半蔵門かきもの倶楽部コミュの第三十三回ヴァンさん作「神無月お嬢さまの事件簿」

冷蔵庫を開けた神無月は思わず悲鳴を上げた。
「ギャーッ！？私の大好きなガトーショコラが、なくなっている！？！？」
神無月と同じく居間にいた師走は、
「神無月さま、どうされました？」
と、読んでいた本から顔を上げる。
「師走……あなたいつからここにいた？」
このいつも上から目線の女は、どんな顔をしていても綺麗だな～と師走は思う。
「10分くらい前……ですかね？」
「そう……」
神無月はしばし考え込む。
「決めたわ、師走。私の大切なガトーショコラちゃんを一緒に探し出すのよ～！！！」
そう言って居間を出ていく神無月を、師走は追うしかなかった。
それが物心ついた頃からの二人の関係性なのであった。

「神無月、そんなに急いでどうしました？」
庭園を走っている二人に、白髪の男性が声をかけた。
「如月おじいさま。神無月の大好きなガトーショコラ、冷蔵庫に大切にしまっておきましたのに、いつの間にかなくなっていたのです。とても悲しゅうございます」
男性は自分の背丈より高いバラの生け垣にホースで水をやる手を休めることなく、二人の顔を見つめる。
「そうでしたか」
「神無月さま、恐縮ではありますが、如月おじいさまが犯人だという可能性もございましょう？」
師走が、あまり恐縮していないような表情で問う。
「師走、何言ってるのよ！？如月おじいさまが冷蔵庫を開けられるわけないじゃない。おじいさまは弥生おばあさまと一緒に別宅にお住まいで、冷蔵庫の指紋ロックの対象になってないのよ？」
「そう言われればそうですね」
「だから如月おじいさま、また後ほどお会いしましょ～」
と言いながら、神無月は庭園を駆け抜けていく。
「あっ、神無月さま」
先に行かれた師走は如月の方を見やり、
「すいません、おじいさま。私もここいらで」
と一礼して神無月の後を追い始める。
師走の背中には、
「全く、いい孫を持ったもんですな」
と独りごちる如月の声が届いたような気がした。

「トミーさん、この2時間で屋敷に出入りした親族はいない？」
「神無月お嬢さま、どうしたんで～？藪から棒に」
庭園を抜けた神無月は、風月家の門番に質問している。
「ごめんなさい、詳しいことは言えないの。ただ、他の人にとっては些細なものかもしれないけど私にとっては大事なものが、この屋敷から持ち出された可能性があって……」
「そういうことでしたらあっしに協力させて下さいよ、神無月さま。とりあえず、お屋敷を出られた方はござらんよ。監視カメラをご覧いただければおわかりになりましょうが……」
門番のトミーは、風月家の門に備え付けられたカメラの映像を巻き戻し始める。
「ふ～ん」
神無月と師走は映像が映し出されるモニターを覗き込む。
確かに、門の中に入る車は何台かあるものの、門の外に出るものは車はおろか人一人いない。
「トミーさん、ありがとっ！」
「お言葉ですが、神無月さま、トミーさんが風月家の人間と共謀してるなんてことはありませんか？監視カメラの映像を書き換えるとか……」
「ふざけたこと言ってんじゃないわよ、師走！私たちが子どもの頃からお世話になってるトミーさんに失礼じゃない！！それに、あんた風月家のシステムを甘く考えてるわ」
そこで神無月は一息吸い込み、
「我が、風月家は、外からはSE○OMの超☆特注☆防犯セキュリティーで守られ、中で働く使用人は探偵事務所の数年に渡る身辺調査で問題のない人間のみが雇われ、そのため、一度門の中に入れば防犯カメラや赤外線レーザーはないわ。更に、親族のみが扱える数々の家具家電部屋……etc」
「わ、わかりました……神無月さま」
師走は両手で神無月の圧を止めようとする。
こうなった神無月は、とにかく落ち着かせるしかないのだ。
「神無月嬢ちゃま、あまり怒らないで下さい。師走坊ちゃまがお疑いになるのもムリねぇ話で。あっしは他の使用人と違って天涯孤独な身の上。何かをしでかしても、自分に返ってくるだけ。でもな、あっしはこんな自分を雇ってくれた如月さまに恥をかかすようなことだけは絶対にしねぇ。坊ちゃまにもそれだけはわかっていてほしいっちゅうもんだ」
「そうよね、トミーさん……！！！」
「お嬢さま……！！！」
神無月とトミーは手をとりあっている。
熱い者同士が出会うとこんなことになる。
「……神無月さま、とりあえず、犯人は風月家の敷地内にいるということですね」
「そ、そうね師走。この門から私のガトーショコラちゃんが出ていってしまってたら諦めようと思ってたけど、こうなったら時間をかけて探してやるわ。私の大切なガトーショコラちゃんの行方を！！！！」

