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半蔵門かきもの倶楽部コミュの第二十八回 みけねこ作『金色の海とチョコレート』

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電車の窓から見る空は一面に灰色だった。悲しいほど、今の私にぴったりだ。四人がけの座席を一人で占領して、ペットボトルのキャップを開ける。手が滑ってキャップは足元に転がった。腰を折って拾ったとき、涙がぽたりと床に落ちた。

本当は、今日はデートの予定だった。同じ大学の聡司と映画を観に行くはずだったが、彼の都合で延期となった。その断りかたが気に入らず、文句をつけたことがきっかけで喧嘩になってしまった。今でも、聡司が悪いと思っている。謝るつもりはない。

聡司は、中学の時の同級生だ。けれども、当時はお互いに恋愛感情はまったくなく、大学に入学し、新入生のときにキャンパスでばったり出会ったことから、付き合いが始まった。幼なじみのようでもあり、幼なじみでもなく、二人で過去の共通点を見つけて楽しむのは悪くなかった。でも、三年も付き合っていると、昔から一緒にいたような甘えから、些細なことで喧嘩をするようになった。
同じ大学とはいえ、私は文系で彼は理系の学部に通っている。

「院に行くかどうかの大事なときなんだ、ごめん」と、昨日、聡司は映画に行けなくなったことを謝ってきた。そのときの私には、なぜか「ごめん」という言葉が気に入らなかった。
「ごめん、って言葉がむかつく! 」と拗ねると、聡司が本気で怒ってしまった。
最近の彼は、一緒にいても何か考え事をしていて話が噛み合わないことがある。他に好きな女の子でもいるのかもしれない。
そんなことを考えていると、胸のあたりが苦しくなってきた。

急に予定が空いた私は、海に行こうと思い、電車に乗った。海岸で、波の音を聞いて潮風にあたりたい。とにかく西へと向かってみる。窓から海が見え、駅のホームが現れた。私は、とりあえず、この駅に降りることにした。

名前も聞いたこともない小さな駅には改札が一つしかなかった。頬にあたる四月の潮風はまだ冷たかったが、微かに春を感じさせる。平日で人通りのない商店街を抜けると、砂浜が広がっていた。

海だ。不思議なことに、海に来ると心が落ち着く。あいにくの天気で空も海も灰色だが、誰もいないのが心地良い。ぼんやりと砂浜に座って、波の音を聞いていると、気持ちが落ち着いてきた。
ふと、右手を見ると、「占」という白い台とその奥に座っているおばあさんの姿が小さく見える。よく街角で座っている占い師と同じスタイルだ。砂浜に占い師? 私は、気になって占い師に近づいていった。

「あーら、いらっしゃい。はい、そこに腰かけて」占いのおばあさんの強引さに呆れながらも、私は向かいに座った。
「お姉ちゃん、どうしたの?顔色が悪いよ。どれどれ、見てあげよう。手のひらを出してごらん? 」
私は、右手の手のひらを上にして差し出した。おばあさんの手は、骨ばってごつごつしていた。彼女は、私の手をさすったり、覗きこんだりしながら聞いた。
「名前は何て言うんだい? 」
「戸倉……晴美です」
「晴美ちゃん、良い名前だね。私は、節子って言うんだよ、せっちゃんと呼んでね」
せっちゃんは、聞いてもいないのに、自分の名前を名乗ってきた。

「晴美ちゃん、彼氏と喧嘩でもしたかな? でも、金運も良いし、これからの運勢もいいみたいだよ。その前にちょっと試練があるかもしれないけど、乗り越えられるから大丈夫」
「試練? 」
私は、眉をしかめながら呟いた。こんなに苦しい気持ちの上に、まだ試練があるというのか。
「うん、でも大丈夫」
せっちゃんは、両手で私の手を包み込むように握った。せっちゃんの手は、さっきと違って、温かく、柔らかだった。両手をお湯につけているかのように温もりがどんどん上がってくる。
「そうだ、あなたに魔除けの塩をあげよう。いつも肌身離さず持っていれば大丈夫だから」
せっちゃんは、ごそごそと紫色のポーチの中を探し始めた。
「ありゃ、魔除けの塩、家に置いてきてしまった。そうだねぇ、代わりにこれをあげよう」
彼女は、ポーチの中から布製の小さな袋を取り出した。
「これはねぇ、チョコレート。このチョコレートを食べてすぐに見る夢は、5年後の自分だから。ただし、チョコレートは人生に一度しか食べられないんだ。夢を見たあとに人生を修正することはできるよ。でも、2粒食べてしまったら、修正できないからね。もう、2粒しか残ってないけど、全部あげるよ。あ、この袋の刺繍、私がしたんだよ。こう見えても、私は、お裁縫が得意だったんだよ」
私は、花柄の刺繍の小さな袋を受け取り、中のチョコレートを取り出してみた。店頭に並んでいるアーモンドチョコレートのような楕円形で、一つ一つが金色の紙に包まれていた。
「このチョコレートは、100粒あったのさ、色んな人にあげて、残りの2粒になったところ。これで、私も引退できるよ」
「引退? 」
「……ねぇ、私は、何歳に見える? 」
せっちゃんは、私の問いに答えずに、唐突に質問をしてきた。
「えっ? な、70歳くらい? 」
不意討ちをくらった私は、気を使って10歳ほど若く答えておいた。
「うぉっふぉっふぉ、ありがとう。まあ、120歳くらいかな。ずいぶん長生きしたから、もう、そろそろいいかな」
は? 120歳なんて、あるわけないじゃん、と思いながら、せっちゃんの言葉が冗談と思えず、一緒に笑えなかった。
「このチョコレートがなくなったら、私もこの世を去ることができる。晴美ちゃんは、元気に生きるんだよ。家族を大切にするんだよ」
せっちゃんは、私の手を両手で握りながら言った。手のひらの温もりは、頭の先まで届いていた。
私は、頭の中に、熱く流れるものを感じながら、うなずいた。
灰色一面だった空の一部が欠けて、いつの間にか黄色い光が射し込んでいた。

