半蔵門かきもの倶楽部コミュの第四十六回　みょこ作「視線」

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　私達は市主催の理科教室に来ていた。会議室のような空間に四人掛けの四角い机が三つ、逆三角形に並べられただけのこじんまりとした会場だ。私は後ろの島の前側の椅子に窓の方を向いて座り、体と首をそれぞれ椅子と体から四十五度ずつ回して前方を見ていた。申し訳程度の教卓の奥で、先生が星座の名前をホワイトボードに等間隔で順番に書き出し終わった。
「みなさん、私が文字を書いている間、星座のイメージを膨らませていただけましたでしょうか。では、それぞれの星座がどんな形か、自由に描いてみてください。骨組みからでもいいですし、絵を先に思い浮かべてもいいです。お好きな星座からで大丈夫ですが、迷うようならご自分の星座から始めてください」
　私達は先生が言葉を切った瞬間、机の上の星座の名前が等間隔に印刷された紙に目を落とした。私を除いて。

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「私は、先生が話し終わっても先生を見ていました。先生は、私達を見渡すでもなく、窓の外を眺めるでもなく、教卓に目を落とすでもなく、私を見ていましたよね。
　先生は私の目を見ていましたけど、私は先生の目を見てはいませんでした。……どこを見ていたか、覚えていますか？」
「……ああ、そんなこともありましたね」
　先生は私の向かいで満杯のお猪口に目を落としながら私の話を聞いていた。先生は私が話している間は決して私の方を見ないし、話し終わってもしばらくの間は視線を動かさない。初対面の人とはあんなに目を合わせて話しているのに。私が初対面の時はどうだっただろうか。もう覚えていなかった。
　まあ私も人のことは言えず、話している間は先生の方を見ないのだが、私の場合は話し終わるとすぐに先生の方を見ることが多かった。
「覚えているか、ということは、私は知っているはずなんですね」
　先生が話している間、私は先生の目を見ている。私は先生のお猪口に視線を下ろしながら、
「知っているはずだった、かもしれないですけど」
　と言った。先生は表情を変えず、視線をほんの少しだけ遠くに、私の方に動かした。私の手が僅かに震えた。

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「まさか高山さんが受講生の中にいらしたとは、驚きました」
「私もまさか、先輩が先生だなんて思ってもみませんでした」
　私の手が少し震えた。
「そうですよね。私は少しだけ、期待していたかもしれませんが」
「はあ」
　私はグラスを手元に引き寄せて回し始めた。先生がグラスから手を離すのが横目に映った。
「でも、簡単なことばかりで退屈だったでしょう」
　私はカクテルを一口飲んでグラスをカウンターの奥の方に寄せ、手を組んだ。
「そうでもありませんよ。だいぶ忘れていましたし、最後の星座の絵のやつ、あんなこと初めてだったので新鮮でした」
　先生が私の方を見た。私はカウンターに目を落としながら両手を弄んでいた。
「……そうですか。あれは、天文同好会で誰かがやっていたことを真似しただけなんですけどね」
「……先輩は、まだ会長をやってるんですか？」
　私達の視線は、カウンターの奥に置かれた置物の辺りで交差していた。
「そういえば、あの頃は会長と呼ばれていましたね」
「私、人を役職で呼ぶのが好きなんです」
　私は先生の顔を見た。先生は壁に掛けられた絵の方を見ていた。
「会長はやっていません。たまに講師として呼ばれるだけですよ」
「じゃあ、これからは先生と呼ぶことにします」
　私はそう言って視線を外した。

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　私は、先生が話し終わっても先生を見ていた。先生は、私達を見渡すでもなく、窓の外を眺めるでもなく、教卓に目を落とすでもなく、私を見ていた。
　先生は私の目を見ていたが、私は先生の目を見てはいなかった。私は先生の右腕を見ていた。私のさそりに狙われている右腕を。
　さそりは今にもホワイトボードから飛び出して先生の右腕に襲いかかりそうな気配を漂わせていた。その奥には先生の人馬が隠れていて、その両手に掲げられた弓矢は確かに私のさそりに向けられていた。
　先生が文字を書いている間に私によって創り出された星座達は、私と先生の周りを自由に動き回っていた。星座の形になることで、公転周期から解放されたようだった。
「止まってくれないと描けないんだけど……」
　私はそう呟いて、机に目を落とした。私の口の動きは先生の目に映っていたが、声は届いていなかった。

　　　　　＊＊＊

　私は私のお猪口と先生のお猪口のあいだに紙を一枚置いた。そこには、一匹のさそりと、人間の右腕が隣り合わせに描かれていた。
「てっきり回収されるものだとばかり思っていたんですけど」
「……私は星座を書くように言ったつもりだったんですが」
「ちょっと紙が小さかったみたいですね」
　私はお猪口に視線を向けた。
「この右腕は射手座の一部だと？」
「人より大きなさそりがいるなんて聞いたことありませんから」
　先生は紙とお猪口のあいだに視線を向けている。
「まあ、明日の朝、にでも生まれているかもしれませんけど」
　先生の視線が紙の上を漂って、お猪口の上で止まった。
「もしあなたの布団の中で大きなさそりが見つかったら、そっと布団をかけ直しておきますよ」
　私の顔のほうれい線が少しだけ濃くなった。

コメント(7)

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[1] mixiユーザー 11月11日 21:45

もう少し手を入れたい箇所はあるのですが、今回はこれでお願いしますm(*_ _)m

[3] mixiユーザー 11月12日 02:09

先月の文芸部Bで教わったツールで解析してみました。

小説形態素解析CGI（β）
https://ennach.sakura.ne.jp/Morph/

　やや会話文が多めの文体となっています。
　かな：漢字の比率は読みやすい範囲だと思われます。
　１つ１つの文章の長さは平均よりやや短めです。テンポがいいぶん読みやすいと思います。
　文体やテンポにもよりますが、平均と比べだいぶ副詞が少ないようです。
　指示語の多用は見られません。
　接続詞が少なめです。文章運びはテンポ・感性重視のようです。
　体言止めはほとんど使われていません。
　連用中止法の使用頻度は平均の範囲内です。
　やや説明的・要約的な文章展開のようです。具体的には、自立語における名詞の比率が高いようです。
　物事を形容する言葉より、動きの描写が多いようです。