「神無月さま、一体私たちは何故ここに……？」
師走と神無月は、親族のみが指紋ロックをかけられる冷蔵庫ーーつまり神無月のガトーショコラがなくなった冷蔵庫ーーのある居間に戻ってきていた。
「犯人は必ず現場に戻るっていうじゃない。師走、あなたと私はここで作戦を練りましょ」
師走は、今日は探偵ごっこに付き合わせられるのか、と思った。
無論口には出さなかったが。
「トミーさんには、外出したいという親族をどうにか足止めできないか頼んでおいたわ。いったん、私たち風月家の人間をまとめましょ」
そう言って師走に極太マッキーを渡す。
「はい……。まず、如月おじいさまと弥生おばあさまはこの冷蔵庫の指紋認証に登録されてないから除外。私の母の卯月と父の長月も候補にしていいですか？」
「そうね。犯人は風月家の人間であることは間違いないからやむを得ないわね。そしたら私のお母さまとお父さまも入れといて。皐月と水無月ね」
師走は模造紙に一人一人犯行の容疑者名を書いていく。
「順番にいけば、文月お姉さまと葉月お姉さまね」
「神無月さま、あのお二方は私たち如月おじいさまと弥生おばあさまの孫にとっては叔母さまじゃありませんか」
「でもあの二人、おばさまって呼ぶと怒るのよ？うら若き20代の乙女を叔母なんて呼ぶものじゃないって」
「そうですか……」
伸びざかりの11歳の師走にとって、うら若き20代の乙女の気持ちは想像の範囲外なのだった。
「あとは霜月兄さんですね」
軽～く口に出してみた。
「師走……。あんた今何て言った？」
「いや、だから名前の出てない親族は私の兄の霜月だけじゃないかって」
「し、し、霜月さまがガトーショコラを食べるわけないじゃないの！？あの方は無類の甘いもの嫌いで、好きなものは塩辛とか雲丹とかよ(とにかく味覚が渋いの)！！！それに、もし霜月さまがガトーショコラを冷蔵庫から持ち出したとして、何の得があるのよ？」
「いや～、あくまで可能性の話であって、これから1個1個つぶしていけばいいだけで」
「何をつぶすのよ！？」
師走は、こりゃまた面倒くさいことになってしまったと頭を回転させるが、怒った神無月を平常心にさせるのはとても難しい。
「師走なんて、師走なんて、イワシよ～！！！！」
神無月はそう言いながら居間を出ていく。
一人残された師走はタメ息をつく。
こうなったらある程度は一人でやるしかないな。

師走と霜月は異母兄弟だ。
古くからの習慣で、風月家の人間には家の人間になった順番に、旧暦の月名が名前として与えられる。
二人の父の長月も、結婚前は別の名前を名乗っていたらしい。
もしかすると、長月の連れ子の霜月は、父である長月の昔の名前を知っているのかもしれない。
しかし今の師走にはそんなことはどうでもよかった。
前々から思っていたが、神無月は自分と4個違いの霜月に好意を抱いているようだ。
神無月は自分の感情に素直すぎる。
1つ年下の師走がそう思うのだから、霜月に至ってはどうだろう。
だが、今はガトーショコラの行方を探さねば。
無事にそれを神無月の元に戻した暁には、彼女は満面の笑みで向かい入れてくれるはずなのだから。

