＊この作品はフィクションであり、本文中に登場する人物、団体、名称等はいっさい実在するものと関係はございません＊
＊また、この作品は連載小説の三話目です。
初回の「新世界 vol.1『あの場所』」は ↓
https:/
前回の「新世界 vol.2『しもべ妖精の魔法』」は↓
https:/
をご覧ください＊
＊ ＊ ＊ ＊ ＊
「しかし『しもべ妖精』ってなんなんや？」
「さとる、君、そこまでは知らなかったの？」
そう僕が驚くと、
「佐久（さく）兄ちゃんのときと今じゃ試験に必要な知識が変わっとんのや」
と返された。
「そもそも、こっちの大阪とあっちの大阪で、親子で行けるような遊び場がすっきり分かれたっていうのが変ちゃう？ USJのある此花区はオレらに見えていて、海遊館や観覧車のある港区が見えてないなんて、オレも海の生き物とか見たかったっちゅーねん！」
「陸の生き物で我慢するしかないね。天王……」
危ない。さとるのペースに飲み込まれるところだった。この子は見た目より賢い。
「ましてや、『しもべ妖精』って架空の生き物やん。そんなん、人間以外の生き物だって食料しか見られないのに、興味ないって」
そうかもしれない。さとるの世代と自分の世代じゃ何もかも違うのだ。そして僕は、リアルタイムでハリー・ポッターに触れていた。ハリー・ポッターに出てくる架空の生き物、「しもべ妖精」にも……。
右手首の時計を見たさとるに、
「そろそろお昼やん。オレ、ちょうど今日『とうせき』の日なんすけど、一緒行きます？」
と訊かれた。
「車でってこと？」
「ええ。今の組織はみんな、たくさん詰め込めるから自分の車持ってますもん」
「僕の頃は違ったな。ナカから此花までなんてめっちゃ近いし」
「ていうか、オレは大阪自体が小さいと思う」
いつもお昼はお弁当を持ってくる鈴木さんに不在を告げ、僕とさとるは美術館を後にした。
さとるの車は地下鉄御堂筋線（みどうすじせん）が動いていた頃の淀屋橋（よどやばし）近くに着けてあった。
「最短距離で行けるようにしてんねん」
車は二つの川の中州である中之島を抜け、目の前にはショッピングビルやそれを遥かに超す高さのオフィスビルが広がる……。
「ここが「キタ」のメインやからのう」
「まさに北区って感じだよね。これより北に行くと、淀川で大阪が遮られちゃうからね」
「おっ、次は佐久兄ちゃんの知識披露タイムか？」
にいっと笑うさとるはやはり魅力的な顔をしていた。
「今の大阪の最南端が大阪市のほぼ最南端になっている大和川なのはわかるけどさ、淀川以北の東淀川区、淀川区、西淀川区って、更に北の川が大阪市の最北端じゃん。合わないよね」
「淀川がこっちとあっちの境界じゃなかったら、新大阪がこっちやったってことやな。ま、なんも知らねえオレからすると、新幹線っていうめちゃくちゃ速くて日本人が重宝している乗り物が変にならなくてよかったと思うけどな」
「実際、今の大阪じゃあ、電車は交通手段になってないしね」
国内から鉄道で大阪に行こうとすると、たいていはJRの新大阪駅まで新幹線で来ることになる。
新大阪に思いを馳せたい気持ちもあるけど、今はまずさとるとのドライブだ。
「んで、福島区入ります」
開発途中の建物も含め、「キタ」の華やかな街並みにさよならを告げ、車は西へ西へと向かう。
「さとるは「キタ」のどこで育ったの？」
「それはトップシークレットや」
と、口元に右人差し指をやるさとるの仕草を見ていると、なんだかちょっとしたデジャヴュを感じた。北区には敵わないものの、オフィスビルを越えていくと、
「着いた〜！！」
USJのあった此花区に入る。
＊ ＊ ＊ ＊ ＊
ここで少し昔話をしよう。
なぜ「とうせき」が始まったのか。そういう話だ。
