半蔵門かきもの倶楽部コミュの第六十三回　JONY作　「最新型コロナウイルス」（テーマ選択『新生活』）

　俺は、新ダイヤモンド・プリンセス号の船長だ。
　俺の船は、世界のさまざまな海域の周遊を目的とする外洋クルーズ客船だ。2050年に、三菱重工長崎造船所で建造された。全長３００ｍ、全幅４０ｍ、高さ５０ｍ、総トン数１０万トンのこの船の主機関は、原子力エンジンで、丸１年燃料を給油しなくても、航行が可能というしろものだ。乗客定員3000名乗組員1000名で、船籍は英国だが、運航は俺の雇い主である米国のカーニバル・コーポレーション社が行っている。本船が就航する前に会社が運航していた旧ダイヤモンド・プリンセス号は、３０年前の2020年新型コロナウイルス騒動のとき報道されて名前が出たので、中年以降の人は今でも記憶しているかもしれない。この30年前の2020年という年は、「新型コロナウイルス」の年だった。この感染症によって、世界中で感染者２億人、死者800万人を出した災害は、歴史の教科書に載っている。この年の２月に、旧ダイヤモンド・プリンセス号は、船内でウイルス感染患者を出したことから、日本の横浜港に停泊したまま、上陸を許されず、乗客乗員が船内自室に封じ込められたのだった。しかし、その結果、乗客乗員4000名に対して感染者はわずか700名に留まった。4000病床の検疫施設が港に無ければ、この措置は、寄留地である日本国に、この感染症を伝播させないための非常措置として最善のものだったと今では言われている。
　同じような災難は忘れたころにやってきた。今度は、「最新型コロナウイルス」と呼ばれる、強い感染力、高い致死率を誇る風邪だった。最初のニュースは、南極で聞いた。「中国で発生した未知の風邪ウイルスが発見された。このウイルスは飛沫感染ではなく空気感染し、肺炎を起こして死亡に至らしめる。その致死率は7０％と分析する専門家もいる」との情報だった。
　ちなみに今回のクルーズは、横浜発で南極沖の南氷洋から砕氷上陸艇に分乗して、南極に上陸し、再度横浜まで帰ってくるというもので、全行程の９割が海上で１割が南極に設営した豪華な仮宿舎のグランピングで過ごすというものだった。南極に特化した今回のクルーズは、光源が少ないので星が綺麗で、オーロラにも頻繁に出会え、クジラにも出会えるとあって、コアな旅行ファンや珍しもの好きの金持ちには人気だったが、派手さに欠けるためか乗船した客は定員の８割の２４００人で、600人の空きを出してしまい、企画は成功とも言えなかった。
　南氷洋でも、本船の通信はもちろん、衛星携帯電話なら携帯も利用できるし、衛星放送でテレビも見ることができる。最初に入った「最新型コロナウイルス」のニュースでは中国国内だけで数例の感染の報道だったのが、翌日には、数十人の感染の報道になり、さらにその翌日には数百人の感染の報道になった。俺は、３０年前の「新型コロナウイルス禍」を実際に体験しているので、これは、とんでもない事態になると判断し、上級船員、つまり１等航海士、機関長、通信長、船医を至急集めた。そして討議の結果、南極で豪華グランピングをしている乗客や客室スタッフに至急本船に戻るように指示を出した。高い金を払ってクルーズに参加している乗客たちはいきなり予定を変更されて、文句の嵐だったが、ともかくも全員が本船に戻った。全員がそろったところで、俺は船内放送をした。
「本船は予定を変更し、『最新型コロナ禍』が収まるまで、どこにも上陸せず、洋上にいることにする。もしこれに反対の者がいれば、明日、チリ最南端のプンタアレナスの港に上陸艇で上陸させるので、申し出るように。当職の判断では、今後数週間で世界はパンデミックに見舞われ、30年前の『新型コロナ禍』の数百倍の死者を出すのは間違いない。1918年のスペイン風邪は少なく見積もって2500万人の死者だった。今回はそんな程度では済まない。理由は今回のウイルスは飛沫感染ではなく空気感染するからである。ウイルス問題解決までの乗船期間は１年を予定している」