師走は廊下で自分の両親が客を見送っているところを見た。
「ということは、卯月、長月はナシか……」
いや、手水と言って離席する可能性もあるぞ？
うーん、そんなこと言ってたら切りがない。
師走が頭を抱えているところに、神無月が怪しげな物体を持って駆けてきた。
「師走、いいえイワシ。これでこの事件は解決よ☆」
「神無月……さま……」
さっきまでの怒りが嘘のよう。
神無月はにんまりしながら物を見せてくる。
その物体には指を合わせる部分があり、浮き世のあれこれとは無縁に育った神無月と対照的な、市井の人々の暮らしを十分に理解しようと努めている師走には、なんとなく物体の使用法がわかった。
「嘘……発見器ですか？」
「そうそう、イワシ、よく知ってるじゃない！」
「……そんなもの、この家のどこにあったんですか？」
「水無月お父さまの書斎にあったわ」
神無月は、お手柄とばかりに鼻をふくらませる。
全く水無月さまも変な方だ。
まあ娘の方がもっと変だけど、と師走は思う。
「いい、師走、じゃなかったイワシ。ガトーショコラちゃん消失事件の犯人は風月家の親族のなかにいる。そして、風月家の親族に限らずまだ誰もこの家の門から出ていない。これは風月家本宅を舞台にした密室事件よ」
神無月お嬢さまは、フィクションに浸りすぎじゃないだろうか？
「これからよ、イワシ。私とあなたと、それからこの嘘発見器、これでこのガトーショコラちゃん消失の密室事件を解くのよ～！！！」
熱い。暑苦しくてまぶしい。
ガトーショコラが見つかるかどうかなんてどうでもよかった。
師走は、ただ神無月と時を共有できればよかった。
「はい、エイエイオー！」
オーと手を上げる師走は、なんだかワクワクしてきたのだった。

「イワシ、急ぐのよ～」
神無月と師走はまたもや庭園を走っている。
「そんな、ムリですよ神無月さま。車でお出になられた方を追いかけるなんて……！」
神無月は足が速い。
彼女の言動と同じく、宙に浮いているみたいだ。
今度は如月と出くわさずに庭園を駆けていると、風月家の門で、門番のトミーと先程の師走両親との会合相手がもみ合っているのが見えた。
「いや～、だからあっしがここをお通しするわけにはいかねぇんです」
「そんな、こちらにも予定というものがございます。せめてなぜお通しいただけないか、理由をお聞かせ願えないでしょうか」
「トミーさん！！！」
神無月と嘘発見器がそこに割って入る。
「嬢ちゃま、坊ちゃま」
ほっとした表情を浮かべるトミー。
「卯月、長月の姪の神無月でございます。こちらは私の従兄弟、二人の息子の師走です。お二方にどうしてもお願いしたいことがあって、門番のトミーに引き止めてもらいました。貴重な時間をいただくこと大変申し訳ありません。この埋め合わせは必ず致します」
こういうときの神無月はまるで別人だ。
「ちょっとこれを……」
言いながら、嘘発見器を夫妻の手元にセットしていく。
最初のえじきとなった妻は不安そうな顔で夫を見る。
「今から私が言う言葉に、全ていいえで答えて下さい」
「あなたが……如月さまの1番目のお孫さんの神無月さん？」
「ええ。では始めます。あなたは今ガトーショコラを持っていますか？」
「いいえ」
神無月の空気の読めなさは抜群だと師走は思う。
「あなた方と会合をしている間に、卯月か長月は中座しましたか？」
「いいえ」
「あなたは今日この家でガトーショコラを食べましたか？」
「いいえ」
ふうーと息を吐き、神無月は夫の方にも同じ質問をした。
「ご協力ありがとうございます。わたくし神無月と師走は、お二人の力になれる機会がございましたらいつでも馳せ参じますので、どうかお見知りおきを」
「はい、神無月さん、師走さん、お元気で」
夫妻は車に乗り込み、ようやく風月家の門をくぐっていった。
「神無月さま……お言葉なんですが、今の質問だったら私の両親に訊けばよかったですよね……？」
師走は神無月にギリッとにらまれる。
「何言ってんの、師走！ガトーショコラちゃんが門から出たら一貫の終わりじゃないの～！！！！怒」
ったくこの人は、大人なんだか子供なんだか。
気づくと師走はまた、屋敷に戻る神無月に置いていかれていた。