西暦二千十二年四月十日、あっちの大阪からこっちの大阪に食料が送れるらしいことを発見したＵＳＪのキャストが、その行為のことを「しもべ妖精の魔法」と表した。この言葉が当時の世相をすごくよく反映していたので、記念すべき第一回目の大阪流行語大賞は「しもべ妖精の魔法」となった。とにかく魔法としか言いようがなかった。ＵＳＪ内で秘密裏に完成していたハリー・ポッターのエリアにある食料、それぞれはエリアの建物の中に上手に入っていて、その男性キャストはお好み焼きを見つけたときに「しもべ妖精」云々と口走ったらしい。
そのハリポタ（ハリー・ポッターの通称）エリア内には、あの「りくろーおじさんの店」のチーズケーキもあった。食料のなかで最も大切なのは、この大阪定番のチーズケーキだ、というのも一つの見解だ。りくろーおじさんのチーズケーキ自体は、まあなんてことないチーズケーキだが、ホールの上に可愛らしいりくろーおじさんのイラストが描いてある。工場や店舗はこっちの大阪にあるが、誰かあっちの大阪の人がその発想を利用しようと考えついたらしい。本来ならりくろーおじさんが微笑んでいるところに、文字を印字することで、あっちからこっちへメッセージを伝えることができた。
りくろーおじさんのチーズケーキを始めとし、様々な伝達事項は食料としてこっちに渡った。南は大和川、北は淀川までの大阪市の一部があっちの大阪には海にしか見えなくなっている。海抜三百メートルの地点には膜のようなものがあるが、その膜から食料をこっちの大阪に送ることが出来る。しかし、新大阪のある淀川区から淀川に向かおうとすると、川はたちまち海抜三百メートルまで高さを増し、川を離れない限りその高さを維持する（南端も同じ）など……。
＊ ＊ ＊ ＊ ＊
僕が思い入れに浸っているうちに、さとるは此花区の職員と話していた。
「『ナカ』のさとるさんですね。今日も前回と変わらない食料になっていますので」
「ん〜ありがとさん」
「ガソリンの量は大丈夫ですか？」
「たぶん次の次の『とうせき』には間に合うくらいはあるわ」
「承知しました。お水の方はいかかがです？」
「そっちも同じようなもん。また次も頼むで〜」
「はい。それでは今日はこれで失礼します」
さとるは職員との会話を終え、約一週間分の食料をドスドス車に入れていく。
「にしても、なんでガソリンはOKなんだろうね〜？」
「そんなん知らんわ。海抜三百メートルから降ってきたもの、それだけをオレたちが使うだけだ」
何となく、さとるはガソリンの危険性をも知らないような気がした。
「電車と、あと水道くらいだね。なくなったライフラインは」
するとさとるは、
「佐久兄ちゃん、何が無いから不便、大阪しか知らないから可哀想、そういうの止めてほしいんやけど」
と不満を隠さなかったので、
「ん、ごめん」
謝った。
「ほな、ちょっとドライブして帰ろか」
内心、面倒くさいことになったなぁと感じた。
大阪の中心部へ向かうさとるとのドライブは、行きとは異なり、終始無言だった。やはり、大阪育ちでもない、東京から観光に来ただけで大阪に一生いることになった自分は、ネイティブかつ西暦二千十二年生まれのさとると違って、考えが甘すぎるというか捨て鉢すぎるのではないか。
使われなくなった高速道路（いつ崩壊するんだろう）を通り、中之島の西端（中之島は東西に長いのだ）を通り過ぎ、京セラドームを横目にしながら、JR大阪環状線（こっちの大阪の東端は、大体この線路に沿っている）に助走したころには、すっかりあれしか目に入らなくなった。
＊ ＊ ＊ ＊ ＊
あの向こう。
西暦二千十二年以降、「近鉄前交差点」を中心として、そこから約半径一キロメートルのところには高さ五十メートルの人工の壁が建てられた。
なにわのエッフェル塔と呼ばれる通天閣、その周りのエリア新世界、動物園や美術館のある公園・天王寺公園や、その地名の元となる四天王寺……。こういった「あの場所」にはいつのまにか他の大阪人は行けなくなってしまった。
そして建設中の高層ビル・あべのハルカス……。
「完成したら行こうね」
僕と彼女は確かにそう言い合った。
その言葉だけが、僕の生きる糧なのだ。
（新世界〈上〉 vol.1〜3 完）
＊参考図書 ヤマシタトモコ「花井沢公民館便り」（全3巻）、じゃらんやるるぶなど多数のガイドブック＊
