込まれるなんて。なぜこんな事に？堅実に、自分を信じて頑張ってきただけなのに。
積み木を積み上げるだけが、人生じゃなかった。僕の認識も、僕の信念も、どっちも間違っていた。間違ったままここまで来て、彼女と生活しているが、僕は駄目だ。責任もろくに追いきれない人間だ。

そんな僕に比べて、彼女はどうだろう？
彼女は、責任感が強い。さっきはむかついたけど、この状況もまたチャンスだって。そんな事言えちゃうだろうか？彼女は以前も、自分の意志で転職した事を理由に「こういう事も含めて、自己責任」だと思うって言っていた。彼女は凄い。僕と違って、ここからでも自分で状況を変える方法を探してる。
僕も、どうなるかわからない。でもどんな風になっても、死ぬわけにはいかないと思う。僕は、生きなきゃいけない。絶対に。
でも……何も言葉にできない。生きるというだけで、それを具体的に説明する言葉を僕は失ったまま。

まだ、僕も彼女も、リビングのテーブルでお互いに体を向き合ったまま、何も言葉を発さず、言葉を探していた。

生きるって何だ？どう生きる？なぜ生きる？
わからない。ただ答えは僕の中にあるはず。無から有を生み出すわけじゃなく、言葉にならないものを言葉にするだけなのに。でも、今の僕には、それすら難しかった。今まで、あまりにそういう事を考えた事が無さ過ぎた。
僕は今、この重い現実に相対する中で、「自分が新しい扉を開けつつあるんじゃないか？」という気がした。
今までの人生観を覆され、自分の無責任や、何も考えていなかった事を恥じ、そして同時に目の前の彼女という存在の大きさに思いをはせ、自分と向き合い始めている。僕はもう甘えとか、言い訳とか、終わりにしたかった。なんでもいいから前向きになるために、どんな言葉でもいい、出まかせでもいいから、僕は自分の責任で場を明るくしなきゃいけないと思い、口を開いた。

「私ね」「僕は」
その時、彼女と僕、二人が同時に言葉を発していた。
「あっ、ごめんね」
「あ、いいえ、あの……、喋ってください」
僕は咄嗟に彼女に発言を譲ってしまった。自分で発言しなきゃいけないって、思った矢先だったのに。
でも、それでよかったのかも。今の僕からはまだ、ネガティブな言葉しか出ないだろう。でも彼女になら、それができると思った。僕が発言するより、彼女の言葉に耳を傾けた方がいい気がした。
「いいかな？私」と彼女は言う。
「はい。言ってください」
僕は結局、黙る事を選択してしまった。やっぱり自分は、殻を破れないんだなと思い、少しがっかりもしたが。