屋敷の扉を開けると、睦月の肖像画と目が合う。
師走は、そういうときにはいつも肖像画に向かって会釈をしている。
会ったことはないが、この風月家の始祖とされる人物。
一体どんな人物だったのだろう……。
そう考えていると、神無月が近寄ってくる。
「師走、ううんイワシ(もうどうでもいいっかー)、私の両親の裏も取れたわよ。皐月はずっと使用人と一緒にいたし、水無月はTVチャットをしていたって。証言もあるわ！」
脳内を目の前にいる神無月の方へやり、
「そうですか。では残ったのは……」
「お姉さま方ね」
うら若き乙女と対峙する覚悟を決めたのであった。

コンコンコン。
「はい～」
「あの、文月お姉さま、神無月と師走です。ちょっとお時間いいですか？」
ガチャ。
自室から出てきた文月はモスグリーンのニットのワンピースに黄金色のネックレスを合わせていた。
「どうしたの？二人揃って」
「文月お姉さま、お部屋に入れていただいてもよろしいでしょうか？」
「ええ……」
聞くと同時に入室した神無月は、嘘発見器を部屋の様々な方向に向ける。
「神無月さま、それはそのように使うものでは……」
「次は探索機が欲しいわ」
神無月が悔しそうに言う。
「じゃあ文月お姉さま、今からわたくしがする質問に、全ていいえでお答えになって」
「神無月、何かあったの？」
「それは……質問でわかりますわ。ごめんなさい、今とても急いでいるの」
「そう……それはあなたにとってとても大事なことなのね？」
「ええ。後で説明させていただきます。だから始めさせて」
うら若き乙女と強気な女児の対峙は筆舌に尽くしがたい。
師走は存在感を消していた。
すると、モスグリーンの服に何か付いているのが見え……。
「文月お姉さま、あなたはこの部屋にガトーショコラを隠していますか？」
「いいえ」
「あなたは今日、居間の冷蔵庫を開けましたか？」
「はい」
……。
「ごめんなさい、いいえで答えるんだったわね。いいえ」
ブーブーブー。嘘発見器が鳴る。
「文月お姉さま、冷蔵庫を開けてらしたの？」
「ええ。何か美味しいものでもあるかと思って。私の食べたいものは何もなかったけど」
嘘発見器が止まる。
「続けます。あなたは今日この家でガトーショコラを食べましたか？」
「いいえ」
「文月お姉さま、ご協力ありがとうございます。ガトーショコラちゃん消失事件の顛末がわかったらご報告致しますわ」
嘘発見器を文月から外しながら神無月が告げる。
「神無月……。幸運を祈ってるわ」