＊また、この作品は連載小説の三話目です。
初回の「新世界 vol.1『あの場所』」は ↓
https:/
前回の「新世界 vol.2『しもべ妖精の魔法』」は↓
https:/
をご覧ください＊
＊ ＊ ＊ ＊ ＊
「しかし『しもべ妖精』ってなんなんや？」
「さとる、君、そこまでは知らなかったの？」
そう僕が驚くと、
「佐久（さく）兄ちゃんのときと今じゃ試験に必要な知識が変わっとんのや」
と返された。
「そもそも、こっちの大阪とあっちの大阪で、親子で行けるような遊び場がすっきり分かれたっていうのが変ちゃう？ USJのある此花区はオレらに見えていて、海遊館や観覧車のある港区が見えてないなんて、オレも海の生き物とか見たかったっちゅーねん！」
「陸の生き物で我慢するしかないね。天王……」
危ない。さとるのペースに飲み込まれるところだった。この子は見た目より賢い。
「ましてや、『しもべ妖精』って架空の生き物やん。そんなん、人間以外の生き物だって食料しか見られないのに、興味ないって」
そうかもしれない。さとるの世代と自分の世代じゃ何もかも違うのだ。そして僕は、リアルタイムでハリー・ポッターに触れていた。ハリー・ポッターに出てくる架空の生き物、「しもべ妖精」にも……。
右手首の時計を見たさとるに、
「そろそろお昼やん。オレ、ちょうど今日『とうせき』の日なんすけど、一緒行きます？」
と訊かれた。
「車でってこと？」
「ええ。今の組織はみんな、たくさん詰め込めるから自分の車持ってますもん」
「僕の頃は違ったな。ナカから此花までなんてめっちゃ近いし」
「ていうか、オレは大阪自体が小さいと思う」
いつもお昼はお弁当を持ってくる鈴木さんに不在を告げ、僕とさとるは美術館を後にした。
さとるの車は地下鉄御堂筋線（みどうすじせん）が動いていた頃の淀屋橋（よどやばし）近くに着けてあった。
「最短距離で行けるようにしてんねん」
車は二つの川の中州である中之島を抜け、目の前にはショッピングビルやそれを遥かに超す高さのオフィスビルが広がる……。
「ここが「キタ」のメインやからのう」
「まさに北区って感じだよね。これより北に行くと、淀川で大阪が遮られちゃうからね」
「おっ、次は佐久兄ちゃんの知識披露タイムか？」
にいっと笑うさとるはやはり魅力的な顔をしていた。
「今の大阪の最南端が大阪市のほぼ最南端になっている大和川なのはわかるけどさ、淀川以北の東淀川区、淀川区、西淀川区って、更に北の川が大阪市の最北端じゃん。合わないよね」
「淀川がこっちとあっちの境界じゃなかったら、新大阪がこっちやったってことやな。ま、なんも知らねえオレからすると、新幹線っていうめちゃくちゃ速くて日本人が重宝している乗り物が変にならなくてよかったと思うけどな」
「実際、今の大阪じゃあ、電車は交通手段になってないしね」
国内から鉄道で大阪に行こうとすると、たいていはJRの新大阪駅まで新幹線で来ることになる。
新大阪に思いを馳せたい気持ちもあるけど、今はまずさとるとのドライブだ。
「んで、福島区入ります」
開発途中の建物も含め、「キタ」の華やかな街並みにさよならを告げ、車は西へ西へと向かう。
「さとるは「キタ」のどこで育ったの？」
「それはトップシークレットや」
と、口元に右人差し指をやるさとるの仕草を見ていると、なんだかちょっとしたデジャヴュを感じた。北区には敵わないものの、オフィスビルを越えていくと、
「着いた〜！！」
USJのあった此花区に入る。
＊ ＊ ＊ ＊ ＊
ここで少し昔話をしよう。
なぜ「とうせき」が始まったのか。そういう話だ。
西暦二千十二年四月十日、あっちの大阪からこっちの大阪に食料が送れるらしいことを発見したＵＳＪのキャストが、その行為のことを「しもべ妖精の魔法」と表した。この言葉が当時の世相をすごくよく反映していたので、記念すべき第一回目の大阪流行語大賞は「しもべ妖精の魔法」となった。とにかく魔法としか言いようがなかった。ＵＳＪ内で秘密裏に完成していたハリー・ポッターのエリアにある食料、それぞれはエリアの建物の中に上手に入っていて、その男性キャストはお好み焼きを見つけたときに「しもべ妖精」云々と口走ったらしい。