最初の乗客たちの反応は、クルーズ料金はどうなるのかというものだった。俺は全額返還すると即答した。これについてはカーニバル・コーポレーション社の社長の決済をとってあったのだ。社長と役員連中は、俺のプランを聞いた結果、数日中には、家族を連れて南極の玄関口プンタアレナスからジェットヘリで本船に乗船の予定だった。
次の質問は、国に残した乗客乗員たちの家族を乗せられるかというものだった。無理もない。しかし、これについては出来ないと回答した。船のキャパシティの問題もあったが、第一に、ウイルスの持ち込みの危険性があるからだった。
さらにその次は、１年間の食糧、燃料、生活資源が間に合うのかの質問だった。これについては、この数日で、勝負をつけるつもりだった。つまりこの船の持っている最大の武器、つまり、地球上最後に残された安全空間である本船上の客室を、食品、生活資源を有する企業のオーナーに提供する対価として、南極大陸近くの無人島に4000人×１年分の食料飲料等を備蓄するプランだった。
その夜、俺はなかなか、寝付けなかった。ウイルスの伝播とのスピードの競争とすれば、あと数日が限度だろう。すでに本社幹部とその家族で乗せられる600のうちの１００が埋まってしまった。あとの500のスペースを希望する人は多いだろう。高く売りつけて財力を確保すべきだろうか？それとも、優先すべきは医学者だろうか？パンデミック後の『新生活』を考えれば、再建を担う優秀な若者達だろうか？
しかし、翌朝、あっけなく決着はついた。イギリス海軍駆逐艦３隻が本船を取り囲み、武器で脅されてアルゼンチン最南端に位置するフォークランド諸島の英国基地軍港に強制入港させられたのだ。乗り込んできた兵士に銃を突きつけられて、下船させられ、若い将校に、申し渡された。
「新ダイヤモンド・プリンセス号は、英国首相の命令で、超法規的措置として、英国が接収する」
俺は甘かった。今や世界有数の価値ある空間となったこの船を船籍国であるイギリスが放っておく筈はなく、武力もなしで守れるはずはなかったのだ。新ダイヤモンド・プリンセス号は、世界のVIPを避難させる空間として、パンデミック後の世界覇権を狙っている英国に奪われたのだった。
三日後、俺はなんとか身一つでナリタに到着し、久しぶりに日本の土を踏んだ。入国管理局は俺がまだ感染者の発見されていない南米からの帰国者ということで、簡単な健康診断だけで、入国させてくれた。あと数日たてば、全世界からの入国を日本も拒否することになるところだったろうが。
俺は、「英国軍に接収されたクルーズ船船長帰国」ということでマスコミに取り囲まれることを危惧していたが、マスコミは一人も来ていなかった。というのは、状況はもはやそれどころではなくなっていたのだ。日本の人口が半分になるかも知れないという事態に、貨幣経済はもろくも破綻して、食料の強奪が各地で発生し、無人島や、山奥で、外部の者を入れないコミューンが作られ、自衛隊の若手将校がクーデターを起こし、国会議事堂が焼け落ち、皇居に拠点を置いた軍事政権が樹立されて、マスコミはすべてその報道管制下にあったのだった。成田エクスプレスは動いていたが、幕張を超えたあたりで、都内のあちこちで煙が上がっているのが見えはじめ、都内に入ると、軒並みどのビルもシャッターを閉め、ガラスが割れ、街路では火炎瓶が燃え、銃声が響いていた。東京駅に着くや、俺は、邪魔になるスーツケースを捨て、手近に聞こえる銃声のほうへ走りだしていた。それは、もちろん、今の日本で一番必要なもの、「銃」を手に入れるためだった。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　終わり