「うん……そうだなあ。ちょっと私さ」彼女は話をした。
「まず最初に、私も、結構仕事減っちゃったから、さっきから暗い事ずっと考えてた。いや、まだ今も考えちゃってるよ。私のせいで暗くしちゃってごめん」
僕は彼女の言葉に驚いた。
「いや、そんな事ないです！僕の方が暗くしただけでしょ」
「ううん、私も森田君と同じで、新生活を始めて２年でこんな大きな壁に当たっちゃった。私、甘かった。こういう事が起きる事、想定してなかった」
彼女の言葉は、やはり頼もしく、強い意志を感じた。まるで僕までそう意識するよう仕向けられている気がした。
「色々言っても、変わらないよね。生きてたらお金は必要だし。私たちはローンを払うって決めたけど、私たちじゃなくても、お金はね。それに、仕事がなくなるって決まったわけじゃない」
「……」
「ね？思ったんだけど、何か頑張ろうって誓ったりするじゃん？誓うって、乗り越えようって意味じゃないのかもしれない」彼女は続ける。「仕事でこういう事になったりとか、病気とか、お金とか、仕事の友達とかとも色々あるじゃない？でも、そういう事を乗り越えるんじゃなくて、受け入れていく。そしてどう自分に受け入れさせるか、考えるっていう事だと思ったの」
「受け入れる……」僕は口を挟む。「今、しっくりきました。僕は、物事を一段一段積み重ね、自分を高めてイメージがありました。なんか、それでは物事を踏み台にしているようなイメージだった気がします。受け入れる、すごく謙虚で、いいですね」
「そうでしょ？」
「羨ましいです、沙智さんが。僕は、自分が思っている事を言語化できないから。なんとなくこういうものだって思ってた事を、こう、言葉にして分析するっていうか、僕はそういうのができなくて」
「森田君は、よく遠慮して黙り込むよね」
「そうですよね。でも、変えたい。僕も変化すべきなんです。だから今まで当たり前だと思ってきた事、全部分析して。理由があるわけではなくて続けてきた事。何となくなんですけど、多分、人生っていうか、僕たちだけじゃないですよね……世界が、大きく変わるんじゃないかなって言う不安があるんです。今までいいって言われてきた事が、駄目って事になる、それは凄く大きな事の前触れという気がします。僕は、今まで何かといえば外に出て、人と会って、密接で濃厚な関係を築き上げてるべきと思ってた。それは、理由がないというと語弊がありますね、『それがいいと思ってたから』という理由で、そうしてきたんです。刷り込みってやつですかね。そうして誰かがが頑張って、周りにいい空気がもたらされれば、経済や世の中にいいって思って。一人で頑張るのは、逆に間違いだと思ってました。昔、内気だったのを見返したい気持ちもあるんですが、誰とも関わらずに生きていくなんて人生じゃない。だから……関わった人数が多いほどいいと。でも今、そういう問題じゃなくなりつつある。人と距離が近いと駄目で、一人で家にいれば褒められる。これはどう捉えればいいんだろう？確かに、一時の事かもしれない。でも、今までのように必死で満員電車に寿司めになりながら、社会のテンションを上げて楽しくするために仕事して、熱を発散するというか、そういうのが当たり前の時代はもう、戻らないんじゃないかと。何となくですけど……」