「嘘発見器って本当に鳴るのね」
変なものを扱うかのように両手で機械を持つ神無月が言う。
「神無月さま、ご自分で探してきた大切な機械じゃないですか。信じてなかったんですか？」
「ん～、でも文月お姉さまは犯人じゃなかった。これで葉月お姉さまでもなかったら、この機械は何だったっていうの？
」
師走の話を聞いているのかいないのか、二人は葉月の部屋に着く。
コンコンコン。間。コンコンコン。
「葉月お姉～さま～。神無月と師走です。いらっしゃいますか？」
ドタドタ音がして、ドアのすき間から葉月が顔を出す。
「どうしたの、二人とも？」
「ちょっと質問があるんです。お部屋に入れてくださいます？」
「今、あたしの部屋もんのすんごく汚くて、ムリね。とても人は入れらんない」
神無月と師走は顔を見合わす。
「じゃあ、廊下で質問させてください」
「いいわよ。後ろ向いてて」
二人が後ろを向く間、葉月はドアをサッと開けサッと閉めた。
その瞬間、師走は何か日だまりのような匂いを感じた。
どこかで嗅いだ気がする匂いだ。
「これを着けます」
「いや～ね～、これ、嘘発見器？二人で何してんのよ？」
葉月は風月家で一番庶民的な話し方をする。
服装もタイツを履いているとはいえ、デニムのミニスカートと、名家には似つかわしくない。
と、師走は個人的な意見を思った。
「事情は後で説明しますからセットセット！葉月お姉さま、これからわたしがする質問に全ていいえで答えて下さいね」
「おもしろそうじゃない。了解了解～」
「では、あなたは今自分の部屋にガトーショコラを隠していますか？」
「いいえ」
「あなたは今日居間の冷蔵庫を開けましたか？」
「いいえ」
「あなたは今日ガトーショコラを食べましたか？」
「いいえ」
……。
「これで終わり？」
「え、ええ……」
「ふふん、なんかあたしに期待してた？ったく、子どもは子どもらしく元気な顔してればいいのよ」
あっ、なんだか葉月さまもまぶしい……と師走が思っている間に、二人の前で葉月の部屋のドアが閉まった。

「キーッ！」
神無月はぷんすかしながら廊下を歩いていた。
「葉月お姉さまが一番怪しい。部屋に入れてくれなかったのが何よりの証拠だわ」
「でも嘘発見器は鳴らなかったじゃないですか」
「壊れたのー(怒)」
神無月がそう考えるのは、単に葉月に子ども扱いされたからなんじゃないか、と師走が思っていると、二人は居間のドアにたどり着いた。
ドアが開く瞬間の香り……。
「師走、入らないの？」
神無月はうつむく師走を見やる。
そうか、そういうことだったんだ。
でも理由がわからない。
「し、わす……？」
「神無月さま、この事件の顛末を本当に知りたいですか？」
「え、ええ……」
いつになく真剣な眼差しで見つめられ、神無月はたじろぐ。
犯人、いやあの人の動機なんて関係ない。
今目の前にいる神無月の意志だけが師走を動かすのだった。
「家の人間を全て居間に呼んで下さい。犯人とガトーショコラの行方がわかりました」

問題の冷蔵庫がある風月家の居間には、如月と弥生の長女夫婦ーー卯月と長月ーー、次女夫婦ーー皐月と水無月ーー、三女の文月、四女の葉月、そして、皐月と水無月の長女の神無月、卯月と長月の実子の師走がいた(長月の連れ子の霜月は終日外出していた)。
「さて、神無月さまのご両親、私の両親は知らないでしょうが、本日、この風月家の屋敷に住む血縁者のみが開けられる冷蔵庫から、神無月さまの大切なガトーショコラが持ち去られるという事件がありました」
二組の夫婦は、共に自分の配偶者の顔を見る。
「私たちはそのことに気づいてすぐ、門番のトミーさんのところに向かいました。そして、ここにいる誰もがその間に外出していないということを知りました。犯人はこのなかにいます」
そして、師走はある人物の瞳を見据えて、
「葉月お姉さま、あなたが……」
と言いかけたところで
「ほら、やっぱり葉月お姉さまじゃない」
と神無月の横やりが入る。
師走のまじめくさった表情が一瞬崩れたが、
「あなたが部屋に私たちを入れないのは確かに怪しかった。神無月さまはそれであなたをガトーショコラ持ち出しの犯人だと疑っています」
と毅然と答えた。
「ちょっと師走～！？あんた、葉月お姉さまが犯人じゃないって言うの？じゃあ一体誰が……」
「そうよあたしよ。神無月と師走の言う通り、あたしがガトーショコラを持ち出して、部屋に隠しているのよ」
葉月は、開き直ったような言い草で神無月を肯定した。
「師走～。本人がそう言ってるんだから間違いないでしょ？あとはガトーショコラちゃんを葉月お姉さまの部屋から戻して……」
「神無月さま、葉月お姉さまの部屋にガトーショコラはありません。あなたが最初にお気づきになったんです。『風月家の人間が他の人にガトーショコラを渡した可能性がある』って。私の両親が会合相手にガトーショコラを渡したか確認しましたよね？犯人は自分自身がガトーショコラを食べたわけではありません」
師走は淡々と事件のあらましを述べていく。
「師走、あんた何言ってんの？確かに部屋にはもうガトーショコラは無いわ。でもあたしが持ち出してあたしが食べたのよ」
焦ったように話す葉月を遮り、
「葉月、もういいわ。師走にはわかられているみたい。全部話しましょう」
今までノーリアクションだった文月が口を開いた。