「また、何かあったら、私のところにおいで。って言っても気まぐれ営業だから、いるかどうかはわかんないけどね、あ、今日のお代は要らないよ。本当は高く取るんだけどね、うぉっふぉっふぉ」
せっちゃんは、大きな口を開けて笑った。

帰りの電車の中、私は、せっちゃんとの不思議な出来事を思い出していた。砂浜で営業している占い師には初めて会うし、このチョコレートも、市販されているものに違いない。でも、彼女と話をしたことによって、心が緩んで、穏やかな気持ちになったことは事実だ。人の気持ちを思いやることを忘れていたのかもしれない。
私は、聡司に連絡を入れた。
「昨日は、ごめん」
「こっちこそ、ごめん」聡司からもすぐに連絡が来た。

四月という春になりきれない中途半端な季節を乗り越え、五月が来た。棒切れのような木の枝にも葉が繁って、生命を感じる。
朝、起きた時の空気の匂いが違う。私は、この季節が好きだ。

夢を見た。

──お母さんは、いつものように、朝ごはんのお味噌汁を作って鮭を焼いてくれていた。私は、職場に向かうため、化粧をしていた。「お母さん、ごめん、朝ごはん、間に合わない」。そう叫ぶと、ヒールを足にひっかけて玄関を出た。妹はいいよな、大学生で。お父さんは、もう出かけたのか、いなかった。昨日も聡司と喧嘩をした。聡司とは、遠距離恋愛なので、なかなか会えない。それにしても、本当に私達はよく喧嘩をする──

今朝の夢は、ただの夢ではない。昨夜、勇気を出してせっちゃんにもらったチョコレートを食べてみたのだ。
彼女の話が本当かどうかは分からない。でも、目覚めてもはっきりと状況を覚えているほどリアルな夢だった。
「そっか、聡司と喧嘩しながら、5年後もちゃんと付き合ってるんだ」
私は、安堵した。

ゴールデンウィークが終わり、その日は、午前の授業だけだった。大学からまっすぐ家に戻ると、母親が難しい顔をして生命保険のパンフレットを眺めている。
「お母さん、どうしたの? 」と私が聞くと、
「やっぱり、医療保険は色々入っておいたほうがいいかなって思って。今朝、夢を見たのよ。お父さんが病気になる夢。最近、お父さん、胃の調子が悪いみたいだし、どんな治療でも受けられるようにしたいと思って……」
母親の言葉を聞いた私は、何か嫌な予感がした。
「えっ? お母さん、もしかして、私の部屋に置いてあったチョコレート食べた?ほら、金色の」
「あ、ごめん、昨日、晴美ちゃんの部屋の換気をしようと部屋に入ったら、机の上にあって、1粒もらっちゃった」
「えーっ!! お母さん、せっちゃんが、せっちゃんが……」
「せっちゃん? 」
「そう、それより、お父さん、早く病院で検査を受けたほうがいいよ、ちょっと出かけてくる! 」

私は、家を飛び出した。

「せっちゃんが、せっちゃんが、いなくなってしまう……あのチョコレートの話は嘘だよね」
私は、電車に飛び乗り、せっちゃんと出会った海へと向かった。

海岸に着き、砂浜を走った。占いのテーブルはどこにも見当たらなかった。通りの食堂に入って聞いてみた。
「この海岸で占いをやっている方を知りませんか? 」
食堂の店主は、怪訝そうな顔をして
「占い? 見たことないな、こんな海岸で? 」
と答えた。なんとなくそういう返事が来るだろうと予想していた私は、軽くお辞儀をして砂浜に戻った。

私と話したせっちゃんは、何者だったんだろう?
幻だったのだろうか? でも、ポケットの中には、たしかに花柄の刺繍の小さな袋がある。
私は、袋を握りしめて砂浜を走った。

「せっちゃん!! 」

どこを探しても、何度呼んでも、せっちゃんの姿はなかった。

午後の太陽が、だんだんと重みを増して、海の表面に落ちていく。
波が反射して海全体が金色に光っていた。

私は、海の金色が完全に消えるまで、ずっとその場に立ち尽くしていた。

コメント(5)

読みやすかったです。
せっちゃんに会いたいですね。どういう理由で占い師をしているのか気になります。
3つのお題を見事に消化していて、それがどれも印象的で、物語のセンチメンタル?な雰囲気に繋がっていました!夕方の海ってやはり切ない感じでいいですね。ラストシーンと情景が合っています。
チョコレートを食べると5年後の夢を見るというアイデアが、オリジナリティがあって秀逸だな、と思いました。チョコレートもなかなか象徴的なものだし、それを夢と絡める発想がすごいですね。チョコがとろけていく間に、不思議な魔法も少しずつ体に染み込んでいくのでしょうか。アイデアをパクリたくなりました笑。

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