「わかる。戻らないっていうか、同じ時代はもう二度とこないよね。一つの時代が終わったんだと思うの。それで何は変わって、逆に何が変わらないかは、選べないけど。
森田君は、人と沢山関わるほどポイントが稼げるみたいに思ってたの？意外。
私は、状況に合わせて自分で切り替えて、頑張り方を変えてきたのね。そしてそこに全力で努力を傾けてきたら、どんな仕事でも評価してもらえた。人には必ずやりたい事があるはずだから、その人のニーズを見つけてあげる、解決方法を考える、掘り下げる。段階ごとにコツを駆使して全力で頑張っていく。そういう事に頭を使ってきた。
一人で頑張る事が駄目なわけじゃない。一人でこだわりのあるものを作ってる人もいっぱい知っている。だったら、私はその人の黒子として頑張ってあげたい。
でも、人に会う機会がなくなるのは、考えてもなかったなあ。こんな事、今までなかった。誰かがいつもそこにいて当たり前だったもん。仕事は降ってわくわけではないのは、当たり前だけど、人は、私の近くに誰かしらくれるのが当たり前だと思ってたの。私の友達はビジネス用のＳＮＳも駆使して、この中でも頑張ってる。私はそういうのも遅れてるし」
「沙智さんは、人がいれば仕事は自分から作っていける。僕は、仕事は会社がお膳立てしてくれる甘い立場で。なのになぜ、こんな前提が続くと思ってたんだろう。積み木を積み上げるようにコツコツ人生が続くはずって。物事には、波がある物なのに。いい調子が続いた後は、何らかの理由で必ず悪い調子になる物なのに」
「なぜ波ってあるんだろうね。不思議なジンクスだよね。どんなに問題なさそうに見えても、数年おきに悪い事って起きるよね。私たちの見えない、自然の摂理のようなものが働いているとしか思えない」
「自然の摂理っていうか」と僕は答えた。「人知を超えたものっていう方が、僕的にしっくり来ます。理由は常にあるんだと思う。それに気付けるほど、人間が賢くないだけで。
例えば、世の中で人の移動が増えれば、今まで僕の会社の仕事は増えたし、世の中的にも景気がいい証拠だから、いい事だって僕は思ってました。ところが、人の移動が増えれば二酸化炭素がたくさん出るし、争いが増えるし、病気が蔓延する確率は上がる。そういう、いい面も悪い面もある事を、いいと決めつけ、社会がそのいい事に乗って。悪い事も同時に膨れ上がっていた事に誰も気づかなった。いつか大爆発するのは、当たり前かもしれませんね。気づいていた人も、大勢いたかもしれない。でも、多くの人は見てなかった。見たくないから」
「私も見たくない事、色々言い訳して、見ない事結構あるよ。私も載せられやすい自覚はあるし。友達で、変な健康食品に関する商材にはまっちゃった人がさ。その子、もういい加減自分がやってる事の間違いに気づいてくれるかなって思ってたの。そしたら、まだ全然続けてるらしくてさ。なんか、今の人はみんな自分が信じてる事を、ますます強く信じるようになってる気がするの」
「その人の話、確か、前聞いたと思います。まだやってるんですね。僕なんか、本当に載せられないと生きていけないくらいの人です。何か信じるものがないと動けない」
「どういう事？」
「これが正義、っていうものがないと行動できないんです。正義なんてないってわかってても、正義が欲しいんです。酔っていたい。見たい情報だけ見て、見たくない情報は間違っている事にして。あと、自分の中の違和感すら、認めたくなければ無視する事があります」
「それ、私じゃん。私が反省してるのは、在宅勤務になって、お客さんに直接訪問してた仕事ができない環境になったのに、それを全然認めたがらなかったのね。以前は、『何があっても仕事は、お客様のために、五感を駆使して、全身で相手の思ってる事を叶えるべき』って。思ってたんだけど。在宅勤務でも、その心がけだった。チャットか通話しかお客さんと話せないのに、五感を使えとか、全身を使えとか、ハッキリ言って馬鹿よね。心では、何かが違うって感情が湧いてたのに、その自分の感情を無視してたの」
「そうなんですね」
「環境が変わったら、できない事もある。確かにテレワークのおかげで、通勤が楽になったし、毎日メイクする必要はなくなった。でも、人と直接話せない不自由もある。だから環境が変わったら、やり方を変えるべき。私自身も、環境に合わせるべきって言ったけど、こんな事もできてなかったもん。今まで通りにできないのは私の甘え、って思っちゃってた。逆に甘えって何だろう。世の中が変わったのに、私は変えなくていいっていう方が、甘えなんだね」
「それって……、つまり環境に合わせて、その時々で正しい事っていうのがあるのに、自分の考えた正しいと思ってた事を貫き通す事で、安心領域に留まっていたかった。って事ですね」
「あ、うーん……そうね。森田君、結構ハッキリ言ったね」
「あ、ごっごめんなさい。言い過ぎました。僕は……なんで今、そんな事を言ったのかと言いますと、僕にも同じ事があったから」
「そうなの？」
「僕は、３月から、この４月にかけて、お客さんから急にお断りの連絡が重なってるのは、この情勢のせいで仕事がなくなっただけじゃないんです。僕も、会社の同僚も、環境が変わった事や経営が不安になってきた事の焦りで、何とか現状維持しなきゃって、なんとか精神論で乗り切ろうとして、ミスを連発したのも事実なんです。一部のお客さんは、契約解消まで考えていなかったのが、その様子を見て解消の決意をした人もいるかもしれない。勿論、言うまでもなく大半のお客さんはそれだけの問題じゃないですが。とにかく僕自身、環境の変化を認めないで、盲目的に頑張る事で安心領域にとどまりたい、不安から逃げたかったんです。積み木を積み重ねるだけの人生。僕の人生のイメージです。そのイメージが嘘だと言ってほしくなかった。だから、前と環境が変わってないと思い込む事にした……。ごめんなさい。沙智さんの話を、僕の勝手な解釈で、聞いてしまっていました」
「そうだったんだ。何言ってるの、そんな事言ったら、私こそごめんだよ。森田君の考えとか、私、決めつけで解釈してたと思う。どうせ、って。私も、君にすごく負担をかけていたのかもしれない」
「そんな事ないです！」
「ほんと？」
僕は、黙って彼女の顔を見ながら笑顔になった。そこに流れた沈黙は、さっきと違う心地よい沈黙だった。お互いを理解しあうための時間がそこに流れているような気がしたから。
「じゃあ、私たちは、今までと同じように積み木を積み重ねるだけの時間じゃないのかもね」
「そうですね。ああ、そういえば」
僕は思った事があって、その場の席を立ちあがると、僕の仕事部屋に続くドアを開けた。
「どうしたの」
「これ、僕が子供のころの思い出のものですけど、ほら、積み木のセット！まだ取ってありました」
「わあ！そんなの実家から持ってきてたんだね！」
「そうそう、今思えば、何が楽しいかなってなるかもしれないけど、僕、変わった子で。この四角いブロックをずっと１本に、まっすぐ積み上げるのが好きだったんですよ、ほら、こうして」
「そうなの？それは森田少年、面白い子ですわー」
僕たちは笑った。
早速僕は童心に帰って、その積み木を５段くらい、まっすぐに重ねてみた。ずっと落ち込んでいた気分が、少しずつでも前向きになれたのか、遊びたくなったのかもしれない。
僕たちは、二人交互に、１段、２段と重ねていった。６段目のブロックを、乗せようという時、彼女は、少しひねりを加え、わざとそのブロックを置く位置を、一つ下の５段目の重心から右側にずらした辺り置いた。その時だった。積み木は、バランスを支えきれなくなり、崩れた。