「えぇ～っ！？文月お姉さまがガトーショコラちゃん消失事件の犯人なのっ？でもどうして……」
「神無月さま、文月お姉さまがお一人が犯人というわけではありません。私がトミーさんを疑ったのはある意味正しかった。この事件がややこしかったのは、犯人が複数いたからです」
「……ちょっと待ってて」
文月が席を立ち、居間から出ていく。
「し、師走～！？文月お姉さま行っちゃったじゃない？」
「大丈夫です。真犯人を連れてくるだけだと思います」
「真犯人？共犯者ってこと？」
議論においてけぼりにされている両親たちにも向かって、
「神無月さまが水無月さまの書斎から見つけた嘘発見器を使って、私たちは犯人探しをしました。文月お姉さまも、怪しい言動をしていた葉月お姉さまも」
と話す師走を葉月がにらむ。
「お姉さま方はガトーショコラを食べたという診断がされませんでした。ガトーショコラを食べたのは……」
タイミングよく居間の扉が開く。
「紹介するわ。私がこの子をこの家に連れてきたの。意外と気づかれないものね。唯一気づいた葉月に自分の部屋で世話をしてもらっていて」
そう告げる文月の足元に、一匹の犬がいた。

「い、い、犬～！？！？」
驚きのあまり椅子から立つ神無月を無視して、
「文月お姉さまのワンピースに付着していた毛、葉月お姉さまの部屋とこの居間にかすかに残っていた匂いから、人間ではなく動物がガトーショコラを食べたのだと推測しました。これから先は文月お姉さま、直接お話ください。なぜこんなことになったのか、私にはわからないのです」
と師走が促す。
「そうね、少しばかり長い話になるわ」
師走は、語り始めた文月が一気に老け込んだ気がした。
「この子ね、捨てられちゃったの、私と同じように」
チッと葉月が舌打ちをする。
「1ヶ月くらい前だったかしら。私はいつものように当時付き合っていた人の部屋に向かったわ。合鍵で扉を開けて驚いた。部屋にあったものが全部なくなってたの。この子を除いてね」
そう言い、文月は犬をいとおしそうに見る。
「ひどい人ね。私が見つけなかったらどうする気だったのかしら？動物虐待だわ。それに彼、私は犬が苦手って知ってたのよ？」
文月の言葉は少しずつ熱を帯びていく。
「でも、飼い主をなくしたこの子と目が合ったとき、なんだかこの子があの人の分身であるかのような気がしたの。あの人は何か大変な理由があって突然いなくなって、その代わりにこの子を置いていったんじゃないかって。いま思うとバカげてるわよね」
自嘲気味に言葉をつむぐ文月を、葉月が心配そうな顔をして見上げている。
「この家に連れてきてはみたけど、苦手なのに犬を飼うなんて変なこと、許されないと思って。でも私じゃ世話ができないし、悩んでいたところ、やっぱり姉妹のなかでも歳が近いからかしら？葉月に気づかれたの」
葉月は「言わなくていいのに」という顔をしている。
「葉月は何も訊かなかった。ただ自分の部屋でこっそり飼ってくれるって言ってくれて。段々とこの生活に慣れてきたの。葉月に何でもかんでも任せて、寝る前にこの子におやすみを言いに遊びに行くってだけの生活に」
文月は息を吸い込み、
「感覚がおかしくなってたのね。今日、なぜだかこの子と一緒にこの屋敷を散歩したくなって……。後は二人に言った通り、私は美味しいものを探してそこの冷蔵庫を開け……」
冷蔵庫を指さした。
「目の前にあったガトーショコラにこの子が飛びついたわ。私は慌てて葉月のいる部屋に戻ったの。気が動転している私を葉月は落ち着かせてくれて……」
むくれている葉月、そして足元の犬を見て、文月は言いきった。
「こんな生活が続くわけなかった。葉月に負担をかけているし、いつかはバレる隠し事だった。この子はあの人の分身なんかじゃない」
そして神無月を見て、
「ごめんなさい、神無月。私のくだらない見栄のせいでガトーショコラを食べさせてしまって。明日、お店が開いたら犯人に疑われたみんなの分も買ってくるわね」
と悲しそうに笑った。