そのハリポタ（ハリー・ポッターの通称）エリア内には、あの「りくろーおじさんの店」のチーズケーキもあった。食料のなかで最も大切なのは、この大阪定番のチーズケーキだ、というのも一つの見解だ。りくろーおじさんのチーズケーキ自体は、まあなんてことないチーズケーキだが、ホールの上に可愛らしいりくろーおじさんのイラストが描いてある。工場や店舗はこっちの大阪にあるが、誰かあっちの大阪の人がその発想を利用しようと考えついたらしい。本来ならりくろーおじさんが微笑んでいるところに、文字を印字することで、あっちからこっちへメッセージを伝えることができた。
りくろーおじさんのチーズケーキを始めとし、様々な伝達事項は食料としてこっちに渡った。南は大和川、北は淀川までの大阪市の一部があっちの大阪には海にしか見えなくなっている。海抜三百メートルの地点には膜のようなものがあるが、その膜から食料をこっちの大阪に送ることが出来る。しかし、新大阪のある淀川区から淀川に向かおうとすると、川はたちまち海抜三百メートルまで高さを増し、川を離れない限りその高さを維持する（南端も同じ）など……。
＊ ＊ ＊ ＊ ＊
僕が思い入れに浸っているうちに、さとるは此花区の職員と話していた。
「『ナカ』のさとるさんですね。今日も前回と変わらない食料になっていますので」
「ん〜ありがとさん」
「ガソリンの量は大丈夫ですか？」
「たぶん次の次の『とうせき』には間に合うくらいはあるわ」
「承知しました。お水の方はいかかがです？」
「そっちも同じようなもん。また次も頼むで〜」
「はい。それでは今日はこれで失礼します」
さとるは職員との会話を終え、約一週間分の食料をドスドス車に入れていく。
「にしても、なんでガソリンはOKなんだろうね〜？」
「そんなん知らんわ。海抜三百メートルから降ってきたもの、それだけをオレたちが使うだけだ」
何となく、さとるはガソリンの危険性をも知らないような気がした。
「電車と、あと水道くらいだね。なくなったライフラインは」
するとさとるは、
「佐久兄ちゃん、何が無いから不便、大阪しか知らないから可哀想、そういうの止めてほしいんやけど」
と不満を隠さなかったので、
「ん、ごめん」
謝った。
「ほな、ちょっとドライブして帰ろか」
内心、面倒くさいことになったなぁと感じた。
大阪の中心部へ向かうさとるとのドライブは、行きとは異なり、終始無言だった。やはり、大阪育ちでもない、東京から観光に来ただけで大阪に一生いることになった自分は、ネイティブかつ西暦二千十二年生まれのさとると違って、考えが甘すぎるというか捨て鉢すぎるのではないか。
使われなくなった高速道路（いつ崩壊するんだろう）を通り、中之島の西端（中之島は東西に長いのだ）を通り過ぎ、京セラドームを横目にしながら、JR大阪環状線（こっちの大阪の東端は、大体この線路に沿っている）に助走したころには、すっかりあれしか目に入らなくなった。
＊ ＊ ＊ ＊ ＊
あの向こう。
西暦二千十二年以降、「近鉄前交差点」を中心として、そこから約半径一キロメートルのところには高さ五十メートルの人工の壁が建てられた。
なにわのエッフェル塔と呼ばれる通天閣、その周りのエリア新世界、動物園や美術館のある公園・天王寺公園や、その地名の元となる四天王寺……。こういった「あの場所」にはいつのまにか他の大阪人は行けなくなってしまった。
そして建設中の高層ビル・あべのハルカス……。
「完成したら行こうね」
僕と彼女は確かにそう言い合った。
その言葉だけが、僕の生きる糧なのだ。
（新世界〈上〉 vol.1〜3 完）
＊参考図書 ヤマシタトモコ「花井沢公民館便り」（全3巻）、じゃらんやるるぶなど多数のガイドブック＊
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