「あー、この角度じゃさすがに崩れるね！」
「あっ」と、僕は思わず、何か特別なアイディアがひらめいた気がして、変な声を出した。
「どうしたの？」
「いえ、その。そういえば、崩れるんですね」
「え？」
「いや、今、ちょっと思ったんです、僕。積み木は、積み重ねるだけのものじゃないって。積み木は重ねていけば、どこかで崩れる。もう一度積みなおさなきゃいけない」
「ん？」と彼女は、その意図がわからないという表情を浮かべて、首をひねった。まるで視点を変えて、僕が物事を見る時の視点の方向に合わせてくれるように。
「なんだろう……今の今までの僕は、無意識に、人生を積み木に例えてイメージしてた。それは積み木を、永遠に重ね続けるものとしてです。ずーっと、僕の脳裏に、積み木のイメージがあり続けたにも拘らず、今の今まで、『積み木のように積み重ねる』っていうイメージしか見てなかった。もう一つの側面、『積み木のように崩れる』って側面があるって事に、一度たりとも気づいた事がなかったんですよね。積み木という道具を、偉そうにも人生の例えに使っておいて、その道具が持つ側面を、わかってなかったんです。なんでなんだろう？って。本当に、一度も気づかなかったんですよ。今、この積み木を改めて見た時、気づいたんです。『重ねたら、崩れる』って。こんな当たり前の事なのに」
そういった時、僕はふと、体が小刻みに震えている事を感じた。この震えは何だろう？と自分の事なのに、よくわからなかった。
「ああ、うーん……なるほど。すごいね。今森田君の気持ちになってみたけど、わかる気がする。深いね。今までの話とつながってる」
「繋がってますよね」僕はそう言って、何かこの小さな積み木の玩具に、この年齢にして重要な事を教えられたような感慨に浸って、何か強い感情が、自分の中で静かに燃えているのがわかった。もしかしたら、今、何か現実を「受け入れる」事に成功したんじゃないかと、僕は感じた。人生の見えていなかった側面を、受け入れられたんじゃないか。
だから、今はこの湧き上がる気持ちを制御して、強く持たなければ、そう思いなおして、僕は続けた。
「今、まさに、ここなんだと思います。つまり、積み木は崩れました、という状態。今のは半分わざとだから、僕たちの意志で崩したけど、とにかくそれで、今、積み方が悪かったんだってわかりました、と。まさに、そこなんです。今の僕たちは……」
「わかった。じゃ、もう一度積みなおそう」と、そう言った彼女はさらりと、しかし毅然とした口調でそう言った。僕の言葉を反芻するそぶりも見せなかったので、僕は意外だった。それはまるで（そろそろ前へ進もう）と言わんばかりで、彼女は、積み木を３段積み重ねた。
「……そうですね。今度は位置をまっすぐにして」と、僕たちはその上に４段目を重ねた。そうして５段、そして６段目を置いた。
「で、また、崩れると」と彼女は言って、７段目に形の違う長方形のブロックを、縦に置いた。そしてそれは崩れる。
「そしてまた積みなおします」まるで、新しく向き合う事になる人生への予行練習のようだった。