～エピローグはコメント1へ～

コメント(12)

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[1] mixiユーザー 10月09日 18:01

ポツリポツリと家族は居間から出ていった。
師走が呆然としている神無月の顔を不安げに覗きこんだところ、
「……師走、最後にもう1回走れる？」
と訊かれた。
「……ええ」
「よっしゃ！」
つい数秒前までうつむいていた人間とは思えないほどの勢いで、神無月は部屋を出、廊下を走り、庭園を駆けていく……。
「……神無月さま、どうされたんですか？」
息を切らす師走が顔を上げると、神無月の横に文月と犬がいた。
「この子はここにいても仕方ない。だからどなたかこの子を本当に必要とする人の元にやろうと思って」
そう言う文月に、神無月は目を輝かせて、
「……文月お姉さま！神無月にその子をください！」
と提案したので師走は驚いた。
今の言葉聴いてなかったのか？
「神無月に男女のことはわかりません。ですが、1度好きになった人のことをそう簡単には忘れられませんよね。これも何かの縁です。これからは毎日じゃなくていいから、気が向いたときに神無月のところに遊びに来てください。数日に1回、数週間に1回、数ヶ月に1回……文月お姉さまがこの子を想わなくなるとの反比例して、わたしがこの子を想います」
そう言う神無月の顔はとてもキラキラしていた。
「神無月……ありがとう、じゃあこの子をよろしくね」
文月は何か吹っ切れたような表情で屋敷に戻る。
「神無月お嬢さま～」
門番のトミーが呼ぶ。
二人が駆け寄ると、
「神無月お嬢さま、これお届け物です。谷口さまっていう昼間に師走坊っちゃまのご両親と会合されていた方から」
と箱を渡される。
「ここで開けていいかしら？」
「お行儀良くないですね、神無月さま」
開封すると、なかにはガトーショコラが入っていた。
「お探しだということで」とのメッセージ付きだ。
「……はっ、今度は食べちゃダメだからね！」
と犬に向かいついでに、
「決めた！あなたの名前は今日からショコラよ～！！」
と命名する。
師走がつくづくネーミングセンスが安直というかなんというかな人だな～と思っていると、
「師走……。今回の事件解決の実績を踏まえ、あなたも今からイワシから師走に名前を変えます」
と恥ずかしげに言われる。
師走が改めて名前を呼ばれモゾモゾしていると、
「……苦い」
ガトーショコラを口にした神無月が涙をポロポロさせていた。
えっ、さっき笑ってたばっかじゃないかと思う師走は、
「……文月お姉さまのこと、悲しいわ。そしてガトーショコラってこんなに苦いものだったかしら？」
と問いかけられる。
包装紙を見た師走は、
「あ～、これいつものと違うメーカーですね。でもガトーショコラは甘いだけじゃなくてちょっと苦いんですよ」
と言う。
涙を流しながらガトーショコラを食べる神無月を見ながら、師走はこうやってこの面倒くさいお嬢さまの側に一生いられたらいいのにな～と思うのであった。