「こうして、今の僕たちは、崩れても積みなおせます」
「大事な事ね」
「ただ、現実は置き方を変えればいいとか、そこまで簡単じゃない、崩れたら、どう置けばいいのか１から考え直しですからね」
「そうよね。どっちにしても……」と彼女は、積み木を後にして立ち上がった。「色々考えよう。前向きになるしかない。人生色々あるから」
彼女は言った。その言葉自体は、月並みだったかもしれないが、結局はそういう事だ。
僕は、自分が広げた積み木のセットをもとの箱に戻した。今日はもう遅いが、今からでも、やれる事はやろうという気持ちがあった。

世間の状況はさらに厳しくなり、ますます外出しにくくなると報道されていた。景気は大幅に悪化すると。
僕が今できる事は限られる。ネットを駆使して、しばらく連絡を取っていなかった友人と連携しよう。色々できる事をやろう。家事ももちろんだし、今後を見据えてお金の勉強、仕事の資格取得に時間を当てるのがいいか？そもそも実家も心配だから、電話で連絡しよう。
僕も、転職を考えるべきなのか？今の会社からは、あまり評価されていなかったし、この景気では……、と、心配も多い。でも、踏み出さなきゃ。今後どういう風になっても、生きていけるように。
これからの事、僕は前向きに考え始めた。

コメント(3)

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[3] mixiユーザー 05月16日 18:18

なんと表現したらいいのかわからないんですが、「こいつはすげぇや！」って思いました。
まず第一段落で、いきなり、すごく強烈な、問題提起をしてるんですよね。人生ってなんだ？みたいな。誰もが一度は考えたことがあるかもしれないけれど、普段面倒で考えないようにしていること。
それを、洗練された文章で、さらっと書いていて、すごいな、と思いました。

しかも、そういう哲学的な問いを考えずに忙しくしていた暮らしが、目の前でガラガラと崩れていく様が、次の段落以降で展開していく……主人公の「人生ってなんだ？」とという問いを、所々織り交ぜながら。
これは、もしかしたら、たかーきさん本人の魂の叫びなんではないか？そういうリアリズムと、熱感と、人生に対する深い洞察が織り交ぜられていて……読んでいてドキドキしました。
この主人公なのか、たかーきさんなのか、わからないですが、この人は繊細に真摯に真面目に人生について考え続けてきたんだなぁ、と感じました。

zoomでもおっしゃっていた気がしますが、最後主人公のその配偶者の、対話形式になっているのが、賛否を呼ぶ気がしました。この対話が、この小説のオリジナリティになっていると思うんですが、私はこの部分をどう捉えたらいいか難しかったです。
端的に言うと、難しくて頭に入ってこず……と言う部分がありました。何か大切なことが書いてある気がするんだけど、目が滑って読み込めない、というような感じでもありました。というかこの対話部分に関しては、あまり読み込めてないです。すみません。「なるほど！」と強く思った箇所もありました。

この対話部分だけ、雑誌とかに載っていそう。でも、雑誌だと、インタビュアーやスピーカーが、どこの誰で、どういう背景で、何をテーマについて話しているか、それらについて、読み手がよく知っているか、興味がある、という前提がありますよね。
小説だと、なかなかそれが実現しづらくて、読み辛さを感じてしまったのかも。お気を悪くされたらすみません。
この小説に関しては、「2人は結婚してるんだよね？彼女は森田くん呼び？そして敬語？それでこの2人の関係性が、真面目な人格が、なんとなく伝わる……でも、もっと背景を知りたい！」と感じました。これは純粋に興味をそそった部分です。
そういう人物描写がもっと多ければ、この対話に関しても、もっと理解しやすかったんだろうか？とふと思ったのです。

最後の対話部分が、新しい小説の形を示してくれているような気もします。
映画やアニメ、音楽と違って、小説はやはり、文章でしかできない思考の深さを示してくれるものだと思います。読みやすいエンタメ小説というと、まるでドラマや映画みたいに映像っぽい表現に感じますね（それが悪いということではなく）。
一方で、たかーきさんの書かれた小説は、文章でしかできない深いところまで切り込んでいますよね。
こういう形で、読者の思考や心を揺さぶりつつ、リアルと虚構を行ったり来たりするような小説は、すごいな、と思いました。だから、最初に書いたように、「こいつはすげぇ」と感じたんだと思います。いろいろぐだぐだ長く書いてしまいましたが。
失礼しました。

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