(終)

[2] mixiユーザー 10月09日 18:03

今まで私が読んできた全ての少女マンガ、少年マンガ(そのものというよりもそれから派生したアニメやドラマ)、少量の小説、なによりも前回の文芸部のみなさんを始めとする私の周りの創作者さんたち……などから影響を受け、この作品は完成しました。

具体的には、「自分からヴァンさんという名前を取ったらどんな作品を書くのだろう？」と思って考え始めたら、こんな作品になりました。

投稿は久しぶりですが、今回初めて文字数をオーバーしてしまいました。
自分の力だけではあまり量が減らなかったので、「このエピソードなかったら字数足りてただろ～」的なエピソード等ありましたら、ご助言ください。

[4] mixiユーザー 10月10日 23:24

>>[3]
わ～感想ありがとうございます！
こないだ半蔵門でお会いしたときは「まめやさんの作品はマネできないから、同じような文体とかにはならないと思う」と申し上げましたが、名前の掴み、こっそりまめやさんから影響を受けていたように思います(汗)
全体的に「私が思う少女マンガ像」を書いていったら、少女マンガにはハッピーな思い出が沢山なので、このような作品になりました。
神無月は自分で行動してくれるキャラだったので、書いていてとても楽でした♪

[5] mixiユーザー 10月12日 15:28

最初はそれぞれの月を擬人化したキャラクターなのかと思ったらそういう名前の一族だったのですね。神無月の容姿をイメージできる描写があったらいいな。と思いました。そうすると表情なんかも頭に浮かびやすいと思います。

[6] mixiユーザー 10月12日 20:59

>>[5]
確かに、そう読めますね！今回は一族の話を書きましたが、それも擬人化ブームの影響を受けて出てきた案だと思います。
神無月の容姿はなんとなく決まっていますが、師走の容姿がつかめておらず、神無月についても無記載になってしまいました……。ですが、この作品は師走視点の三人称で書いたので、「師走の容姿に触れずに神無月の容姿を書けたかも(>_<)」と思いました。髪型くらいは描いた方がよかったですね。
感想ありがとうございます！

[7] mixiユーザー 10月14日 20:46

コミカルでいいですね！
私にはテンポが速く、登場人物の名前とイメージが覚えられませんでした。1万文字程度の短編なので、この人数を描くのはなかなか難しいところですね。

[8] mixiユーザー 10月14日 20:53

>>[6]・ネリアスさん
そういえば、月曜の文芸部で草間彌生美術館のお誘いをしたいってLineで話してたんですが、みけねこ部長から構わないって言ってもらえましたよ。月曜はその話をしましょう。

[9] mixiユーザー 10月14日 23:02

>>[7]
感想ありがとうございます！
登場人物多いですよね……汗。一応、主人公の二人の他は男女二人ずつの計六人の発言をメインに書いたつもりですが、「後々の展開に必要かな……？」と、今回あまり出番のない人物について紹介しすぎたかもしれません。
逆に二万字くらいに伸ばせそうな話が書けた気もして、「一万字長いよ……」と言ってた自分から少しは成長したのかな？と自負したりもしています(笑)

[10] mixiユーザー 10月14日 23:04

>>[8]
草間彌生行きましょ～！
月曜日お話しして、対策(?)を立てましょうね(^-^)

[12] mixiユーザー 10月16日 17:43

>>[11]
感想ありがとうございます！
題名は、某少年マンガのもじりなので恐縮ですが……(^_^;) でも、主人公の名前・立場・話の内容がわかる名タイトルですよね！
レトロなんですね！今回は何かフィクションっぽいものが書きたかったのですが、私が目指しているそれがレトロなのかもしれません。
神無月の言動で物語を進めていく小説になっていればよいのですが、果たしてどうでしょう……？笑。

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